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ファイル6  『件の予言』の怪 【④】

□◆□◆



 夕暮れ間近の閑静な住宅地。木造の古い家が立ち並ぶその一角に、加宮大吾朗というおじいさんが住む家があった。

 優佳が言っていた通り、その日本家屋は個人宅にしてはかなりの敷地面積でありその庭も広い。

 数日前までは賑やかだったのかもしれないが、今は子供に遊んでもらえなくなった遊具たちが哀しそうに夕日を浴びている。


 桜香とジンは優佳の案内でここまでやってきた。

 シロと名付けられた猫又が加宮大吾朗を狙うかもしれないならば、猫又を捕まえるまでの間、あやかし部屋で用意する隠れ家で保護させてほしいと願い出る為だ。


 路上駐車してある黒い高級車の後ろを通り、玄関まで続く飛び石を歩く。

 『加宮』の表札を確認した桜香がチャイムを鳴らそうとしたその時――。勢いよく引き戸が開き、黒いスーツ姿の男が二人、悲鳴をあげながら飛び出してきた。

 その後から木刀を手にした着物姿の老人が出てくる。


「売らんと言ったら売らんッ! ワシの目が黒いうちはお前の好きにはさせんと、あの男に言っておけッ!」


 逃げ出す男たちに一喝する老人。


「あの人たちは……」


 優佳の小さなつぶやき。


 逃げた男たちは敷地を出てから振り返る。


「そんなこと言ってもなぁ、ガキどもはもう遊びに来ちゃくんねぇんだぞ! それなら年寄りが集まれる場所にした方が、あんたにだって都合がいいだろうがよ!」


「うるさいッ! さっさと帰らんか馬鹿どもがッ!」


 老人が木刀を振り上げると、男たちは路上駐車してあった車に乗って一目散に逃げ出した。


 唐突な出来事に桜香の目はテンになり、ジンは可笑しそうに口を弛める。

 そんなふたりの横から出た優佳が老人の袖を引いた。


「加宮のおじいさん、こんにちわ」


 明るい声に振り返った加宮の顔が一瞬嬉しそうに輝いたのだが、すぐにその表情が曇ってしまう。


「優佳ちゃん、来ていたのかい。しばらくは来ちゃいけないよって言ったのに……困った子だね」


 そう言って複雑な笑顔を見せた。


「おや。この方たちは?」


 桜香とジンに気付いた加宮が優佳へと視線を戻す。


「申し遅れました。私は警視庁の崎守桜香といいます。こちらは同僚の川霧刃。今日は加宮さんにお話があって伺わせていただきました」


 警察手帳を見せた桜香が礼儀正しく頭を下げた。


「警察の方ですか。ということは、亜美ちゃんを怪我させたワシを逮捕しにきたのですかな」


 抵抗はしないという意思の表れか、加宮は木刀を引き戸に立てかける。


「いえ、優佳ちゃんの話を聞いたかぎりでは事故のようですし被害届けも出ていません。今日は、こちらによく遊びに来ていたシロという猫のことでお話がありお伺いしました」


「シロの?――まさか、警察までシロが妖怪になってワシを襲いにくるなんて言い出すんじゃないでしょうな?」


 加宮がチラリと優佳を見た。


「二日前に優佳ちゃんにも言いましたが、この世に妖怪なんぞいる訳がない。あれらは説明し難い現象に理由をつけるために、昔の人間が創り出した架空の生き物ですじゃ。とても警察が動くような話だとは思えんのですがの……」


 加宮はバツが悪そうに白髪を撫でる。

 優佳から猫又となったシロが襲ってくるかもしれないと聞いてはいるが、それを信じてあげられないことに罪悪感を抱いているのかもしれない。


「――じいさん。あんたに見せたいものがある」


 優佳から視線を逸らす加宮に、ジンは顔で家の中を指した。


「は、はぁ……わかりました。どうぞ、お入りください」


 加宮は首を傾げるが、哀しそうな顔をする優佳の視線から逃れるように家の中へと入っていった。


 ジンを先頭に桜香と優佳も玄関をくぐろうとしたのだが、


「崎守、お前たちは席を外せ。話が終わったら呼ぶ」


そう言われた桜香たちは締め出されてしまう。


「ちょっと、川霧さん!?」


 驚いた桜香は閉められた玄関を叩いたのだが、ジンからの応答はなかった。


「――仕方ない。優佳ちゃん、お庭で待たせてもらおうか」


 振り返った桜香は軽い口調で優佳を誘い、庭の方へと歩き出す。


「え? は、はい」


 その様子の変化に、優佳は目を丸くしながらついて行った。


 桜香が広い庭へ入ると、ガラス戸で仕切られた、庭に面した縁側を歩く加宮とジンがふすまを開けて部屋に入っていくのが見えた。


  まったくもう、いつも自分勝手なんだから。

  後でちゃんと説明してもらいますからね!


