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ファイル2  『幽霊』の怪 【前編】

□◆□◆



   この世の〝気〟は乱れている



 近年、全国で続発している『原因不明』・『正体不明』の難事件。

 そのほとんどの事件に〝妖怪〟が関係しているという事は公表されていない。


 この国の首都――〝東都〟にある警視庁では、解決率低下を重要問題として取り上げた。

 そこで警視総監自らが人材を集め、管轄にとらわれることなく捜査することの出来る新たなる部署――――


   『特殊事件広域捜査室』


 通称『妖部屋』を立ち上げた。


 捜査官で人間なのは、先日この部署へ配属になった崎守桜香ただ一人。他の捜査官は皆、〝妖怪〟と呼ばれる者達であるという事は一部の者しか知らない……。





 昼食時、小さな机を挟んで向かい合い、お弁当を食べている桜香とタマモ。


「ねえタマモちゃん。幽霊って――――イルのかな?」


 何の前触れもない桜香の質問に、弁当箱の隅にある最後の油揚げを掴んだタマモのお箸が止まった。


「な、ななな、なんで そんなことを聞くのかな?」


 笑顔で聞き返すタマモ。

 平静を装っているつもりだろうが、その笑顔はあきらかに引き攣っている。それでも、油揚げを離さないのは彼女の意地だ。


「い 言っておくけど、この油揚げはわたしが食べるんだからね! 桜香ちゃんにはあげないよ!」


 タマモは素早くお箸を引き寄せた。


「タマモちゃんのために用意したんだから、私は取ったりしないよ」


 卵焼きを口に入れた桜香。

 タマモの様子に気付いていない彼女は、考え事をしながら卵焼きを飲み込むとタコさんウインナーに箸を伸ばす。


「実はね、私の友人の妹さんが……」


「わああああっ! やめてやめてっ、聞きたくな~い!」


「え?」


 大きな叫び声に桜香は顔を上げた。


 可愛いキツネがプリントされている愛用のお箸を持ちながら、タマモは耳を塞いでいる。


「た タマモちゃんどうしたの?」


 目を丸くした桜香。


「謝るから。桜香ちゃんの机に置いてあったクッキーや、冷蔵庫にあったプリンを食べたのはわたしです! だから――――」


 涙目のタマモは両手を合わせ、


「〝幽霊〟の話はしないで~……」


桜香に懇願した。


 その可愛い表情に、桜香の顔が綻ぶ。


  タマモちゃんが食べたっていうのは知ってたケドね……


 口の周りにクッキーのカスやキャラメルソースをつけたタマモが、自分をチラチラ見ていたことには気付いていた。

 タマモは全部食べてしまうわけではない。クッキーもプリンも、彼女は〝半分〟だけ食べていた。袋にいくつも入っているクッキーならまだしも、カップのプリンを半分というのを見た時はさすがに唖然としてしまった。

 あれはきっと、彼女の〝優しさ〟なのだろう。と、桜香は見逃してあげたのだ。


 それよりも――――


「もしかして、タマモちゃん幽霊が怖いの?」


 意外すぎる反応に桜香は驚きを隠せない。


 クリっとした瞳にプクっとしたほっぺた。小さな身体の腰まで届きそうな長い髪は綺麗なストレート。タマモに黄色い帽子とランドセルを背負わせてもなんの違和感もないだろう。

