爽やかイケメン 〜パーソンの語源はペルソナとはよく言ったもので〜
「ふぅ…なかなか面白かったではないかね。」
Tシャツに短パンというラフな出で立ち…正しい言い方をすればだらしない格好で、録り溜めたアニメを一気見。
仕舞おうかどうか迷っているコタツの上には、コンビニで買ってきた焼き鳥やスナック菓子…そしてビール。
アニメをホロ酔いで、つまみをやっつけつつ観る時間は、最高の娯楽であると自信を持って言える。
テニスサークルにいる奴らとか、ホント何が面白くてあんなに楽しそうなのか。
生きてる世界が違うんだね、きっと。
今週分のアニメを全て見終わって、残りのビールを天を仰いで一気飲みし、視線を戻すとそこは…必須語学のクラスだった。
「えっ、えっ…なんで…?」
格好は依然部屋の中にいた時のまま、だらしのない部屋着だ。
なんで?さっきまで部屋でアニメ見てたのに。
部屋着のままが恥ずかしくて何かで隠そうとしても、手近には何もない。
1人、2人と視線が徐々にこちらへ集まってくる。
やめてくれ、見ないでくれ…
斎藤…川島…井上…そんな目で見るなよ…
恥ずかしくていたたまれなくて、俺は頭を抱えて床に伏し、大声で叫んだ。
「あぁそうだよ!大学デビューしたって本当に好きなことは変わらないよ!テニスサークルに入ったって、心の底から分かり合えそうな友達なんて出来ない!みんな上辺だけの付き合いだ…」
誰も分かってくれない、本当の俺を。
高校時代にやっとできた、趣味を理解してくれる友達は、イジメられてた。
庇ったりすると俺もイジメられそうで、見て見ぬ振りをしてきた…
助けを求めて伸ばされた手を、俺は掴まなかった。
あらためて周りを見回して気づいた。大学の語学のクラスメートに混じって、助けられなかった高校時代の友達が恨めしそうに俺を睨め付けてくるのを。
お前が助けてくれなかったから、僕は引っ越さなきゃいけなかったんだ。
見下すような目が、無言で語りかけてくる。
「ごめん…ごめんよ、助けられなくて…初めて出来た、アニメの話を気兼ねなく出来る友達だったのに…」
「そうだったんだ…中原くん、アニメ好きだったんだ。」
「そうだよ!それだけでみんなみんな…アニメ見てるってだけで気持ち悪いやつ、みたいなレッテル貼りやがって!それだけで人を汚物みたいに扱ったり、いじめるんだ!でも、そんないじめっ子の奴らは今、インカレサークルに入って酒飲んで騒いでる!青春を謳歌してる…なんで俺たちの方が辛い思いをしなきゃ…」
「落ち着いて。大丈夫。苦しいのは中原くんだけじゃないから。」
そういえば何だろう、この違和感は。
そうか、今まで誰も喋らず、無言でこちらを見ていただけなのに…どこかからか声が、かかったんだ。
視線を上げると、薄ぼんやりと光って、しかも透けて見えるような頼りない姿が認識できた。
小柄なシルエットにダサいチェックのシャツ、少しダボついたジーパン、小ぶりな顔にセットしていないショートカットの髪型。
そしてウエリントン型の地味なメガネ。
「知古御…なのか…?」
「うん。」
「はは…情けないとこ見られちまったな…」
「情けなくなんてないよ、中原くん。」
「情けないよ。オタクが世間的に認知されてきている、なんて言っても『気持ち悪いやつ』というレッテルはやっぱり変わらないと思ってた。卑屈になってた。でも、そう思っている自分が一番オタクの事を『気持ち悪い』ってバカにしているのかもしれない…そう気付いたんだ。俺はこいつらとは違うって思いながら、でもアニメも漫画も大好きだし。ステレオタイプなオタク像を指差して、こうはなりたくないねと、はすに構えて物事を見てるふりして逃げてた。その実、同じ穴の狢なんだと認めたくなかっただけなのかも…」
「微妙な葛藤だね…しかし身につまされる葛藤だよ…」
知古御は苦笑しながら続ける。
「でも、悩みだけじゃないんでしょ?この悩みのもっともっと下には、あるんでしょう?」
知古御は、目線の高さを合わせるように俺の眼の前にしゃがむと、メガネ越しに俺の目を見ながら優しく囁くように、とても愛おしそうに
「目を開いてみる夢が」
そう言った。
やっぱり綺麗な顔してるな、こいつ。知古御の表情に見惚れていると、周囲の語学の教室だった空間は天に引っ張られるように伸び、その伸びきった景色がバラバラに切り裂かれるように、破れるように分かれたかと思うと、細かく散った破片が一つ一つ、文字を形成し始めた。
真っ暗闇の中、銀色に輝く無数の文字たちはまるで輝く星々のようで、宇宙空間に浮かんでいるような錯覚をおぼえた。
文字は時々、すっと集まってはひとかたまりになり、文章を形成した。
文章になっては散り、また文章になり…
「どうすれば美しい文章になるか…どうすればみんなに楽しんでもらえるお話になるか、一生懸命考えてるんだね。」
知古御は優しい微笑を浮かべて俺を見る。
「そうだよ。アニメや漫画に携わる仕事に就きたくてさ。頑張って小説家やシナリオライターとか、なろうって。パソコンを抱えて、暇があれば何かしら書いている。一つの作品として出来上がると、なんとか大賞、みたいなのにも応募してるんだ。いつも箸にも棒にもかからないけどな…」
「なれるよ、きっと。こんなに綺麗な夢なんだもの、実現させなきゃもったいないよ。」
手のひらの上に文字を浮かべて、呟くように、歌うように知古御は言う。
文字が放つ淡い光に照らされる知古御の…
知古御みめゆ の顔は…
悔しいことに俺の文章力では、その魅力・美しさを余すことなく伝えることは出来ないと思ってしまうくらいに、美しかった。
クラスの女子の中で、一番可愛いかもしれない。
次の語学の授業で顔を合わせるのが楽しみだ…
※
パチリと目を開くと、そこは見知った天井であった。
お清め(シャワー)を終えて、録り溜めたアニメを見て…布団を敷き、夢見香を焚き、紐帯を頼りに中原の夢にお邪魔した。
「そっか、中原、オタクだったんだ…」
ぼうっとした頭で考える。
中原の悩みの底にあった美しい夢。
『闇』が『病み』になる前で良かった。あの美しい夢は是非叶えて欲しい。
彼の考えた、生み出した作品を見てみたいものだ。
いっそのこと漫研に誘ってみようかな…
ふああ…とあくびをしながら、私、知古御みめゆは、のそのそと学校に行く準備を始めた。