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ファイル8 『前鬼・後鬼』の怪 【⑩】

□◆□◆

10


「……くっ」


 安那が片膝をつく。呼吸は乱れ、顔面蒼白で額には脂汗。

 因縁の相手であった蘆屋道満との激闘を征した疲れが出たのは間違いのだが、理由はそれだけではなかった。


「あいかわらず四神朱雀の威力はとんでもねえな……」


 安那が顔を上げると、翼を広げた山森が降りてくるところだった。

 着地した山森は安那を気遣う。


「大丈夫か安那? 式神のなかでも四神は別格。いくらお前さんでも、朱雀のチカラを具現化させる時には妖力のほとんどを使い果たしちまったはずだ。のんびりはできねえが、少し休め」


「……すみません。では少しだけ」


 山森の言葉に、安那は苦笑いを返す。

 気丈に振舞いたいのは山々だが、今の自分がジンかタマモたちの加勢に向かっても足手まといにしかならないことをわかっているのだ。

 そんな安那の気持ちを汲んだのか、山森はフッと口を弛ませる。


「心配には及ばないさ。ジンの方はともかく、タマモと住吉の方もすぐに決着がつく、そしたら――」


 話をしながら、山森は礫を放って迫り来る一角鼠を撃退した。


「一緒にジンたちの加勢に向かおうや」


「それまで、山森さんが私のボディーガードを?」


「まあな。タマモに頼まれたし、この老体としてもこっちの方が楽だしな」


 山森はまたも一角鼠を滅し、不器用に片目をつむった。


「お姉さまが……」


 安那はタマモへ目を向ける。

 住吉と共に土蜘蛛や大ムカデ、一角鼠たちと戦っているタマモ。

 一見すると土蜘蛛を馬鹿にしながら遊んでいるように見えるのだが、土蜘蛛の防御力は思っていたよりも高く、下手をすれば形勢を逆転されかねない。

 タマモは言葉や動きで土蜘蛛を翻弄し、確実に仕留めることが出来る隙を伺っているようだ。

 そんななかでも、タマモは周りにも気を配っている。先ほど土蜘蛛を叩き飛ばして住吉に迫っていた大ムカデ三匹を倒した。その時に住吉は土蜘蛛がかすったと抗議し、タマモも不可抗力を装ったのだが……。実のところ、それは計算通りだったのかもしれない。