 見た目こそ〝小学生〟のような彼女だが、その正体は――――古代の昔にいくつもの王朝を滅ぼしたと云われる大妖怪。九つの尾をもつ『九尾の狐』である。

 彼女からしてみれば、“幽霊なんてどうってことない”と思うのだが……。



「怖いんじゃなくて苦手なの! 〝実体〟を持ってないから対処が厄介だしさ、何よりもあの陰気な感じが大っ嫌い!」


 身を震わせていたタマモが興奮してくる。


「だいたいさ、なんであんなに“こっそり・ひっそり・さりげなく”不気味さ全開の顔で出てくるのよ!」


「わ、私、怒られてる?」


 顔を真っ赤にする彼女を正面に、桜香はどう接していいのかわからない。


「桜香ちゃんに怒ったわけじゃないけどさ……でも、そういうことだから。幽霊の話はパ~ス!」


 獲得した好物を口の中へ押し込んだタマモは、もしゃもしゃと咀嚼しながら腕をクロスさせた。

 アゴを上げて少しむくれるその表情も可愛らしい。


「どうしてもっていうなら、ジンに相談してみるといいよ」


 彼女は後ろを指差す。


「川霧さんに?」


 桜香はそっと、自分のデスクで紙パックの黒酢ジュースを飲んでいる川霧刃へと目を向けた。


 黒いスーツに白いシャツ。ネクタイと上から二つのボタンは外されている。

 いつもは鋭い目つきをしているジンだが、今は眠そうな目で新聞を読んでいた。


 室長の代田から、ジンは妖怪『かまいたち』だと紹介された。

 桜香は『妖怪』について詳しいわけではなかったが、ここ数日間はいろんな本を読み漁り、それなりの知識を得ていた。


 『かまいたち』は三匹一組で紹介されることが多い妖怪である。

 姿はイタチに似ているが、前足か尻尾の先が鎌のような刃物になっている。役割分担としては、一匹目で人を転ばせる。二匹目が刃物で切りつけ、三匹目が傷薬をつけて去るのだという。

 三匹の素早い連携は、突風が吹いた一瞬のうちに行われるそうだ。


 この『特殊事件広域捜査室』――もとい、『妖部屋』にはあとふたり、桜香の知らない捜査官がいるらしいのだが……。


  その人達が、残りの『かまいたち』なのかな?


 桜香はそう思っている。



 桜香は重い足取りでジンへと歩み寄った。


「あの……川霧さん。ちょっとよろしいですか?」


 声をかけてみるものの、ジンは彼女を一瞥しただけで返事を返さない。

 川霧刃は口数が少ない方ではあるが、桜香に対してはわざと冷たく接しているようにしか見えない。


 予想していたことではあったが、この態度には桜香も傷ついてしまう。


  あの事、まだ怒っているのかな……


 〝あの事〟とは、桜香が『妖部屋』に配属されてすぐの事件。『手長足長』という妖怪を取り押さえようとしたが、気後れした彼女は失敗してしまった。

 あの時のジンの冷たい目を思い出すと、桜香は今でも泣きそうになってしまう。


 けれども、ジンはその事を怒っているわけではないようだ。

 桜香もそれには気付いている。しかし他に心当たりもないのだ。直接理由を聞いてみたいのだが――。


「言いたいことがあるなら早く言え。黙ったまま立っていられるのは迷惑だ」


 ため息まじりで見上げてくるジン。

 その冷たい目に射抜かれてしまうと、桜香は理由を聞けなくなってしまう。


 ま、いっか。今回は別件だし


 理由もわからずに冷たくされるというのは納得できないが、深く考えすぎないというのは桜香の長所でもある。

 “信頼を勝ち取って堂々と理由を聞く”というのが、今の彼女の目標だ。


「私の友人の妹さんなんですけど……」


 桜香は、タマモにしようと思っていた相談事をジンに話し始めた――――。



 それは朝にかかってきた着信。高校の後輩、由紀恵からの連絡から始まる。

 彼女の話によれば、妹の美優紀が幽霊に憑りつかれてしまったというのだ。

 詳しい話を聞こうにも、泣きながらする由紀恵の話では何を言っているのかわからない。〝刑事さん〟になったのだから調べてほしいと言われても、何を調べれば良いのかもわからない。

 だが幸いなことに、桜香の身近にはこのテの〝専門家〟たちがいる。

 そこで、とりあえず話を聞いてくれそうなタマモに話を振ってみたのだが……。





 車から降りた桜香とジンは、昼下がりの暖かい日差しのなかを歩き、8階建てのマンションへと入っていった。



 ジンに幽霊事の相談をした桜香。

 友人の悩みではあったが、その内容は桜香には対処できず、どうしたら良いのかも判らないものであった。正直に言えば、ジンにこんな話をしても冷たくあしらわれてしまうと思っていたのだが……。

