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ファイル8 『前鬼・後鬼』の怪 【⑥】

□◆□◆

6



 安那と道満の式神による激戦の一方で、タマモもまた土蜘蛛と激戦を繰り広げていた。


「も~ぉ! この糸うざった~いっ!」


 タマモは突き出した両手から火炎を放つが、焼き切れた糸の端は意思を持っているかのように繋がり合って蜘蛛の巣を形成していく。

 土蜘蛛が作り出した巣は数えきれないほど多く、タマモはまるで長年手入れされていない雑木林の草むらに囲まれているかのような窮屈さを感じていた。

 厄介なのはまとわりつくように張り巡らされた蜘蛛の糸。動き回るそれへ不意に触れようものなら、研ぎ澄まされた刃で斬られたように体が切断されかねない。


「いた~いっ! こんのぉぉぉッ!」


 糸に触れてしまったタマモの左腕に赤い血が滲む。

 そしてタマモはその糸と周りを焼き払うのだが、やはり糸の端同士がくっついてしまい巣の形成は止められない。


<ケケケ。白面九尾といえども、やはり呪術結界のなかでは思うように力を発揮できないようだな>


 土蜘蛛は吐く糸を止め、苦戦するタマモを見下ろしながら嘲笑った。

 タマモはいくつもの火球を放つが、土蜘蛛はそれを余裕で避ける。


<無駄無駄ぁ! いくらかの人間を喰らって妖力を取り戻しただけでなく、俺や前鬼は道満の呪符によって呪術結界内でも力は削がれていないんだ。あっさりと滅してやろうと思ったが、この前の屈辱もあるしな……たっぷりといたぶってから滅してやるぜッ!>


「むむ。顔が陰湿なのは見ての通りだったけど、やはり性格まで陰湿だったか。ねちっこいのは嫌われる。そこは人間も妖怪も変わらないね~」


 とぼけ口調のタマモは火炎放射をしながらため息を吐いた。

 その余裕さに土蜘蛛の口元がヒクつく。


<ほざけッ! お前は手足をバラバラにしてから妖力を吸い尽くしてやるッ!>


 怒り心頭の土蜘蛛だが、まだ接近戦には行かずに毒液を吐きだした。

 呪術結界で力を削がれているとはいえ、相手は伝説の妖怪である白面九尾。冷静さを失っては勝てる勝負も危うくなるとわかっているのだろう。


「挑発には乗ってこないのか――」


 タマモは迫る毒液を火炎で蒸発させる。

 不用意な接近戦をさせて頭をかち割ってやろうという思惑は外されてしまった。


「さてさて、となると……どんな手を使ってやろうかな」


 このままでは張り巡る糸によって身動き出来なくなるのは時間の問題。

 しかしうっすらとニヤけるタマモにはまだ奥の手があるようである。



 ジンは前鬼と死闘を繰り広げていた。

 呪術結界の影響はジンにもある。しかしその右腕の刃の威力はケタ違い。

 それは前鬼にもわかっていた。紫炎剛腕という妖力を集中させた腕をもってしても、刃を受けた時には斬り落とされてしまうかのような錯覚に陥る。おそらく腕以外に刃を受けたなら、頭からでも二分されてしまうだろう。