 心で不満を言いながらジャングルジムへと向かう。

 あやかし部屋へ配属になったばかりの頃は、ジンのああいった態度に傷ついていたものだが、最近はそれに対して不満を言えるようになってきていた。

 これを慣れというのかはわからないが、桜香の成長のひとつと言っても良いのかも知れない。



「懐かしいな~」


 桜香はジャングルジムに触れ、その頂を見上げる。

 小さい頃には母親とよく公園に行っていた桜香も何度か遊んだことがあった。鉄の棒を掴んで上まで登るのは子供の桜香にとって大変なことであったが、いただきまでいけた達成感と、自分の身長をはるかに超える高さから見える景色は最高だった記憶がある。



 ジャングルジムは登るときの全身運動が子供の成長に良いとされ、公園には必ずあるといってもよいほどあたり前だった遊具である。しかし、子供の落下事故が多発した時期に、公園を管理する役所がそれを取り壊してしまった。

 公園からジャングルジムが消えたことで泣いた子供は大勢いるだろう。桜香もその一人だった。


  「子供は無茶をするものよ。でもね、無茶をして痛い思いをするから、今の

  自分に出来ることと出来ないことが判るようになるものだとも思うの。

   それに、痛みを知っているからこそ他の子を気遣ってあげられる心も育ま

  れる。

   それはジャングルジムからしか学べないことではないけれど、子供にとっ

  て身近な教材のひとつであったことは間違いないわね。

   危なくない遊具なんてないんだから、ちゃんと遊び方を教えてあげるのが

  大人の役目なのに……」


 子供の桜香には難しい話であったが、そう言っていた母親の言葉は鮮明に憶えている。



「あれ? これって……」


 桜香は、溶接部が外れて鉄の棒が斜めになっている箇所を見つけた。


「あ。そこは、亜美が足をかけた時に壊れちゃったみたいで……」


 優佳がグッと胸を掴んだ。

 亜美はその時に落下してしまったのだろう。


「でも、これは――」


 桜香がさらに気になるものを見つけた時、家屋の縁側に面した部屋から加宮の悲鳴が聞こえた。


「おじいさんの悲鳴? さ、崎守さん、川霧さんは何の話をしているんですか」


 優佳が強張った表情で聞くが、桜香には答えられない。どんな話をするかなど、何も聞かされていないからだ。


  ま、まさか。力ずくで言うことを聞かせようっていうんじゃ……。


 血の気が引いた桜香が家屋へと走り出し、優佳もその後を追う。


 警察からの警護を強制することは出来ない。それを拒否された場合、桜香たちに出来ることは加宮家の前で猫又を待ち構えるくらいしかない。しかしそれでは万全の態勢には程遠い。

 だからこそ、ジンは加宮を説得するのかと思っていたのだが――。


「川霧さん、何をしているんですか!?」


 ガラス戸と襖を開き、桜香は部屋へと押し入る。

 そこにいたのは、正座をしているジンと、驚いた顔で畳に転がり腰を抜かしている加宮だった。


「崎守、ひとつ言わせてもらうぞ――」


 冷静な顔で、右腕の引き上げられたスーツの袖を戻すジンが視線を動かす。


「人の家に土足で上がりこむのは失礼だぞ」


「え? あ――」


 縁側に立つ桜香は慌てて靴を脱ぐ。


「おじいさん、大丈夫?」


 外から縁側に手を置く優佳の声に、加宮はゆっくりと姿勢を直した。


「大丈夫だよ。ちょっと驚いただけだから」


 精一杯強がっているようだが、その微笑みは引きつっている。

 そして咳払いをしてからジンへと向き直った。


「川霧さんでしたな。あなたが言ったことは信じましょう。ですが、ワシはこの家を離れるつもりはありません。亜美ちゃんがあんなことになってしまった原因はワシにあります。シロが――妖怪化してしまうほど憎んでおるのなら、ワシはそれを受けとめようと思っとります」


 加宮の真剣な眼差し。

 その覚悟にジンは僅かに目を細め、桜香はグッと拳を固めた――。


□◆□◆

 読んでくださり、ありがとうございました。

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