暑気払いクイズ その2
昭和三十八年のことである。
巨大怪獣モ○ラの出現は、敗戦から立ち直りつつある日本に、特に首都圏に甚大な被害をもたらした。
なす術なく蹂躙されるにまかすしかなかった政府だったが、思わぬ協力を得て事件は収束した。
しかし、怪獣により多くの人命が失われ、家屋やビルが押しつぶされた。また、いたるところで電線が寸断され、道路も鉄道も瓦解してしまった。
首都復興の計画をつくりあげた政府は、破壊し尽された町に平穏が訪れるよう願っていた。今回の惨事は、敗戦から立ち直りつつある日本に、戦争に匹敵する被害を及ぼしたからだ。しかも、それはほんの一握りの欲張りが引き起こした惨事であり、張本人が死んでしまったので不満をぶつけることすら不可能だった。
ところで、無辜の一般市民はたまったものではない。家を壊され、家財道具も粉々にされ、大事な預金通帳すら奪われてしまったのだから。
政府は緊急措置として被害者に家を与え、食べ物や衣類を与えた。そして、破壊された町の再建に乗り出したのだ。
また、被害をもたらした元凶の調査にも乗り出した。
大学教授を中心とした調査団を組織し、インファント島へ向けて調査船を送り出したのだった。
日本からほぼ南東の赤道直下に問題の島はある。太平洋戦争を経てなお海図にその存在さえ記されていない絶海の孤島である。途中、発達しかかる低気圧群に翻弄されながらも、船は無事に目指す島の沖合いに碇を下ろした。
幸いなことに、双子の妖精は調査団に同行した善一郎という新聞記者のことを覚えていた。
彼の通訳により調査の許しを得ることができ、学者は嬉々として調査を開始した。
何某かの結果が得られるまでの間、彼にはすることがない。そこで、攫われたときの一部始終を聞き出しにかかったのでが、それが大間違いであった。
「あんな狭いところに押し込められてさぁ、何日我慢させられたか知ってる?」
「そうだよ、あんなこと考えられんし」
「化粧バッグっていうの? あれに閉じ込められたんだよ、信じられんし」
「ソファーがあるだけだよ、どう思う? トイレも水道もないんだよ。私さぁ、毎日きちんと出る体質なんだよね」
「そうそう、トイレ我慢させられたから便秘よ、べんぴ。未だに直んないんだよね、どう始末つけてくれるんだよ」
人目を憚らないというのは恐ろしいもので、双子の妖精はヤンキーに早変わりした。そして、たまりに溜まった鬱憤のはけ口になってしまった。
三日経ち、一週間経っても調査は半分も進んでいない。
彼は、女性カメラマンのミチと二人して、海水浴などで時間をつぶしたのだが、さすがに飽きてきた。
そして、ミチと顔を見合わせて呟いていた。
「なんか、パッとしたことはないかね。そうだろ? 俺なんかさぁ、動き回るのが商売だからさ、こう退屈だと厭になっちまうよ」
「そうよね。私だって特ダネ撮るために仕事してんだから。でも、こう暇ではねぇ」
ミチも退屈が限界にきているようで、しきりと欠伸をしたのだ。
「あんたたちさぁ、うちらの鬱憤晴らしに付き合ってくれたじゃん。だったらさぁ、親友だろ? そいでさぁ、親友が退屈してんのなら、ちょっと行ってみる?」
妖精のタメ口に慣れた二人だが、申し出の真意がつかめず顔を見合わせていた。
「行くって、どこへ?」
同性ということもあって、ミチが首をかしげてみせる。そうすると綺麗に並んだ歯が愛らしくのぞいた。
「遠足に決まってるじゃん。イモムシに乗っていけば半日くらいで着くって」
妖精は、こんな会話のときでもハーモニーを意識しているらしく、低音と高音のパートに分かれている。
「だから、どこへ行くの?」
「****ント島、知らないの? ねぇ、マジ?」
綺麗なハーモニーで答えた。
翌朝、食事を終えると同時に二人は妖精に要請……導かれて巨大なイモムシの頭に腰を落ち着けた。
静かに海原へのり出したイモムシは、何に導かれるのか一直線に海を渡って行く。調査団の船ではとても追いつけないような、速力だ。出発して一時間も経たぬうちに、インファント島の特徴のある火山さえ水平線の下に隠れてしまった。
耳元で風がゴーゴーと唸りを上げ、ドーン、ドーンと波を押しつぶして突き進んでゆく。
東に上った太陽が頭の真上を通り、ずいぶん西に傾いた頃、水平線に小さなシミが浮き出てきた。
「×○△#=@~?#&%……」
妖精が耳元でなにか叫んだのだが、風きり音にかき消されてさっぱり意味が通じない。しかし、まっすぐシミを指しているところから、それが目的地だと見当をつけた。
「○○△#=@~ト島です。この島には甘い果物や、お菓子がいっぱいあるのです。今夜はここに泊まって、たっぷり食べましょう」