<封印を施してありながらもこの威力……。やはり神のチカラとは恐ろしいものよのう。久しく心が震えておるわ>


 前鬼はクロスさせた両腕で刃を受けながらジンを見据える。


「楽しそうに笑いながら何を言ってやがる。そういうのは武者震いっていうらしいぞ」


 ジンが左腕で前鬼の腹部を殴ると、前鬼が大きく飛ばされた。

 しかしジンは舌を打つ。


「あのタイミングで自分から飛びやがった。しかも妖力を術で刃に変えてのおまけつき……思っていたよりも器用で、とんでもない戦闘狂だな」


 ジンは破れた左肩のスーツに苦笑う。


<なんの、おぬしこそあの羽を躱すかよ。初手で躱されたのは初めてだぞ>


 間を取った前鬼が楽しげな笑みを浮かべた。その後ろには羽が拡げられている。

 その目があるかのようにも見える特徴的な羽は孔雀の羽。


「なるほどな。かの役行者が孔雀明王の呪を体得して呪術を扱っていたように、その使役鬼だった前鬼もまた、孔雀明王の呪を体得していたということか」


 ジンの言葉に前鬼の笑みが消える。


<ただの人間が孔雀明王の呪を体得……。そんなことが出来ると、おぬしは思っているのか?>


「ただの人間には無理だろうな――」


 問われたので仕方がない……ジンはそんな顔をしながら構えを解き、左手で頭を掻く。


「呪術とは人間のチカラを超えたものに働きかけるための技術だが、神仏クラスに働きかけるには人間のチカラは脆弱すぎる。たまたまあちらが興味を持てば別なのだろうが、それでもその呪を扱うには普通の人間の精神は脆すぎるからな、よくて廃人だ。役行者と会ったことはないが、夜な夜な山々を飛び回って修業していたらしいな。おそらく、安部晴明のような半人半妖か、蘆屋道満のような創り者だったのだろう」


<ほう、道満の正体に気付いておったか>


 ジンの推測に前鬼は目を細めた。


「当時の朝廷によって苦しんでいた民衆の、助けてほしい・救われたいという願望が形を成した人形、または妖怪。おそらく、それが蘆屋道満だ。でなければ、式神を実体化させるなど、人間の業では不可能だからな」


 構えを解いているジンに対し、前鬼も構えを解く。


<道満に関しての推察は見事だ。しかし、役行者については間違いだ。奴は半人半妖でも創り者でもないぞ。呪術者としての優秀ではあったが、ただの人間だったのだよ。――あの日まではな……>


 そう吐いた前鬼は怒りの表情を浮かべていた。

 眉間に深い皺が寄り、牙をむき出しにする口が震えている。


「どういう意味だ?」


 ジンは前鬼の意味深な言葉に眉をひそめる。

 役行者との間に何か因縁があるようなのだが、前鬼がそれを話し出す前に爪で黒板を引っ掻いたような音が響いた。

 ジンがそちらへ目を向けると、桜香の前にある赤紫色のオーブにヒビが入っていた。そのヒビは瞬く間に広がっていき、ガラスが割れる音と共に砕け散る。

 そしてオーブの中から出てきたのは髪の長い青鬼だった。


「あれは……なんだ?」


 まだ青白い魂状態の青鬼の姿にジンはつぶやき、前鬼は苛立たし気な舌打ちをした。

 その青鬼、後鬼は一人ではなかった。髪が揺れると肩からもう一人の頭が生えているのが見て取れる。

 ぼやけているもののその頭は男性のもの。白髪に蓄えられた髭。年老いているようにも見えるが、その精鍛な顔つきから歴戦の猛者を思わせた。


<やはり、まだ役行者に囚われておったか……後鬼よ>


 前鬼が、その融合している男を役行者と言った。

 そして右手のなかに柄の長い斧を出現させる。


<これだ。この時をどれほど待ちわびたかッ>


 叫んだ前鬼。

 両手で斧を持ち、大きく後鬼へと飛び上がった。


<前鬼……>


 後鬼の魂が前鬼の接近に気付いた。虚ろな目だが、その瞳にはしっかりと前鬼が映し出されている。


<後鬼よ。今こそ役行者の呪縛から解き放ってくれようぞ!>


 前鬼が斧を振りかぶる。

 しかしそれに反応したのは役行者。


<やらせはせんぞッ!>


 振り向いた役行者がカッと呪の衝撃波を放つ。

 それを受けた前鬼は失速して落下、そのまま地に叩きつけられる。


<ぐッ……ぬぬぬ……役行者め……>


 顔を上げた前鬼。呪の影響なのか、その顔は火傷をしたかのような細かな水膨れで覆われている。

 それでも前鬼は立ち上がり、もう一度飛び上がった。


<何度来ても同じことッ!>


 役行者が再び呪の衝撃波を放つ。しかし前鬼は斧を放りこれを相殺。

 粉々になった斧の破片を突き抜けた前鬼。


<役行者よ、肉体を欲しているのであろう。ならば、この前鬼の肉体をくれてやろうぞッ!>


 前鬼は役行者の頭にかぶりつくと、そのまま後鬼に融合している役行者の魂だけを吸い込んだ。

 それを見た後鬼の虚ろな瞳に光が灯る。


<ぜ、前鬼っ! なんてことを!?>


 その驚愕は後鬼の悲鳴そのものだった。



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