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ファイル8 『前鬼・後鬼』の怪 【⑬】

□◆□◆

13


 ジンを蝕む赤黒い暴気には意思があるのだろうか?

 まるで邪魔者を排除するかのごとく前鬼後鬼を攻撃してきた。

 強風に揺れる柳のように、暴気は多くの鞭となって前鬼後鬼へと迫る。


≪怒り狂う神のチカラ――腕一本で済めば安いものよッ! 紫炎剛腕ッ!≫


 前鬼後鬼は右腕に紫炎を集中させ、巧みに躱しながら暴気を薙ぎ払う。

 しかし四度目の振りで右腕が砕け散ってしまった。

 それでもなんとか、背後からジンに組み付くことに成功する。だが――


≪ぐぁぁぁぁッ!≫


 荒れ狂う暴気は前鬼後鬼にもまとわりつき、その身を侵食しだした。


「くッ……」


 ジンの苦しい呻き。

 前鬼後鬼がまだ存在していられるのは、多少なりともジンが援護しているからなのかもしれない。

 それを感じているのか、前鬼後鬼は気合の息吹をあげて暴気を弾いた。


あめはりッ、これが我らの全てだッ!≫


 前鬼後鬼はありったけのチカラ瓢箪へ移し、左手で握りつぶす。すると飛び出した霊水が黄金色の神気に活力を与えた。

 輝きを増す神気。それに圧されるように暴気の勢いが弱まる。


≪今だッ、己を封じよッ! 天之尾羽張ッ≫


 前鬼後鬼の叫びにジンが目を見開く。


「うおぉぉぉぉッ!」


 高々と吠えるジン。と同時に暴気が収縮してジンのなかへと戻り始めた。


≪やったか!――むッ!≫


 ジンが自分に勝ったのを確信した前鬼後鬼だったが、邪気を感じて頭上を見上げる。そこには土蜘蛛が逃げて行ったような結界の歪み。

 そしてその中心に黒点が現れたかと思うと一気に大きくなり、そこからがしゃどくろの上半身が這い出てきた。

 巨大な骸骨の姿をしたがしゃどくろの狙いはジン。しかし今のジンは自分に精一杯で無防備である。


≪やらせるかッ!≫


 最後の力を振り絞り、前鬼後鬼はがしゃどくろへと跳ぶ。

 それに対しがしゃどくろは右手を突き出した。その手のひらともいえる骨の中央から怪しい紫色の怪光線を出す。

 その怪光線は前鬼後鬼を貫きジンを照射した。


≪ぐぅぅぅッ……こ、これまでか……≫


 無念さに呻く前鬼後鬼。そこへ――


「前鬼後鬼ッ、もうひと踏ん張りしてほしいわけッ!」


 住吉の声が響いた。

 タマモに弾き飛ばされたその落下軌道上と前鬼後鬼が重なっていたのである。

 前鬼後鬼は左手で住吉を掴むと、そのままがしゃどくろへと投げつけた。


「土蜘蛛に与えられなかった一撃、お前に喰らわせてやるわけッ!」


 住吉ががしゃどくろの手のひらに針の剣を突き刺すとその骨が砕けた。そして怪光線も消え失せる。

 再び針の剣を振りかぶった住吉。今度はがしゃどくろの顔に狙いを合わせた。

 住吉は気合を入れて針の剣を振るう。しかしその攻撃は空を切った。

 がしゃどくの姿が陽炎のように消えたのである。


「そんなんありかよッ! 何をしに出てきたんだお前はッ!」


 攻撃対象を失った住吉はバランスを崩し、再び自由落下へと突入していった。


 そして前鬼後鬼も落下している。

 しかし彼らが再び地を踏むことはない。

 前鬼の身体のなか、鬼神と呼ばれた二匹の鬼の魂が抱きしめあっている。