 目を合わせてはくれなかったが、彼は真剣な表情で話を聞いてくれた。

 内容を聞き終えたジンはひと言――――。


「その妹さんという人に会わせろ」


 そう言って桜香を連れ出した。


「いってらっしゃ~い!」


 幽霊が苦手なタマモ。そして、“俺に話を振ってほしくないわけ”と言いたげに寝たふりを決め込む住吉はお留守番だ。



 ここまで来る途中、桜香は不思議な話をジンから聞いた。


 車を運転しながら“幽霊って本当にいるんですか?”という桜香の質問に、助手席に座るジンは、窓の外を見ながら“少なくともこの世界ではな”と答えた。

 “この世界?”と眉をひそめた桜香。そんな彼女に教えてくれたジンの話は、まさに〝別世界〟の話だった。


 世界は一つではなく複数存在する


 桜香たちが暮らすこの世界とよく似た世界が無限に存在するのだという。

 それは〝似て非なる世界〟。例えば――この国で一番の標高がある〝冨士山〟という山がある。三角形の山頂付近にだけ一年中雪が残っており、この国で最も愛される山だ。しかしこの国によく似た別世界の〝富士山〟は、山頂は大噴火よって失われているという。法律や社会のルールも、よく似てはいるがどこか違う。

 〝妖怪のいない〟、〝人間のいない〟世界もあるらしい。


 ジンは“俺には証明のしようがないが……”と前置きしたうえで、そんなパラレルワールドを自由気ままに行き来できる〝くだん〟という妖怪がいると教えてくれた。


 運転をしながらなので聞き入るわけにはいかなかったのだが、桜香は“嫌われているわけじゃなくて良かった”と胸を撫で下ろしていた。

 相談をすればちゃんと聞いてくれる。質問をすれば答えてくれる。それが嬉しかった。その反面“だったらなぜ?”という想いもある。

 彼は話をしながらも、決して桜香を見ようとはしない。嫌っているわけではないのであれば、なぜけられてしまうのか……。


 この疑問が、桜香の心に強く引っ掛かることになる。




 エレベーターで3階まで上がったふたりは、右の通路を進んで一番奥の部屋の前に立つ。


「この時間に来ることは連絡してありますので、待っててくれてると思うんですけど……」


 桜香がチャイムを押すと、すぐに部屋の中からドタバタとした足音が近づいてきた。


 あ これはマズイ……


 勢いよく開かれたドアは、半身を引いた桜香の前髪をかすめる。


「せんぱぁぁぁぁぁい! お待ちしてました!」


 飛び出してきたのはボブカットの若い女性。

 髪を揺らして目の前の人物に抱きついた彼女は、背中に手を回して自分に取り込むような力で引き寄せた。


「ひさしぶりだね、由紀恵ちゃん」


 桜香の声に顔を上げた由紀恵。


「桜香先輩……。私、もうどうしていいか……」


 頼れる先輩の微笑みに、彼女の目から涙が溢れた。


「――――あいさつは後にして、とりあえず離れてくれないか?」


 冷静な声で会話の間に入ってきたジン。


「先輩。こちらの方は?」


 由紀恵は、ジンを抱きしめたまま彼を見上げた。

 彼女は桜香の声に反応し、ろくな確認もせずにジンに抱きついたのだ。


「こちらは私の同僚で……」


 桜香がジンの紹介をするよりも早く、由紀恵の顔が輝いた。


「もしかして〝霊媒師〟の方ですか! お願いです! 妹を、美優紀を助けてください!」


 そう懇願し、再びジンに抱きつく。


「お前たちは話を最後まで聞くというクセをつけたほうがいい」


 ジンは呆れた目で桜香を見据える。


 前にも同じことを言われている桜香は、苦笑いを返すことしかできなかった。





 桜香とジンがやって来たのは、高校生の時の後輩である桂木由紀恵と美優紀の自宅。同じ大学に通う彼女たちの賃貸マンションである。

 この姉妹とは、女子ではまだ珍しい硬式野球部で苦楽を共にしながら汗を流した仲間だった。

 由紀恵は人懐っこくてチームのマスコット的なキャラクターだった。いつも明るい彼女はみんなを大いに楽しませてくれた。多少激しいスキンシップはご愛敬である。

 美優紀は由紀恵の妹。姉と違い、おとなしく控えめな優等生。選手としてではなく、部のマネージャーとして献身的にチームを支えてくれた。ちょっとした失敗でもすぐに「ごめんなさい」と言ってしまうほど気弱な彼女だが、その素敵なはにかむ笑顔は印象的だった。

