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ファイル7  『鬼女紅葉』の怪 【①】

□◆□◆




 妖怪が関係してする事件を捜査、解決する部署として、警視庁内に新しく設置された『特殊事件広域捜査室』。通称『あやかし部屋』。

 しかし、その活動実態は一部の者達しか知らない――。




 庁内でもめったに人が来ないような倉庫が並ぶ廊下。その薄暗い廊下を歩き、崎守桜香は出勤した。


「おはようございま――す」


 擦りガラスがはめ込まれているドアを開けた桜香は、目の前に現れた人壁に足を止める。


 黒いスーツに寝癖のような髪。桜香よりも頭二つ分は大きいその人壁は川霧刃。彼は桜香と目を合わせるも挨拶はなく、その横をすり抜けて部屋から出て行った。


「桜香ちゃんおっはよ~」


 歩くジンの後ろ姿を見送っていた桜香は、タマモの元気な声に笑みを見せた。


「おはようタマモちゃん。川霧さん、どうしちゃったの?」


 窓が一つしかない小さな部屋。所狭しと並んでいる自分の席にバッグを下ろした桜香はタマモに訊ねる。


「どうしちゃったって、なにが?」


 桜香の隣に席替えをしたタマモは、小学生が使うような小さな席から桜香を見上げる。

 見た目は小学生にしか見えないタマモに、大人用の机は大きすぎるのだ。


「なにがって言われても……。最近の川霧さん、ちょっと変じゃない?」


 机にバッグを置き、桜香は椅子に座る。

 そんな桜香を目で追っていたタマモが明るく笑った。


「いまさら? ジンが不愛想なのはいつものことじゃん」


「そうなんだけど、いつもとは少し違うっていうか……なにか思い詰めてるっていうか……。私の思い過ごしかもしれないけどね」


「もしかして……」


 愛想笑いを返す桜香に、何かを思い出したタマモが腕を組む。


「タマモちゃん、何か知ってるの?」


 桜香が椅子を回してタマモへ向くと、タマモは「うん」と頷いた。


「冷蔵庫にさ、季節限定のプリンがあったでしょ?」


「三日前、私がおやつ用にみんなの分を買ってきたやつ?」


「そう、それ。あれさ、昨日の夕方、ジンの分をわたしと安那で食べちゃったんだよね。ジンのやつ、自分の分がないことに気付いてねているのかも……」


「タマモちゃんじゃないんだからそんなことは……。何を買ってきても川霧さんがおやつを食べないのはいつものことだし、それをタマモちゃんが食べちゃうことだっていつものことだよ?」


 川霧刃はおやつを食べない。捜査で『あやかし部屋』を出る時以外、ほとんどの時間をお昼寝に費やしている。食に関する執着がないジンが、そんな理由で不機嫌になるとは思えなかった。


「でもでも、あのプリンはすっごくおいしかったよ。いつもは食べないけど、誰もいない時にひっそりと食べようとしていたのだったとしたら……」


「ひっそりと食べるって……あの川霧さんが?」


 タマモの探偵のような物言いに、桜香は思わず吹き出した。

 何事にも無関心を装っているように見えるジン。彼が誰もいないのを見計らい、スプーン片手に冷蔵庫を開ける。すると、お目当てだったプリンがない。ショックで口が開いたままのジンはそのまま拗ねてしまう――なんて姿を想像すると笑いがこみ上げてしまったのだ。


「お姉さま、そんなわけないじゃありませんか」


 桜香の後ろから女性の声。

 背中向かいの机にいる葛葉安那だった。彼女は、なぜかタマモを『お姉さま』と呼ぶ。


 安那はタマモと同じ『妖狐』に属する妖怪だが、その見た目はタマモと大きく異なっている。見た目は小学生にしか見えないタマモに対し、安那は色気漂う二十代半ばの姿をしていた。


「私は会ったことはありませんけど、この間『くだん』に会ったのでしょう? きっと昔を思い出して、ジンくんは少しセンチメンタルになっているだと思いますよ」


くだんさんに会ったから? そういえば、件さんと話をしている時の川霧さんは感情的になっていたような……」


 あやかし部屋に情報提供している酒吞童子という妖怪がいる。秋葉原にある彼の家に行った時、件と顔を合わせたジンは珍しく怒りに似た苛立ちを見せたことを桜香は思い出した。



  「誰かと思えば、『くだん』……お前が絡んでいたのか――」


   そうつぶやいたジンが眉をひそめる。


  「久しいなあめばり。また会えて嬉しいぞ」


  「俺は嬉しくないな。お前――今度は何を言いに来やがった……」


   口もとを弛ませる件に対し、ジンはギリッと奥歯を軋ませた。



 桜香には二人の間に何があったのかはわからないが、少なくとも良好な関係ではないことだけは理解できていた。


「でも、なぜ川霧さんは件さんと会うことで感傷的になるんですか?」


 桜香の問いに、安那は肩をすくめる。


「詳しく知っているわけではありませんけれど、その昔、ジンくんと件は人間の女性を巡って争ったことがあるとか――。きっと、ジンくんはその時の恋が忘れられないに違いないですわ」


「恋――ですか? 川霧さんが?」


 不愛想で人間にも興味を示さないジン。そんな彼が恋をするということに、桜香はいまいちピンとこない。しかし、安那のテンションは上がり続ける。


「ええ! ジンくんは神に近いけれど、それでも人間から見れば妖の類。そんな彼が人間の娘と恋をした――。ああ……なんと心の踊る事でしょう。私も安倍保名に恋をした時、それはそれは必死になったものですわ。そして晴明を授かることになったあの夜のことを思い出すと……きゃ~~~! もうっ、桜香さんたら何を言わせるんですか」


 真っ赤な顔で興奮した安那が桜香の肩を叩く。


「な、なにも言ってないんですけどね……」


 肩をさする桜香は愛想笑いを返す。そんな桜香を、安那はギュッと胸に抱きしめた。


「いいいですか桜香さん。この人だって思える方がいたら、こうやって抱きしめておしまいなさい。そうすれば、男なんてイチコロですわよ!」


「むぐぐ……や、安那さん、これは苦しいんですってば……」


 安那の胸は巨大だがマシュマロのように柔らかい。しかし顔が埋まってしまってはやはり息苦しい。


 川霧さんが好きになった人か。どんな人なんだろ……。


 桜香は安那の悪ふざけに手をバタつかせながらも、ジンが恋をしたかもしれない女性に興味がわいていた――。





 警視庁の屋上。

 ヘリポートのHの字を横切ったジンは手すりのそばで佇んでいた。

 その視線はどこか遠くへと向けられている。


くだん――。余計なことを思い出させやがって……」


 苛立たしげに寝癖頭を掻くジン。しかしその言葉とは裏腹に、彼の表情は穏やかなものである。


 ジンが見ていたのは遠い過去。その昔に出会った一人の娘。

 彼女の存在が今のジンに大きな影響を及ぼしていることは、彼自身気づいていないのかもしれない……。



 「ちゃんと人の話を聞くクセをつけられたほうがよろしいのではありませんか」



 記憶のなかによぎった彼女の言葉。

 くすくすと笑うその表情はとても愛らしく、声は穢れがなく透き通っている。

 そんな彼女との短い思い出の一部は、いつの間にか無愛想なジンの顔に綻びを生み出していた――。



□◆□◆

 読んでくださり、ありがとうございました。

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