最初のほうは耳鳴りのせいでよく聞こえなかったのだが、やけに丁寧な言葉使いが気になった。と、鬱蒼と茂った木々の陰から住民が駆け寄ってきた。そして、妖精を大仰に拝むまねをした。
「しばらくですね、皆さん。今日は大事なお客様を案内しましたので、失礼のないようにお願いしますね」
妖精のハーモニーが伝わると、住民は更に伏し拝んだのだった。
どうしてこの小娘を拝むのか、善一郎には理解できない。ひょいと握れば、脇から太ももまでがスッポリと手の中に隠れてしまう大きさなのだ。彼は、どこかへ行くたびに両手に一人づつ握ったものだ。
「ちょっと、人差し指を緩めて。バストが小さくなったらどうするの? 責任とれんの? 中指! もうちょっと締めて。そうそう、それくらいが良いわ。だけど、薬指は緩く。ちょっとぉ、そんなに締めたら漏れちゃうじゃないの」
小さいなりして要求だけは一人前だ。それがどうだ、こうして信者が現れるととたんに上品ぶる。あつかいにくいこと、この上ない妖精なのだ。
それなのに住民は木陰にたくさんの果物を持ってきてくれた。どれもこれも捥ぎたてで、ヘタのところから汁がポタポタ滴っている。
「みなさん、いつもありがとう。たまにしか来られませんが、今日は皆さんのために祈りましょう」
妖精は、本性をかくして愛くるしい笑顔をふりまいたのだった。
「モ○ラーヤッ モ○ラーー、 ドゥンガン カサクヤン インドゥムゥーー……」
すっかり定番になった歌だ。歌声はもちろん、歌う様子は日本の隅々までいた歌だ。それにしても持ち歌が一曲というのは寂しいものだと善一郎は苦笑していた。
「…… トゥンジュカンラー カサクヤーンム」
妖精はご丁寧に二度も繰り返し歌った。
それから何度住民が大地にひれ伏しただろうか、気がつけば空にチカチカ星が瞬くようになっていた。
「さあ、いただきましょう」
なにもこんなときまでハーモニーを効かせる必要はないと思うのだが、妖精の発声で盛大な宴会が始まった。
切り分けてくれた果物に口をつけると、なるほど妖精が長い時間をかけて島渡りする理由がよく理解できた。この世のものとは思えないほど甘く、瑞々しいのだ。善一郎もミチも夢中になって頬張ったのだった。
ところが、ここで村長とおぼしき人物が顔を曇らせた。
何か失礼なことでもしただろうかと様子を窺うと、しきりと善一郎が食べた果物を指差している。が、それがどういう意味なのか、善一郎はもとよりミチにもわからない。
「×○△#=@~?#&%」
「村長は、男の人の歯が抜けていると言っています」
妖精が、口いっぱいに頬張りながら通訳してくれた。
「実は、去年抜けたままにしてあるのです。仕事に追われて歯医者に行くことができなかったので」
「×○△#=@~?#&%×○、△#=@~?#&%」
妖精の通訳で、村長が早口に何かを言った。胸を叩いているところをみると、任せておけと言っているようだ。
「大切なお客さんだから、きちんと治してやると言っています」
妖精が言い終えるより早く善一郎は屈強な男に両脇を抱えられ、祭壇の隅の柱に括りつけられてしまった。そして、口をこじ開けられて、そこに輪切りにした竹を嵌められてしまった。
「心配することはありません。保険が適用されるそうです」
妖精は、すずしい顔で別の果物に手を伸ばした。
「△#=@~?、#&%×○△#=@~(痛かったら、手を上げてくださいね)」
「げぎぐが(できるか!)ぎがっがぐげぎ(縛ったくせに)」
善一郎の抗議などにおかまいなく、浅黒い肌に純白のマスクをした村人が目元に笑みを浮かべて彼の正面に立った。そして、錐のようなものを閉じることができなくされた口に近づけた。
善一郎は、必死で顔を背けようとしたのだが、やはり純白のマスクをした別の村人にしっかり押さえつけられて微動だにできない。
「ぎがぎ(痛い!)
抜けた歯のあったところに錐を揉み込むような感触を感じ、すぐに激痛に変わった。彼は日本男子の誇りをかなぐり捨てて叫んだのだ。
「×○△#=@#&%」
「×○=@?&、%×○△#=@~?#&%」
「痛いようなので、そう言ったのですが、ちょっと我慢してくださいということです」
妖精が通訳してくれなくても、グリグリ捩じ込まれる痛みは一向になくならない。あまりの痛みに気が遠くなりかけた時、顎にコンコンと何かが打ち込まれるのを善一郎は感じていた。
「×○△#=、@~?#&%△#=@~?#&%」
「大切なお客さんだから、特別にモ○ラの卵の殻で作るそうです。殻を使えば鋼鉄でも噛み切れるようになるそうです。目立たない色目だから自然に見えますよ」
大切な部分を端折って妖精が通訳をした。
さて、ここで問題です。
この島の名はなんという島でしょう?
制限時間は五分です。