 卒業した後もちょくちょく連絡をくれる彼女たちは、桜香にとって青春を分かち合った可愛い後輩である。



 由紀恵がドアをノックする。


「美優紀、桜香先輩が心配して来てくれたよ」


「桜香先輩が?」


 部屋のなかから美優紀のか細い声。


「美優紀大丈夫? 大変な事になっているって由紀恵から聞いているんだけど、もっと詳しく話してくれないかな?」


 そっと開かれたドアから、美優紀が顔を出した。

 部屋着のトレーナーを着ている彼女の頬はこけおり、長い髪もボサボサ。顔の血色も悪い。なによりも、生きているという〝活力〟を失っているように見える。


「美優紀……」


 記憶のなかの彼女との違いに、桜香は言葉が出てこない。


「あ。すみません、リビングで待っててもらえますか」


 ジンを目にした美優紀は自室に戻ろうとする。


 いくら弱っていても年頃の女子。桜香が連れて来た人とはいえ、男性の前に出るのは遠慮したい格好。せめて髪だけでも整えてこようというのだろう。


「時間の無駄だ」


 閉まりかけたドアを押さえたジンは、美優紀をずらして室内へと入っていく。


「川霧さん、ちょっと待ってください!」


 桜香も室内へとジンを追う。

 協力してくれるのはありがたいが、許可なしに女の子の部屋へずかずかと踏み込むのはいただけない。


「お前は誰だ」


「え?」


 ジンの言葉に、彼の肩を掴みかけた桜香の手が止まる。


 斜光カーテンが閉められた暗い部屋で、ジンはベッドの脇を見つめている。


「だ 誰かいるんですか?」


 目を凝らす桜香だが、誰かがいるようには見えない。



 ――――三十秒くらいだろうか。一点を見据えていたジンが小さく息を吐く。


「お前たち、この部屋が〝事故物件〟だという事は知っていたか?」


 由紀恵と美優紀へと振り返った彼はそう切り出した。


「事故物件って……なんですか?」


 由紀恵が桜香に助けを求める。


 事故物件とは、不動産取引や賃貸借契約の対象となる土地・一戸建ての建物やアパート・マンションなどのうち、その物件の本体部分もしくは共用部分のいずれかにおいて、何らかの原因で前に住んでいた住人が死亡した経歴のある物件のことをいう。

 この場合、借り手がなかなか見つからないことから、賃料を相場よりも二割以上安くしてあることが多い。賃貸業者や貸主は、借主との契約前にその事を伝える義務がある。しかし、事故が起きた次の契約者には伝えても、間を挟んだその次の契約者には伝えず、賃料も相場に戻っているという事が多いというのが実情だ。


 桜香は説明をしながら、


「この間さ、“一人暮らしをしたいから安いのを探してるんですけど、〝事故物件〟ってないですか? あ、大丈夫です。私霊感とかないですから!”って言ってきた女の子がいてさ。そんなの探す方が難しい

