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ファイル8  『前鬼・後鬼』の怪 【④】

□◆□◆



 あしどうまんの呪言が静かに響いている。

 黒い炎を見つめてあぐらをかき、無表情なその姿は不気味以外のなにものでもない。


 吊るされている桜香の前には赤紫色のオーブ。

 道満が呪言を唱え始めてから出現したそのオーブが徐々に大きくなっている。まるで空間に満ちている瘴気を取り込んでいるかのように。


 道満の呪言の声が大きくなると、前鬼は口から青白い光の玉を吐いた。

 シャボン玉のように吐き出されるその数は百を超えている。


「これは……なんなの……?」


<いつかこういう日が来るかもしれないと、長い年月をかけて集めていた人間どもの魂だ>


 苦しそうな表情の桜香のつぶやきに答えたのは前鬼だった。


<美しいであろう。しかしこれらの多くは、その昔戦場で人を殺し、村々を襲った野盗どもの魂よ。善人も悪人も関係なく、人間の魂は同じく輝いているのだ>


 桜香も前鬼と同じくその輝きに見とれていた。

 善人・悪人というのは、その個人または社会においてどうなのかという基準である。前鬼は人間という種族で見れば皆同じと言いたいのであろう。


<今は我が妖気で包んでおるがために玉としておるが、本来人間の魂には決まったカタチというものがない。我ら妖怪が死すときはその魂が粉々になってしまうために、復活させるのに必要な欠片を集めきれないが、それを補うのに人間の魂は都合が良いのだ>


「だから、人間の魂が必要だったんですね」


 桜香はなんとなく合点がいった。

 亡くなる前は人間だったのに、人の幽霊がなぜ妖怪に分類されるのか。ジンがそれを説明したことがある。

 前鬼の言った通り、本来人間の魂には決まったカタチというのもがない。しかし生前の姿を持つ幽霊とは魂の異常状態のことである。その異常状態の魂は妖怪に近い。

 そして異常状態ではない人間の魂は妖怪の魂の失った部分を補うことが出来る。それは人間でいう生体移植に近いのかもしれない。


 不意に異様な気配を感じた桜香。

 いつの間にか、黒い炎が人に似たカタチへと変わっている。

 それは女性のようにも見える。


<おお、後鬼……我が妻、後鬼よ……>


 前鬼が震える声で歓喜すると、人のカタチをした黒い炎は舞い上がり赤紫色のオーブへと入った。

 と同時に、前鬼のまわりを浮遊していた魂もオーブへと吸い込まれていく。

 すると、徐々にではあるがぼやけていた輪郭が見え始め、後鬼の魂が本来の姿を取り戻しはじめた。


<む。邪魔が入るか>


 呪言を止め、道満が後ろへと振り返る。

 その視線の先には何もないのだが、突如空間にヒビが入った。

 そのヒビはあっという間に大きくなって砕け散る。

 そしてその穴から出てきたのは、桜香が待ち望んだ者たちだった。


「桜香さん無事ですか!?」


 先陣を切って飛び出してきたのは安那。

 結界の一部を壊すので精根尽きたのではないかというほど弱々しい足取りで道満の結界内へと入ってきた。


「や、安那……さん……」


 桜香の苦しそうな声に反応した安那。

 生きていたことに安堵した表情をし、すぐに気合を入れなおすように表情を引き締める。


「桜香さん、今助けますから!」


 安那が駆け出す。しかし、その前に前鬼が立ち塞がった。


<女狐よ、思ったよりも速い到着だな>


 足を止めた安那が舌を打つ。

 安那と前鬼。その力の差は明らかに前鬼の方が上なのだ。

 安那が弱いわけではない。安那の狐火は、並みの魑魅魍魎ならば一瞬にして滅することが出来る。しかし、前鬼はその威力を陰陽術によって増幅させた狐火をもってしても倒すことが出来なかった。