 ジンと後鬼は見事な連携で、前鬼の身体を乗っ取った役行者と戦っていた。

 数でいえばニ対一。しかし見事な連携をもってしても、ジンと後鬼は役行者と互角にすら戦えていない。

 それぞれの得手を活かし、ジンと後鬼で攻守に分かれているのだが、役行者に押されているようにしか見えないのだ。


 ジンの繰り出す斬撃を、役行者は腕を振っていなす。そして丸太のように太い足でジンを蹴り飛ばした。

 腹部を直撃されたジンは後ずさりながらもなんとか踏み止まったが、それに追い付いた役行者が拳を振り下ろす。

 ジンが躱すと拳は結界を叩き、その一部がガラスのように砕け散った。


<む、結界が修復しない……。道満め、やられおったか>


 砕けた結界の一部。その向う側に見えるのは黒一色だった。

 そして砕けた結界が自動修復しないことに、役行者は蘆屋道満が滅ぼされたことを知る。


「よそ見をするとは余裕だなッ!」


 ジンは隙をついて一太刀狙うが、役行者はまたしても腕で受け止めた。


<何か言ったか?>


 余裕の笑みを見せる役行者はそのままジンの二の腕を掴んで捻り上げる。


「ぐあああッ!」


 ジンの絶叫に、役行者は歓喜の顔でジンを振り回し始めた。


<ふはははは! 神とはこの程度か! 儂が術で強化したしたとはいえ、前鬼の紫炎剛腕に手も足も出ぬとはな!>


 そのままジンを地に叩きつけようとした役行者だったが、突如その動きが止まる。


<ぬ、これは……>


 役行者の腕に絡みついているのは木の枝。道満が儀式用に用意し、桜香を拘束していた枯れ木の枝だった。

 そして、それを操っているのは後鬼。


<うるさい蠅がッ!>


 役行者の眼が怪しく光る。すると腕に絡みついていた木の枝が外れ、今度は後鬼へと向かっていった。

 その様子に後鬼は苦笑いを浮かべる。


<やはり、前鬼は役行者の邪魔をしてはくれませんか……困ったものです>


 仕方ないという顔をする後鬼。呪文を唱えながら刀印を突出してコマのように一回転すると、しゃがみこんで刀印で地を指した。


<烈風陣!>


 術の発動と共に後鬼が竜巻のような烈風に包まれ、その烈風は迫ってきた木の枝をバラバラに圧し折った。

 しかし再び役行者の眼が怪しく光る。


「後鬼さん下ですッ! 下から何か来ますッ!」


<え? しまっ――>


 内からの桜香の声。そしてそれに気付いた後鬼の反応が遅れる。

 今度は後鬼の足元から太い木の根が結界を突き破ってきた。

 驚きの声を上げる間もなく弾かれる後鬼。それでも宙で体勢を整え、呪を刀印に込めて木の根に刺す。

 すると木の根に無数のコブが膨れて内側から破裂した。そのコブは枯れ木すべてに行きわたり、破裂すると同時に枯れ木は霧散していった。


<崎守よ、申し訳ありません。唇を切ってしまいました>


 後鬼は口元を拭った手の甲の血を見て、内にいる桜香へと謝った。


「それくらい大丈夫ですよ。私、子供の頃からすり傷とか絶えなかったし、慣れっこです。それに後鬼さんに体を貸しているからか、痛みは感じませんし」


 桜香は後鬼を気遣う。

 自分の顔ではあるのだが、後鬼の表情は見えない。それでも申し訳ないという気持ちは伝わってくるのだ。


<そうですね。今はワタシがこの体を支配しているので、痛みは全てワタシのものですから。では、今の衝撃であばら骨が二本折れてしまったのも許していただけますね?>


 後鬼は続けて言い、破れたシャツに手をあてた。

 右の脇腹は打撲で赤くなっている


「え?……折れたんですか?」


<はい、折れました。ごめんなさい>


 さらっと重傷を告白され謝られ、桜香は返す言葉が見つからない。


<でも大丈夫です。天之尾羽張が瓢箪を奪うことに成功したようなので、手もとにくればすぐに治します>


「川霧さんが?」


 桜香は意識をジンへと向ける。

 ジンは役行者が後鬼へと向けた隙を突き、その顔を蹴って手を離させると、腰にぶら下がっていた瓢箪を奪っていた。


<おのれ天之尾羽張、儂を足蹴にするとはッ!>


 怒る役行者が衝撃波を放つ。

 目には見えないそれをジンは躱し、胴体へ斬撃を払う。


<やらせはせんッ!>


 しかしジンの斬撃は役行者の腕によって受けられた。だが、腕を滑らせて薙いだ斬撃が胴体に触れると、それは傷口となって緑色の血が流れる。


<くッ、紫炎を纏わぬところでは受けきれぬか>


 動揺を見せながらも、役行者は後ろへ回り込んだジンの顔へ肘打ちを下ろした。

 しかしそこにジンの姿はない。


「すぐに戻ってくるから少し待っていろ」


 さらに役行者の後ろへと回り込んでいたジン。言い放つと同時にその背中に蹴りを放つ。

 蹴り飛ばされた役行者に、ジンは「なんて硬い体だ」と足を二回振ってから後鬼の方へと跳んだ。

 そして後鬼に瓢箪を手渡す。


<天之尾羽張、感謝します>


「お前が瓢箪を壊すなというから先に奪ってきただけだ」


 礼を言う後鬼にジンはぶっきらぼうに言葉を返す。

 ジンの視線は起き上がる役行者に向けられたまま。だが、意識は桜香の体の打撲へと向いていることを後鬼は知っている。


<助かります――>


 後鬼は瓢箪から手のひらに水を出す。青白く光るその水を脇腹にあてると、打撲の赤みがすうっと消えていった。


<これで致命傷にならない限り、崎守を死なせずに済みそうです。もっとも、崎守が私の魂に喰われなければの話ですが>


「あの、そのことなんですけど――」


 桜香が後鬼に話しかける。


「慣れたのか、さっきより苦しくはないんですけど、なんか、物凄く眠くって。これって疲れただけなんですか?」


<それは……良くないですね――>


 後鬼の表情が険しくなる。


<崎守よ。それはあなたの魂が抵抗することさえ出来ないほど弱っていることを意味します。このままではワタシの魂が崎守を喰らってしまうのも時間の問題……。天之尾羽張――>


 続けてジンに目を向けた。


<崎守はもう限界のようです。あと一撃……あと一撃で役行者を滅しなさい>


「あと一撃で……?」


 今度はジンの表情が険しくなった。


「後鬼、それは無理だ」


<ええ。今の天之尾羽張では、前鬼やその体を操る役行者に敵わないことはわかっています。ですが封印を解けば……いえ、あなたが封印を破るほどのチカラを放てば、一撃で滅することが出来るはずです>


「無茶を言うな。俺にはそんな器用なことはできん。もし封印を破ってしまえば、俺にも俺が何をしでかすのかわからないんだぞ」


 ジンが不安気に奥歯を噛みしめる。それは自分がこの世を破壊してしまうかもしれないという恐れからくるものだった。

 遠い昔、ジンは鬼女紅葉と言われることになる人間の女性と出会った。そしてジンは、紅葉を守ろうとしながらもその命を救えなかった。

 その時にこみ上げてきた黒い怒り。全て破壊したいという衝動をジンは受け入れかけた。しかし――


“私は愛おしいのですよ。この世が、この世に生きる人々が……愛おしいのです”


 弱々しくも紅葉はそう言って微笑んだ。不遇の目に遭いながらも怨み言一つ口にせず、全てが愛おしいと口にした。

 紅葉のその言葉がジンを我に返らせた。だが今にも噴き上げそうな怒りの衝動は止まらない。そこでジンは、自らのチカラの大部分と共にその衝動を封印したのである。

 ジンの封印が破られるということは、再びその時の制御できない衝動が噴き出すということだった。


 そんなジンの心中を知ってか知らずか、後鬼はジンを見据える。


<そうさせないために、ワタシは崎守の体を借りたのですよ――>


 その瞳には強い意思の光があった。



□◆□◆

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