て~のっ!」


賃貸仲介業者を三か月で辞めた知り合いが愚痴っていたのを思い出した。



「それじゃあ……前に住んでいた人が美優紀に憑りついて悪さをしているってことですか?」


 顔面蒼白の由紀恵が、震える美優紀を抱きしめた。


「そうとも言えるし、そうでないとも言えるな」


「どっちなんですか!?――――あ」


 おもわず突っ込んでしまった桜香は、ジンの乾いた視線を受けて口を覆った。


「あの、立ち話もなんですから……リビングに行きません?」


 フラついた美優紀を支えた由紀恵が桜香たちを促した。


「そうね。美優紀、私たちが助けてあげるからね」


 桜香も美優紀を支え、三人は歩き出す。


「やれやれ……」


 ジンは頭を掻き、リビングへと向かった。





「それで、除霊や成仏させるとかは……してくれるんですよね?」


 桜香と共に美優紀と白いソファーに座った由紀恵は、懇願する眼差しをジンへ送った。


「彼女に成仏してほしいなら〝坊さん〟を呼べ。ま、無駄かもしれないが気持ちくらいは伝わるだろう」


 入り口の柱にもたれたジンが腕を組んだ。


「彼女? 美優紀の部屋にいたのは女性だったんですか?」


 そう尋ねた桜香に、ジンは黙って頷いた。


 この部屋は〝事故物件〟だと彼は言っていた。だとすると、その女性はここで亡くなったということなのだろう。しかし、なぜ彼女が見ず知らずの美優紀に憑りつくのか……。


「まず第一に、彼女は妹さんに悪意があるわけじゃない。彼女なりのやり方で守ろうとしているらしい……」


「守るですって!? 美優紀をこんなにしておいてなにが守るよッ!」


 怒り心頭の由紀恵が立ち上がる。


「落ち着いて由紀恵。まずは川霧さんの話を聞いてみよう」


 桜香がグラついた美優紀を支えながら由紀恵の手を握った。


「す すみません。つい興奮して……」


 由紀恵は唇を噛み、ジンに頭を下げる。


「子供のころから霊感の強い子だったけど、憑りつかれるなんて初めてで、もうどうしていいのか……」


 ソファーに座り直した彼女は、涙ぐんだ目を拭う。


「霊感が〝強い〟?」


 ジンが目を細める。


「〝弱さ〟を〝強さ〟に置き換えるか……物は言いようだな」


 彼はそう言葉を続けた。


「どういう意味ですか?」


 聞いた桜香に、ジンはため息を一つ吐く。


「お前たちが言う〝霊感が強い〟ことを、俺たちは霊的な〝虚弱体質〟と言っている」


「きょ 虚弱体質ですか……」


 しっくりきていないであろう桜香に、ジンは頭を掻いた。


「そうだな、お前にもわかりやすく言うと――――」


 その言い方に桜香はムッとしたが、口をはさむことはしない。


「人間の肉体というのは、霊的なバリアのようなモノで覆われている。お前たちが〝気〟や〝オーラ〟と呼ぶモノがそれにあたるわけだが――――」


 ジンは説明を続けるが、その内容はこんな感じだ。


 普通の人間――霊的に充実している人を〝セキュリティーの整った家〟と例えるのならば、美優紀のような人は〝セキュリティーが無く、玄関が解放されっぱなしの家〟に例えられるという。

 人に憑りつこうとする霊を〝泥棒〟とするならば、どちらの家が侵入しやすいのかは言うまでもない。

 俗に言われる霊媒師が〝警備員〟や〝警察〟ならば、屋内に侵入した〝泥棒〟を追い出したり逮捕するのが役目となる。


「だったらその〝泥棒〟を追い出してくれれば……。川霧さんなら出来るんですよね?」


「強制的にと言うのであれば、今すぐにでもやってやる。ただし……」


「だったら今すぐにやって下さい! 私、こんなに苦しそうな美優紀を見ていられません!」


「憑りついている彼女が〝泥棒〟じゃなかったとしてもか?」


 そう言ったジンと目が合い、桜香の首筋に冷たいものが流れた。


 声を荒げたりはしないが、彼は怒っている。

 “話を最後まで聞け”という事ではなく、なにか別の理由で怒っているようだ。


「泥棒だと思っていた彼女が、実は屋内で倒れている人を救護していたのだとしても、お前は追い出すべきだと思うのか?」


「そ それは……」


 口ごもってしまう桜香。


「タマモが、幽霊が苦手だと言った理由はそこにある――」


 彼の瞳に、一瞬だけ哀しみの色が見えた気がした。


「その霊の目的がわからないまま無理やり追い出してしまえば、助けたはずの人間にとって良くない結果を招いてしまう事があるというのを、あいつはよく知っているんだ……」


 ジンの怒気はこの一時まで。今はまた、呆れるような面倒くさいような……何とも言えない目に戻っている。


「話が逸れたな。つまりそこの妹さんを助ければ、〝彼女〟は憑りつくのをやめて成仏というのをするだろう」


 由紀恵がさらに不安そうな顔をする。


「そんなこと言われても……。その女の人以外の、何から美優紀を助ければいいんですか?」


 彼女の疑問はもっともだ。

 ジンもそれを考えているのだろう。再び腕を組んで顎に手を当てる。


「〝彼女〟は生きていた〝元人間〟だが、生きていた時のように話せるわけじゃない。言っていたのは“家から出てはいけない”、“くり返すのは嫌”という言葉だけ。……おい」


「は はい!」


 突然呼ばれた桜香の背筋が伸びる。


「タマモに連絡しろ。〝彼女〟はこの部屋で死んでいる。ここが事故物件になった出来事、事件があったはずだ。それを調べるように言え」


「わ わかりました」


 慌てて携帯を取り出し、桜香はタマモの番号を呼び出した。


□◆□◆


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