 自分では前鬼を倒すことが出来ない――。そう唇を噛む安那の肩に触れる者がいた。

 川霧刃である。


「前鬼は俺が引き受けてやる」


 ジンが刃となっている右腕を前鬼へと向けた。


「前鬼よ、俺が相手では不満か?」


 その言葉に、前鬼は楽しそうな笑みを見せる。


<なにが不満なものか。天之尾羽張、噂によると人間のために自らの力の大部分を封印したと聞いていたが……。その気迫、是非とも拳を交えてみたい相手だ>


 前鬼は気合の息吹を吐く。すると前鬼の両腕が紫色の炎に包まれた。


<紫炎剛腕という。この腕、貴様の刃でも簡単には切り落とせぬと心得よ>


 前鬼が構えて臨戦態勢を取る。


「だそうだ。葛葉は崎守のところへ行ってやってくれ」


「は、はい。では、よろしくお願いします」


 安那は臨戦態勢を取るジンを横目に桜香へと駆けて行った。


 向かい合うジンと前鬼。


「あまり時間をかけるわけにもいかないからな。さっさと始めるか?」


 ジンの刃が輝きだす。

 それに対し、前鬼も腕の紫炎の密度を上げる。


<応よ、時間をかけなれないのはこちらも同じこと。……いざッ!>


 前鬼の言葉が合図となった。

 瞬く間に互いの距離を詰めてぶつかるジンと前鬼。

 その波動は道満の結界を揺らすほど凄まじいものであった。



 安那が桜香へと向かい。ジンが前鬼と戦っている時、タマモたちもまた戦いの最中であった。


「もぉぉぉッ、ホントにうざったいッ!」


 タマモが繰り出した火炎放射に多くのいっかくねずみが塵となる。

 しかしその数はまだまだ底が見えない。


 道満の結界内に入ったことで、広くなり戦いやすくはなった。それに一角鼠も巨大ムカデもタマモたちの敵ではない。

 しかし厄介なのがその数の多さ。

 油断さえしなければやられることはないが、一つ間違えば一気に形勢を持って行かれてしまう危険がある。

 そして今ここに、新たな敵も出現する――。


「ん? なんでこんなところに人間がいるわけ?」


 いち早くその存在に気付いたのは住吉だった。

 高速移動による突きで巨大ムカデに大穴を開けて塵にし、着地したところでその男が目に入ったのだ。


 その男は痩せ細った体に血走った目。面長の顔の半分は茶毛に隠れ、口に卑屈な笑みを浮かべている中年の風貌であった。

 その姿はどう見ても人間であるのだが、


「――つっても、こんなところに人間がいるはずないわけ。正体現しなッ!」


住吉が刺繍針のような剣を投げつけた。

 この瘴気が充満している空間に普通の人間がいられるわけがない。もしここに来れたとしても瞬時に気を失うか発狂するほどの瘴気である。

 桜香は幼い頃より妖怪と関わりながら暮らしてきたので多少の免疫によって耐えられている。それでも気を失わずにいるのが精一杯。

 この場に立ち、しかも笑みまで浮かべられる人間がいるとしたら、それは余程の腕を持つ呪術者であろう。

 そしてその男が纏っているのは妖気。ならば答えは一つだった。


 迫るしゅうばりの剣をに対し、男は口から糸の束を吐いて絡めとる。

 それでも住吉は高速移動で間合いを詰め、男の前で刺繍針の剣を出現させた。


「塵になれッ!」


 男の腹部へと突き出される刺繍針の剣。しかし、それは金属音に似た音と共に弾かれた。

 刺繍針の剣を弾いたのは爪。男のシャツを突き破り、腹部から出た蜘蛛の足の先端が住吉の攻撃を防いでいた。

 驚愕の声を上げる住吉。そんな住吉に、男は口から糸の束を吐き出す。

 慌てて避けた住吉だが、糸の束は大きく広がり住吉の身体を捕らえた。


「うわっ! ちょっ、ちょちょ……ッ」


 絡みついてくる糸。粘性の強いその糸は、もがけばもがくほどにまとわりついてくる。


<このまま締めて滅してやろうか。それとも、不味そうな生血を吸いつくして滅されたいか?>


 男は余裕の笑みを浮かべるが、次の瞬間に後方へと飛び退いていた。

 そこを火炎球が通り過ぎる。そしてその火炎は住吉の身を包んだ。


「こらっスンくん! 油断しすぎだぞぉ!」


 大きな声で叱ったのはタマモ。今の火炎球は住吉を助けるために放ったものだった。

 火炎は糸を焼き払い、住吉は自由の身となる。


「め、面目ないわけ」


 笑って誤魔化そうとする住吉。

 その身体は無傷で、服にすら焦げ跡一つない。

 タマモの放った火炎は炎の性質を持っているものの、それは彼女の妖力を変化させたものである。よって、タマモが燃やしたいモノ以外は燃えることはない。


<ケッ、やっぱり、人間の姿ってぇのは動き辛いな……>


 男は苛立たしげに舌を打つ。するとその両肩と脇腹が膨れだし、服を破って毛に覆われた蜘蛛の脚が飛び出してきた。

 タマモが思い出したように手を打つ。


「この妖気。どこかで嗅いだことがあると思ったら、あの時の土蜘蛛かぁ」


 なおも身体を変化させ、大きくなっていく土蜘蛛。

 その巨体はトラックほどもあるが、ジンが潰したその右の眼は傷になっており、半月の牙も折れている。

 桜香が交通課にいた頃に遭遇した土蜘蛛に間違いなかった。


<あの時は痛い目に遭ったが、今度はそうはいかねぇぞ。お前らまとめて滅してやらぁ!>


 叫ぶ土蜘蛛にタマモも言い返す。


「がしゃどくろに助けられたくせに偉そうな……。こっちこそ、今度は逃がさないんだからね!」


 タマモは大槌を構えた。

 その目は真剣そのもの。それは以前の土蜘蛛よりも妖気がみなぎっているのを感じているからであった。



 安那は祭壇の前で道満と対峙していた。


「蘆屋道満……やはりあなたでしたか」


 安那は指で髪を切り、犬獣の式神にする。

 対する道満も刀印で九字を切り「……ヲン・バザラド・シャコク」と唱えて黒鬼を出現させた。


<久しいな、信太の森の妖狐……いや、白狐の葛の葉よ。またこうして対峙できるとは思いもよらなんだがな。儂がお前に殺されてから千年の時が経ったという。今度はお前を千年封じてやろうか>


 道満が醜悪な笑みを浮かべる。

 それは復讐したい相手に出会えた喜びを表していた。

 安那も冷笑を浮かべる。


「それはこちらも同じこと。千年と言わず、今度は二度と現世に出てこれないようにして差し上げます。我が子、晴明を殺したこと、私は忘れてはいませんよ」


 安那と道満の妖気が大きくなる。

 互いへと向かう妖気がぶつかる。それが戦いの合図となった。



□◆□◆

 読んでくださりありがとうございました。


 一年以上ほったらかしにしてしまいました。ごめんなさいm(__)m

 不定期更新なのは変わりませんが、これからはちょくちょく更新していく予定です。

 よろしくお願いします。

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