チェーンソー男爵
6本目の短編です。
東幸町にはなにもなかった。
物質的には道路や電信柱と住宅地だけの街。
わざわざでかけたくなるほどのスポットはない。
そこへわざわざ来るのには相応の理由が必要だった。
栗須は前を歩く男の様子を窺った。
「悪趣味この上ないな」
西欧貴族じみたスーツ姿の男。
その右手がチェーンソーだった。
それは比喩ではなく、本来右腕があるべきところをチェーンソーが代替しているのだった。
ソーの小型エンジンが唸り、赤色の霧が舞う。
男はソーを振り回したり、跳び跳ねたりと激しく暴れまわっていた。
動きだけをみれはコミカルと言えなくはないのかもしれない。
「応援を呼びましょうか」
部下の花が栗須に尋ねた。
「不要だろう。むしろ応援が必要になるような事態になれば良いのだがね」
栗須はため息をついた。
花はまだ新人で、道理を理解できていない。
そんな分かりやすい仕事であれば苦労はないのだ。
栗須はいつのまにか冷や汗をかいていた。
男を見れば、赤い塊を左手で掴み、右のチェーンソーでぐちゃぐちゃと潰している。
すべては段取りに書かれた内容だ。
町行く人は怪訝な顔をして遠巻きに過ぎ去っていくばかりだ。
「あれって肉の設定なんですか?」
「特産品のトマトだ」
花は栗須の言葉に硬直した。
「・・・すみません」
花は足元のチラシの束をつかむと、人混みの方へかけていった。
イノベーションは難しい。
他の地域との差別化を追い求めた結果、こんなことになってしまった。
化け物と呼ぶのがふさわしい。
名前はチェーンソー男爵という。
地域振興の要だといいながら、上は人を裂いてはくれなかった。
栗須と花は目の前の不気味な着ぐるみひとつで観光客誘致を達成することが要求されている。
「盛り上げないとなあ」
目の前には閑散とした商店街のアーケードが残酷に広がっていた。
人はまばらで、男爵以外の人間が敵に見えた。
栗須は大きく息を吸ってから、花を追いかけた。
東幸町には見るべきところがなにもない。




