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ファイル6  『件の予言』の怪 【⑥】

□◆□◆




 深夜の加宮邸。その広い庭に一陣の風が吹き抜けた。

 普段なら爽やかに感じる風はその場にいる者たちの髪や毛をなびかせていく。しかしその場の緊張感は微動だにせず、むしろ猫又の殺気は高まっていくばかりである。


<そこにいる加宮のジジイが悪いのだよ。私利私欲のために子供たちを利用し、そして亜美に目覚めることの無い大怪我をさせたのだからな――>


 ギリッと牙を鳴らす猫又が、住吉におぶられている加宮へ怒りの目を向けた。


「じいさん。あんた、なにか企んでるわけ?」


 住吉が疑いの目を背中へ向ける。

 そのわざとらしい視線に、加宮は慌てて首を振った。


「なにも企んでなどおらん。なんのことだかさっぱりじゃ。シロや、お前はなにか勘違いを――」


<黙れジジイ! 先日ワタシは聞いたのだよ、お前がなにを考えて子供たちを集めたのかをな!>


 否定する加宮は猫又の怒号に声を引きつらせる。


<おとなしくワタシにヤられてくれたならよかったものの。どこの馬の骨とも知れない妖怪なんぞを護衛につけたりするから、ワタシもこの辺りの猫たちを利用しなければならなくなってしまったではないか……>


 猫又の口もとが同時につりあがった。その表情は獲物をいたぶれる喜びに満ちている。


「とは言ってもなぁ――お前さんはあと二匹だ。言っちゃぁ悪いが、お前さんじゃ俺と安那の向こうへは行けないぞ?」


 扇を閉じた山森が、その棒でコリをほぐすように自分の肩を叩く。


 先ほどの短い戦いを見ればその力の差は歴然で、二匹の猫又に山森と安那の壁は高すぎる。もしこの二人を突破できたとしても、その向こうにはジンがいる。一見すると、猫又が加宮のもとへたどり着くのは不可能にしか思えない。

 ――思えないのだが……。猫又二匹は不敵に笑った。


<フフ……。確かに、ワタシたちだけでは難しかろう。そう、ワタシたちだけならばな……>


 猫又の眼が不気味に光ったその時、突如加宮邸の周りが妖気に包まれた。


 二匹の猫又の後ろから、敷地を囲む茂みの中から、そして屋根の上からも、次々と猫又の分身たちが姿を現す。あるいはこのなかにこそ本体がいるのかもしれないが、姿も妖気も同じ猫又たちの違いを判別することは出来ない。


「おぉ……。一体何匹の分身を作っちゃったわけぇ?」


 ニ十匹――いや、三十匹を超えるその数に住吉は目を丸くした。


<さて、ゆくぞ――>


 全ての猫又が放った短いひと言。それが再戦の合図となった。


 宙を飛び地を駆け、猫又の群れが加宮を目指して襲いかかる。


「こ、これはシャレになんないわけっ! じいさん、しっかりつかまってろよ!」


 そう言われた加宮が住吉の首にしがみついた。


 猫又の猛攻は凄まじく、安那や山森だけでなくジンまでも苦戦することになる。

 倒すのが難しいわけではない。操られているだけの猫を殺さないように倒すのが難しいのである。

 ひとつの命が散る――という件の予言を打ち破るには、例え猫又の命であっても失わせるわけにはいかない。しかし五・六匹程度が相手ならまだしも、これだけ多くの数を簡単に倒せるほど猫又は弱くない。


 山森が扇を開いて三匹の猫又を吹き飛ばし、


「やれやれ、俺たちを狙ってくるのなら楽なんだがな」


そうぼやきながら横を駆け抜ける猫又に足をかけて転倒させた。


 猫又たちの狙いは加宮ひとりである。その目的を遂行するため、邪魔な捜査員たちを足止めする役と加宮へと向かう役とに分かれて行動している。この連携がジンたちがさらに苦戦する要因となっているのだ。