 言葉など必要なかった。その心が、その魂が、その存在を感じ合えれば全てを理解し合える。

 千年もの長きにわたり妻を愛して探し続けた前鬼。

 千年もの長きにわたり夫を想いながらも魂を縛られ続けていた後鬼。

 千年分の想いを確かめ合うように強く抱き合う前鬼後鬼は黄金色の光に包まれ、そっとその姿を消していった。


「前鬼さん……後鬼さん……」


 前鬼後鬼の最後を見取った桜香は涙を拭う。

 前鬼の後鬼への想いは感じていたし、後鬼に憑かれたことで後鬼の前鬼への想いも知っていたからである。

 どうか安らかに――。そんな想いを胸に、桜香は胸の内で手を合わせた。


「桜香ちゃぁぁぁんっ!」


 その高く可愛い声は突然耳に入ってきた。

 桜香が振り向くと胸に子供が飛び込んでくる。

 一角鼠たちを滅したタマモだ。

 しかしその勢いは強く、疲労感で力の入らない桜香では受け止められなかった。


「ひゃんっ!」


 変に裏返った声を出し、桜香はタマモともつれて転んだ。

 それでもタマモは桜香を離さない。腰に手を回し、嗚咽を漏らして泣いている。


「よかった……桜香ちゃんが無事で、本当によかったよぉぉぉ……」


 涙と鼻水でべとべとになった顔を上げ、タマモは桜香の無事を喜んだ。


「タマモちゃん、助けてくれてありがと」


 桜香が頭をなでると、タマモは「うん、うん……」と何度も頷く。

 歓喜で言葉が出てこないのであろう。


「あの、桜香さん……」


 安那が桜香に声をかける。

 彼女も疲労困憊なようで、山森に肩を支えられていた。


「ごめんなさい、私の不注意のせいで。その、なんとお詫びしたらいいのか――」


「大丈夫ですよ安那さん。私、信じてましたから」


 桜香は唇を噛む安那の言葉を遮る。


「え?」


 驚き顔の安那に桜香が微笑んだ。


「きっとみんなが助けに来てくれるって信じてました。そして、こうしてみんなが助けに来てくれたんです。私はそれが嬉しいです」


「桜香さん……」


 桜香の笑顔につられ、安那からも微笑みがこぼれた。

 そして山森の顔も綻ぶ。


「まあ、なんだ……。こうして全員無事だったわけだし、めでたく一件落着ってことでいいんじゃないか」


「そうですね。タマモちゃん、安那さん、山森さん、助けてくれてありがとうございました」


 桜香も山森に笑顔を見せた。だがその間に住吉が割って入ってくる。


「ぜんぜん無事じゃないわけ! 俺はタマモにどつかれてまともに立てないっつ~のッ!」


 タマモに叩かれた尻がかなり痛むのだろう。住吉の腰は引けており、満足に立てていない。

 だがその様子が面白く、桜香は声を上げて笑った。


「住吉くんもありがとう。でも、なんだかおじいちゃんみたいだよ。助けに来てくれたお礼に杖を買ってあげるね」


「そんなのいらないわけッ!」


 桜香の言葉にすかさず返す住吉。

 和気藹々とした雰囲気に皆が笑い声をあげた。


「私、川霧さんにもお礼を言ってきますね」


 立ち上がった桜香はジンへと向く。

 桜香が歩き出すと、タマモ達もその後についてきた。

 前鬼後鬼のおかげでジンから吹き出す怒りの暴走は治まっている。だが死闘だったことを物語るかのようにスーツはボロボロ。大きな怪我はないようだが、ジンは自らの身体を確かめるように両手を開いては閉じるを繰り返している。


