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ファイル3  『河童』の怪 【③】

□◆□◆



 茂みから現れた妖怪が桜香をギロッと睨む。大きな声を出されたのが気に入らなかったのだろうか。

 思わず足がすくんだ桜香だったが、ここで引くわけにはいかない。この妖怪は〝痴漢〟という犯罪の重要参考人なのだ。

 桜香にとっては息をもつけない緊張感なのだが――桜香以外の者たちには身構える様子がない。特に、タマモはキョトンとした顔で首をかしげる。


「ねえねえ。ほんとに河童なの? なんでお皿がないの?」


「警察だと?」


 タマモを無視した妖怪は鼻で笑った。


「最近の妖怪は、人間ごときに雇われるようになっちまったのか?」


「お皿は? 忘れてきたの?」


 無視されても気に障る様子がないタマモは再び問いかける。


「俺様は気が短いんだ――」


「なんでお尻を触るの? そんなことして楽しい?」


「今すぐ帰るなら見逃してやっても――」


「あのさ、キュウリが好きって本当?」


 妖怪はタマモを無視し続けているが、その口もとがヒクつきはじめた。


「お前らがどんな妖怪なのかは知らないが――」


「頭の上が平たいのはお皿が置きやすいから?」


「俺様の妖力にかかれば――」


「ずっとお皿を置いているからハゲちゃったの?」


「ええいッ! やかましいわ、このガキんちょがッ!」


 突然、妖怪がタマモを怒鳴りつけた。


「ああそうだよ、俺様は河童だ! 疑問が解けて満足しただろッ!」


「キュウリは? キュウリは好きなの?」


 怒る河童をものともせず、タマモの目は興味津々だ。


「好きで悪いかッ! キュウリはいいぞ、噛んだ時のパリッとした音とあっさりした味わいが最高だ! 俺たちは、キュウリをはじめとした夏野菜全般が大好きなんだよ! それとな――」


 河童がタマモに詰め寄った。


「俺様はハゲてるわけじゃない! 頭が平たいのだってな、お皿が置きやすいようになってるだけだ!」


 今にも掴みかかりそうな河童の勢いに、思わず桜香が止めに入る。


「やめてください! 私たちは話を聞きたいだけなんですよ」


 河童をタマモから離したいだけだった。けれども、桜香に押された河童は力なくヨロけてしまい、バランスを崩して後ろに倒れ込んだ。


「や、やりやがったな人間!」


 河童は、仰向けに倒れたまま手足をバタつかせる。どうやら、背中の甲羅の重みで起き上がれないらしい。

 それを見かねた安那が、起き上がる河童に手を貸した。


「ちょっと、大丈夫なの?」


 安那は転んでついた砂を払ってあげる。


「ど、どうもすみません。ありがとうござい……って、そうじゃないッ!」


 頭を下げかけた河童は安那から離れた。


「そうやって油断させておいて、俺様をこの土地から追い出す気だな! さっきも言ったがな、ここは俺様の縄張りだ。 どこにも行く気はないって、光男のバカタレに言っておけッ! ていうか、あいつはどこにいやがるんだ!」