「こんなことならタマモ姉さまに来てもらうべきでしたわ。そうすれば一網打尽でしたのに」


 思わず小鳥の式神を操る安那もぼやいてしまう。

 強く攻撃してしまえば殺してしまうし、弱い攻撃ならば倒れてもくれない。猫又を倒す力加減に苦労しているようだ。


「本体は高みの見物をしているのかと思ったが、そんな猫又はいない――。面倒だが地道に倒していくしかないだろう」


 ジンが加宮へ向かう猫又の首を掴み下から拳を突き上げた。

 刀身での攻撃は強力すぎるということなのかもしれないが、それでも二・三殴っただけで猫又は普通の猫へと姿を変える。


<なかなかに粘りおる……。ならば、おかわりだ――>


 確実にその数を減らされていくなか、残った猫又たちの声に応えるようにさらに四・五十匹の猫又が現れた。


「どこからこんなに猫を集めてくるわけ!?」


 悲鳴に似た声を上げ、住吉は次々と屋根から飛び下りてくる猫又たちを躱す。


「たぶん六軒隣の婆さんのとこじゃろう。野良猫たちに餌をやるもんじゃから次々と集まってきての。今じゃ百匹以上の猫に占領されて困っていると笑っておったわい」


「管理できないなら餌やるなぁぁぁ!」


 背負う加宮からの情報に、住吉の声は半分泣き声になっていた。


 猫又の数が増えたことでジンたちに焦りの表情が浮かぶ。ただ増えただけではなく、今までの戦いから学習したかのように猫又たちの連携が良くなっているのだ。

 このまま加宮の命を護りきるためならば、多くの猫たちの命を奪いかねない攻撃に切り替えるしか手はない。

 捜査員たちの誰もが唇を噛んだその時――-


「ありゃりゃ。マズっちまったわけ……」


 住吉が七匹の猫又に囲まれてしまった。

 高速移動で逃れることは出来るだろうが、それをすれば背負っている加宮の体が耐えられない。


「わしのことはもういい! お前さんだけでも逃げるんじゃ!」


「うわっ! じいさんちょっと待てって!」


 強引に背中から降りようとする加宮に住吉のバランスが崩された。


 その隙を見逃してくれる猫又ではなく、七匹の猫又は同時に襲いかかる。

 その爪が、その牙がふたりに迫るなか、近場にあるすべり台の陰から人影が飛び出した。


「シロやめて! おじいさんを傷つけないで!」


 住吉と加宮の前に立ち、大きく両腕を広げたのは長い髪をツインテールにした女の子。


「なぜ優佳ちゃんがこんなところにおるんじゃ!?」


 特徴のある髪型とその声に、背中だけで加宮は声の主を察した。

 それは正面から見る猫又も同じだったらしく、全ての猫又に動揺が走る。


<優佳!? クッ! 止まらぬ……ッ!>


 優佳を認識した猫又が止めようとするものの、勢いがついた爪は止まらない。


<だ、だれか、ワタシを止めてくれぇぇぇッ!>


 顔を歪め、悲痛に満ちた猫又が叫ぶ。


 しかしその爪は優佳の胸に吸い込まれて血飛沫を撒き散らす――はずだった。


「かえんほうしゃ~っ!」


 幼い声と共に現れた強力な炎がその猫又たちを焼かなければ、優佳の命はなかったであろう。


「スンくん、だらしないぞ。こいつらをやっつけたらお説教なんだからね」


 庭の入り口から一喝したのは優佳よりも小さな女の子だった。


「もういっちょ――かえんほうしゃ~っ!」


 女の子の幼い声とは不釣り合いな炎が加宮の庭に広がった。


 強大な炎に断末魔の叫びを上げる猫又たち。

 炎から逃れようとした猫又が敷地の外へ行こうとするが、見えない壁に阻まれてしまいその身を焼かれる。

 庭に広がる強大な炎は全ての猫又を焼き尽くし、その全てが普通の猫へと姿を変えた。


 炎が消えると、山森が安堵の息を吐く。


「頼もしい援軍のご到着だな」


「これだけの数を一撃なんて、さすがお姉さまね」


 安那が女の子へウインクを送る。


「な、な、なんじゃ!? 何が起きたんじゃ!?」


 状況を理解していないのは加宮と優佳。

 炎に包まれたはずなのに、なぜ自分に焦げ跡の一つもないのかと目を丸くしている。


「わたしの炎は妖気の炎。わたしが燃やしたいと思うモノ以外を焼くことはないのだよ。倒れた猫さんたちも死んではいないから安心するがよい」


 腰に手をあて、「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」と自慢げに笑うのはタマモ。

 妖名は九尾の狐。人間の姿では那須野玉藻と名乗る捜査員のひとりである。


 タマモに遅れて桜香がやってきた。


「ゆ、優佳ちゃん!? 帰ったんじゃなかったの!?」


 優佳の姿を捉えた桜香が驚きの声を上げる。


「ご、ごめんなさい。おじいさんが心配で、その……夕飯を食べた後に戻ってきちゃった」


 桜香はバツが悪そう顔をする優佳に厳しい目を向けるのだが、優佳はペロッと舌を出してそれを受け流す。


「こいつはおもしろい。ずいぶんと肝の据わったお嬢さんだ」


 笑顔で優佳に助け舟を出す山森だが、桜香の厳しい視線が自分の方へ向くと、


「ま、まあなんだ……。危険だとわかっている所へやって来るってのは、褒められたもんじゃないけどな……」


咳払いをして視線をそらす。


「和んでいるところ悪いがな、猫又本体の姿が見当たらない以上、まだ終わってないぞ――」


 加宮を護る位置でのジンの一言に、再び緊張が生まれる。