「川霧さん、助けてくれてありがとうございました。」


 桜香が声をかけると、ジンは「よお」と一瞥して自分の身体を見回す。

 このなんともいえない態度も、今の桜香には妙に心地良い。こうして助けに来てくれたことが全てであり、仲間だと思ってくれているという実感に頬が弛む。


「……なにをひとりでにやけているんだ? 気持ち悪いやつだな」


 動きを止めたジンはそう言って息を吐いた。


「き、気持ち悪いって……。あ、あのですね――」


 あまりの言われように桜香は大きく息を吸い込む。


「助けてくれたことは感謝してますけど、こっちがお礼を言っているのだから、無事でよかったなとか、心配したぞとか、もっと他に言う事ないんですか!?」


 桜香の剣幕にジン耳に指を入れていた。


「わかったわかった、うるさいやつだ。無事でよかったな心配したぞ……これでいいか?」


「こ、心がこもってない」


 ジンの棒読みに桜香は肩を落とした。

 そんな桜香にジンは少しだけ笑みを浮かべ、その肩をぽんと叩いた。そして安那を見る。


「葛葉、訊きたいことがある。呪術を解くにはどうしたらいい」


「え、呪術ですか?」


 突然の問いに安那は戸惑う。

 ジンが右手を上げる。


「さっきがしゃどくろに妙な術をかけられてな。刃が出てこなくなった」


 ジンは右腕を光らせる。本来ならばここで刀身へと変化するのだが、光はすぐに消え右腕も人の腕のままだった。


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょちょッ!? ジン、それってマズイんじゃないの!?」


 皆が言葉を失うなか、タマモの声が響く。

 冷静なのは、他人事のような顔をしているジン本人だけである。


「俺が自分のチカラを封印した時、がしゃどくろがなにかしらの封印術を上乗せしてきたみたいでな。この通り、今の俺は何も斬ることが出来ない」


「強引に打ち破れないの?」


 そう訊いたのはタマモ。


「出来ないことはないだろうが、俺の封印に溶け込んで絡まっている感じでな。手荒な事をするとまた暴走しかねない」


「それはマズイね。暴走前でも前鬼後鬼がチカラを合わせてやっとこさって感じだったのに、暴走なんてされたらわたしたちじゃどうしようもないし」


「ええ。私は後鬼ほど精密に呪術を操れないというのも大きいですね」


 安那も唸る。

 陰陽術を操るとはいえ、呪術師としては鬼神と呼ばれた後鬼の方が何枚も上手。

 その後鬼をもってしても前鬼とチカラを合わせなければジンを抑える事は出来なかった。ましてやジンが相談してくるほど厄介な呪術となると……。今はそれを解く方法など思いつかない。

 それを悟ったのか、住吉が青い顔で慌てる。


「ど、ど~するわけ? ジンさんがこれじゃ、もしあの方が出て来ちまったら対抗できないわけ」


 誰も答える事が出来ない。

 ここで山森が手を打ち鳴らした。


「まあ、ここで考えていても仕方ないわな。帰ってから考えようや。道満の結界空間も崩壊しかけていることだし」


 道満が滅んでから結界空間はその形を保てなくなっていた。重なる激闘に、至る所にヒビが入りガラスのように割れている。

 その向う側は闇一色。虚空間である結界が完全に崩壊すれば、後に残るのは無である。


「そ、そうだね。とりあえず、帰ろう!」


 タマモもそれに同意し、皆を入ってきた結界の出口へと先導する。


「川霧さん……」


 桜香がジンに声をかけた。しかしその後の言葉が続かない。


「なんて顔してんだ。別に崎守が悪いわけじゃない。俺が迂闊だっただけだ」


 ジンはそう言い、桜香の腕を引く。

 うつむきながら腕を引かれる桜香。自分を責めるように唇をぐっと噛んでいた。





 役行者に蘆屋道満、土蜘蛛や前鬼後鬼らとの戦い。

 前鬼はこれは仕組まれた事であると言い残していった。

 誰が、なぜ、何のために――。前鬼が滅んだ今、桜香にはその答えを知る術はない。

 だが桜香が救出されて数日後、彼女はその首謀者と真の敵ともいえる存在を知ることになる――。



□◆□◆

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