「光男? それって誰なわけ?」


 あまり興味はなさそうな住吉の問いに、河童が目を剥いた。


「しらばっくれんじゃねえ! そっちがその気なら、俺様の妖力をみせてやる!」


 河童が手をあげると、茂みの奥で水柱が立った。小川の水が、ドラム缶ほどの塊となって河童の頭上にやって来る。


 それを見た山森が感嘆の息を漏らす。


「ほう、皿が無くてもこれだけのチカラがあるのか。零落しても、水神には変わりないってことか……」


 その言葉に桜香が反応した。


「零落って……全盛期をしのばせるものが何もなくて、とことんまで落ちたって意味ですよね? 河童って、元は神様だったんですか?」


「イタズラが過ぎて下界に落とされるまではな。河童が、神に捧げる〝神事〟から始まっている相撲を好むのだって、元々は神だった頃の名残りなのさ」


 そう苦笑いした山森に河童が怒鳴る。


「なにをごちゃごちゃ言ってやがんだ! これでもくらいやがれ!」


 叫びながら手を振り下ろすと、ドラム缶ほどの塊から細長い水が飛び出した。それは桜香に向かっているのだが――。


  チョロチョロ~……


「うわ~……。じいさんの小便みたい……」


 その勢いを見た住吉がぼそりとつぶやく。


「スンく~ん。例えが下品だよ~」


 呆れるタマモだが、彼女も住吉と同じように苦笑いしている。それほどに、河童が繰り出した水には勢いがなかった。


「え~と、これは……。私、どうすればいいんですか?」


 桜香も戸惑いを隠せない。河童の気迫に身構えたものの、ジョウロで花壇へ水やりをしているような水は足下にも届いていないのだ。

 河童は歯を食いしばり緑色の顔を赤くしている。思い通りの攻撃が出来なくて悔しがっているというよりも――


「グ、ググ……み 水が 重い……」


 どうやら、自分の妖力で持ち上げている水の重さに耐えているらしい。


 タマモはポカンとした顔で河童を見上げる。


「うわ。ウ〇チを我慢している人みたい」


「タマモ。お前の方が下品なこと言ってるって……わかってるわけ?」


 呆れる住吉がため息を吐いた。その時――


「ム、むキュウぅぅぅ……」


 空気が抜けたような声を出した河童の身体が崩れた。その途端、頭上で浮かんでいたドラム缶ほどの水の塊が崩落する。

 約200キログラムの水が、両腕で身体を支えている河童の後頭部を直撃――


「むギャっ!」


 地面に貼り付いた河童が、まさに潰れた声を出す。


「ど、どうなってるんですかこれは!?」


 広がってくる水から逃れる桜香が叫んだ。


「河童の妖力の源は、頭に乗せている皿だからな。その皿がないのなら、やつは非力な妖力しか使えないのさ」


 そう解説した山森は、あぐらを組みながら宙に浮いていた。足下に迫って来た水から避難したらしい。よく見れば、その背中には黒い翼が生えている。烏天狗の翼なのだろう。

 ゆっくりと羽ばたいているその翼はぼんやりとかすんでいた。普通の人間には見えないように意識しているのだろうが、それを見ることが出来るのが桜香の特殊能力である。


「山森さんっ! そんなことしたら――」


 妖怪だという事がバレてしまう。そう思った桜香が溝淵巡査へ向く。しかし、彼はまだ白目をむいて気絶をしているようで、脇を抱えられながら住吉に引っ張られていた。


「あのままにしとくとズブ濡れになっちゃうわけ」


 桜香と目が合った住吉が親指を立てる。


「やだ~ズブ濡れじゃないっ!」


 安那が悲鳴を上げた。タマモは水から逃れたようだが、河童の傍にいた安那はまともにかぶってしまったらしい。


「も~う。桜香さん、タオル持ってません?」


 長い髪から水を滴らせる安那に、桜香はハンカチを取り出した。


「さすがにタオルは……。これでよかったら使ってください」


「あら。ありがとう」


 お礼を言って微笑む安那。その傍で倒れている河童が、呻き声を出しながら立ち上がった。


「う、ぐぐ、や やってくれたな人間……。不意打ちをくらわすなんて、ずいぶんと汚いマネをしてくれるじゃないか」


 顔を泥だらけにした河童が不敵に笑う。


「ちょっと押されたくらいで大袈裟だなぁ。足腰弱ってるんじゃないの?」


 タマモがカラカラと笑った。触れられた程度の力で簡単に倒れてしまったのが可笑しかったらしい。


「ば、ばかにしたな! よ~し、今度は俺様の本気をみせてやるからな!」


 河童が手をあげると、再び小川から水の塊がやってくる。


「いいかげんにしてくれる。もう濡れるのはご免よ!」


 桜香の手を引いて下がった安那が自分の髪の毛をつまむ。髪の先端を指でピッと切った彼女は、それを河童へと投げつけた。

 数本の、指先ほどの長さの髪が姿を変え、鳥の形となって河童へ向かう。


「な!? し、式神だとぉ!?」


 驚く河童。鳥はその頭や身体を、くちばしでつつきだした。


「や、やめろ! 集中できないじゃないかっ――――あ」


 間の抜けた声を出した河童は、またしても水の塊をかぶってしまい、その場で倒れる。


「イタズラな子にはお仕置きしなくちゃね」


 そう微笑んだ安那を、河童は驚愕の顔で見た。


「し、式神ってことは、お前は〝陰陽道〟ゆかりの白狐だな! なんでこんなところにいるんだ!? それに――」


 桜香やタマモたちを見回す河童。


「なんで人間が混ざっているのか知らないが、よくよく妖気を探ってみれば、お前たちもけっこうな大妖怪じゃねえか……」


 おびえる河童の言葉に、タマモが頬をふくらませた。


「『人間』じゃなくて、『桜香ちゃん』って言いなさい。それに私たちは警察官だって、聞いたでしょ」


「イマドキの妖怪は『公務員』にだってなれるわけ。うらやましい?」


「いや、別にうらやましくは……」


 住吉の言葉に、河童は困ったように頬を掻く。


「なんでまた、いきなりケンカ腰で現れたりしたんだ?」


 そう訊ねた山森に、河童はすまなそうに頭を下げた。


「すんません。俺はてっきり、光男のやつが妖怪と手を組んで、俺をこの土地から追い出そうとしているのかと思って……」


「追い出されるって……。村の人に痴漢をしたからですか?」


 桜香に言われた河童が首を振り、


「ち、ちがいますよ! 尻子玉を取れば光男の居場所を聞き出せると思っただけなんです! あれは痴漢じゃないんです、信じてください!」


 泣きそうな目で手を合わせる。


「尻子玉?……って、なんですか?」


 桜香は安那に訊ねた。


「尻子玉っていうのはね、人間の肛門近くにある小さな〝気〟の塊のことよ。それを抜かれた人間は力を失って、しばらくは立ち上がる事も出来なくなっちゃうの」


「ある程度近づく必要はあるが、放った妖気で包み込んで抜くわけだから、普通は尻に触れる事はない。けれど、今の河童にはお皿がないから、妖気が足りてないし微妙な妖力調節も出来ないからな――」


「な~るほど。近づきすぎてお尻を触っちゃった結果、驚いた人間に河童も驚いちゃって逃げ出したってわけね」


 安那の説明に、山森と住吉も補足する。

 それが終わるのを待っていたかのように、河童が大声を出した。


「みなさん、お願いがあります!」


 正座をした河童は両手を地につける。


「俺のお皿が光男に奪われちまったんです。手遅れになる前に、どうか光男を助けてやって下さい!」


「取り戻すんじゃなくて、助けるんですか?」


 土下座をする河童に、桜香だけでなく皆が困惑している。


「光男が俺の皿を使って妖力を使っちまったら、とても恐ろしいことになってしまいます。光男はきっと、それに耐えられない……」


 まるでめり込ませるかのように、額を地につける河童。

 自分の〝お皿〟の心配もせず、自分をこの地から追い出そうとしているかもしれない相手である光男を助けてくれという。さっきまで攻撃的だった河童が、こうまでしてお願いしなければならない“恐ろしいこと”とはいったいなんなのか。


 桜香以外の捜査官たちにもその答えはわからないらしく、土下座を続ける河童を見つめることしかできないでいた――。


□◆□◆

 読んでくださり ありがとうございました。

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