1. 日常の終わり
桜が散り始める季節。酒井潤平は、放課後の教室で話していた。部活には入っていないクラスメートとだ。
「そういえば。今朝ニュースを見たときに、北朝鮮と韓国の戦争が再開するかもって言ってたけど、本当だと思う?」
皆--と言っても四人だが--に質問したのは、自他認める軍事オタクの早川秋人だ。
潤平もそのニュースは見たが、こんな田舎には関係ないなと忘れていた。東京にミサイルが落とされたとしても、ここに住んでいる人はかわいそうと思って、復興に協力するくらいだろう。
「どっちでもいいわ。例え本当でも、子供のあたしたちは逃げるだけでしょ?」
学校どころか町中探してもいないであろう美しい少女の、川崎藤香が言ったことに、潤平も賛成だった。
「うん。わたしもそう思うよー」
「高山さんも? 俺も川崎さんと同じような感じだ」
秋人は不満げな顔になったが、その時先生が通りかかり早く帰れと言われ、適当に返事をして、潤平達は帰ることにした。
他愛もない話をしながら家に着くと、姉が迎えてくれた。
「お帰りー。もう、もっと早く帰ってきてよー。お姉ちゃんさびしい」
「姉さん今風邪なんだから寝てろって。……母さんと父さんは?」
姉は、少し思い出す素振りをしてから言った。
「二人とも突然仕事が入って、たしか東京……だったかな」
「じゃあ、晩ご飯を買って来ないといけないな……。何がいい?」
言いながら立ち上がって、財布を入れたバッグを持った。
「魚以外ならいいよー」
姉の返答を聞き、潤平は近くのスーパーに行った。
呆然とした。
突然避難警報が鳴り響き、頑丈な体育館に行ったと思えば、光に包まれた。
目が元に戻った頃には、校舎は崩れ、町が燃えていた。
体育館の中も酷い有り様だった。
「お、おい! 高山さん!?」
「うそ。佳乃……? へ、返事をしてよ!」
潤平達と仲が良かった高山佳乃の体が、上から降ってきた天井の一部に踏み潰されていた。
血が、床に広がっていく。いや、血だけでは無かった。
誰のかも分からない足。肉片。内臓らしきもの。
潤平と秋人、川崎が無事だったのは奇跡に近かった。
聞こえるのは悲鳴。それ以外は耳に残らなかった。
とにかく家に戻ろう。姉さんが心配だ。
潤平は走った。走らなければ、吐き出してしまいそうだったから。
焼け爛れたスーパーの店員。血だらけになった商品。上半身だけの人。木が体に刺さっている人。燃えている犬。泣き叫ぶ声。
「--ッ!」
何かに躓いた。
転けはしなかったが、自分が何に躓いたのか見てしまった。
それは近所に住む、よく遊んでくれた叔父さんだった。
「あぁ……。何で……! 何でこんな事になるんだよ!? 俺達が、叔父さん達が、何をしたって言うんだよーー!」
その声を聞き付けたのか、姉が近づいて来た。
「潤平!? 無事なの!?」
「姉さ--」
無かった。姉の右腕が無かったのだ。
「よか、った。潤平が無事で……」
潤平に向かって、姉は倒れた。
すぐ受け止めるが姉の顔に生気はなく、ただ、血が流れるだけだった。