 倒れて気絶している猫たちのなかに、猫又となった尾が二股になっている猫はいないのだ。


「猫又の特技は隠形――。やっかいだね。妖気を完全に消して姿も消しているんならわたしでもどうしようもないよ。疲れちゃうけど、もう一回炎を撒き散らしてみる?」


「そんなことしなくても、猫又さんならそこにいるよ」


 桜香が指差した方向に皆の視線が移る。


<なっ!? お前にはワタシの姿が見えるというのか!?>


 ジャングルジムの傍で驚きの声が上がる。


「あら、本当ね。猫又さん、桜香さんはね、妖気を消していてもその姿を捉えることが出来るんですよ」


 安那に言われ、猫又は観念したかのようにゆっくりとその姿を現した。


<そのような人間がいるとは聞いたことがあったが、お前がそうだとはな――>


 猫又が憎々しい視線を桜香に送る。


<こうなれば、玉砕覚悟で加宮のジジイを成敗してくれるわ!>


 猫又の妖気が今までにないほど高まる。


「待ってください、猫又さんは誤解をしています! 加宮さんは亜美ちゃんを傷つけたわけではないんです!」


 桜香が猫又へと駆けた。


「ちょッ! 桜香ちゃん危ないって!」


 後を追うタマモだが、安那にヒョイっと持ち上げられて抱かれてしまう。


「安那ッ、今はこんなことしている場合じゃないって~のッ!」


 暴れるタマモに安那は微笑む。


「そんなことわかっていますわ。でもジンくんが来るなって言ってるんだから、ここは桜香さんに任せてみましょう」


「ジンが――?」


 タマモがジンへ目を向けると、「手出しをするな」というジンの視線とぶつかった。


「幸いジンと猫又はそんなに離れていない。崎守のお嬢ちゃんに何かある前にジンが対処するさ」


 山森になだめられ、タマモはおとなしく安那に抱かれる。




「もう一度言います。猫又さん、加宮さんは亜美ちゃんを傷つけたわけではないんです」


 猫又の前に立ち、桜香は同じ言葉を口にした。


<そんなことはわかっている。亜美が大怪我を負ったのは事故だ。しかし、加宮がこんな公園を造らなければ亜美が二度と目覚めることのない怪我を負うことはなかった!>


 猫又の怒号に優佳が青ざめる。


「どういうこと? 亜美が二度と目覚めないってどういうことなの! シロ、ちゃんと説明してよ!」


 優佳の哀しい目に、猫又は歯が砕けるのではないかというくらいに食いしばる。


<亜美はその魂が身体から離れ、半分死んでしまっているのさ。まだ切れた命の糸と言うべきモノに掴まっているから完全に死んでいるわけではないが、それも長くはもつまい。こんなことになったのも、そこのジジイが欲を出したからなのだよ>


「そこなんです。たぶん猫又さんはそこを誤解しているんです――」


 桜香が加宮へ向く怒りの視線を遮った。


「まず初めに、亜美ちゃんの怪我は事故なんかじゃありません」


<どういうことだ? 亜美は足を滑らせてジャングルジムから落ちたのをワタシは見ていたのだぞ。いい加減な事を言うのなら、お前から先に――>


「いい加減かどうか、まずはそのジャングルジムを見てください」


 桜香は気後れせず、猫又の傍にあるジャングルジムを指差す。


「亜美ちゃんが落ちた箇所ですが、そこの鉄棒が切れているはずです。その切れ目は加宮さんを陥れようとした第三者がつけたものなんです」


<なんだと……?>


 加宮を陥れるという言葉に反応した猫又がジャングルジムへと視線を動かす。

 そこには切れた鉄棒が少し斜めに下へと傾いていた。


「加宮さんは不動産会社にこの土地を売るように迫られていましたが、それをずっと断り続けていました」


<そうだ。それは断り続けることでこの土地の値段を吊り上げるため――。子供たちを集めるための遊具を設置したのも、子供たちを理由にしてさらに値段を吊り上げようとしているのだぞ>


 それを聞いた桜香がため息を吐く。


「そんな誤解をしていたんですね。ひとつ訊きます。それは加宮さんの言った言葉なんですか? それは茂みから出たあなたが優佳ちゃんと鉢合わせしたその日に、加宮さんに追い返された不動産業者が吐き捨てていった言葉ではありませんか?」


<――だからどうだというのだ……>


 猫又が動揺している。その証拠は、凄まじいほどの殺気が収縮していくのが素人

の桜香にもわかるほどである。


「猫又さんは亜美ちゃんが大怪我をした悲しみと怒り、誰も悪くない事故だと思っていたのに、誤解が生まれてその行き場のない感情をぶつける相手を見つけてしまったんです。ジャングルジムの切れ目は、この土地を狙う悪徳業者が仕込んだものだとも知らずに――」


<な、なんだと!?>


 猫又が目を見開く。


「本当だよ。わたしと桜香ちゃんは、それを確かめるために別行動をしてたんだから」


 後ろから安那に抱っこされているタマモが無い胸を張る。


「それで何か掴んだのね」


 安那の言葉に桜香は頷く。


「今から説明します――」


 桜香は調べてきた事を語りだした――。


□◆□◆

 読んでくださり、ありがとうございました。


 すいません。終わりませんでした。。。。。。

 こ、今度こそ次話で『件の予言の怪』は完結――――するはずですm(__)m

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