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ファイル6  『件の予言』の怪 【②】

□◆□◆



「時に、人間の女。一応確認しておくが、お前の名は崎守桜香でよいのだな?」


 くだんが桜香にそう問いかけたのは、睨み続けるジンを困ったような笑みで受け流したあとだった。


「なんで、私の名前を知っているんですか?」


 桜香は困惑する。目の前にいる件という妖怪と会うのは初めてのはずなのだ。


「この世界のお前と会うのは初めてだが、俺はすでに別世界のお前と話をしたことがある――そう言ったら信じるか?」


「別世界って……。何を言っているのかわかりませんけど?」


 垂れてくるソフトクリームを舐める件に、桜香は呆れた顔で目を細めた。


 そんな桜香へ、ジンが頭を掻きながら振り向いた。


「件はあまの世界を渡り歩く妖怪だと、以前に教えたことがあるはずだ。……聞いていなかったのか?」


「え……え~と――」


 いつもの冷たい視線を受けた桜香は、必死に記憶を探り――該当する記憶を見つけた。


「も、もちろん憶えてます! 美優紀を助けに行く時の車の中で教えてくれたんですよね!」


 誤魔化し笑いを浮かべる桜香に、片眉を上げたジンは小さく息を吐いた。


 以前、桜香は後輩から妹が『幽霊』に憑りつかれたので助けてほしいと頼まれた事があった。

 ジンと一緒に彼女のところへ向かう途中、その車内で『件』のことを聞いていたのだ。



 ――妖怪『くだん』――


 この世界とは別の――パラレルワールドを自由気ままに行き来できる妖怪。

 その目撃例は決して多くはなく、現れる目的もよくわかっていない。

 ただ、時代の節目になると現れるとされており、出会った人間に『予言』をしては姿を消すという妖怪だ。

 しかも、その予言は絶対に外れることがない。そして、良い事も悪い事も、件が予言した事は全て現実の事になるのだという――。


 おいしそうにソフトクリームを食べている件。

 白髪に上下の黒い服、そして頭には牛の角……。その見た目は中途半端な牛のコスプレをしている若い男性にしか見えない。



「そ、それで、別世界の私も、やっぱり警察官なんですか?」


 ジンの視線から逃れたい桜香が件に話しかけた。

 話題は何でもよかったのだが、別世界の『桜香』も、自分が生まれる前に亡くなった父親と同じ仕事をしているのかを訊いてみることにした。


 件は口もとを弛ませ、


「少なくとも、俺が話をしたお前は警察官だ。どうやら、父親が殉職するとお前は警察官になるらしい。それが運命だとでもいうのか……実に興味深いな――」


品定めをするかのように目を細めた。


「ッ! あなたはッ――!」


 父親は自分が生まれる前に殉職していることは事実だが、それを面白がっているかのような件の言い方に、桜香は怒りの表情を見せる。


「コイツの言うことをまともに聞くな、身が持たなくなるぞ。――それで? わざわざ俺を呼び出したのはなぜだ。今度は何を言いに現れた?」


 こつん、と桜香の頭に拳をのせたジンが件を見据える。


 その表情はいつもと同じ眠そうな顔に戻ってはいるが――


  川霧さんが……緊張している?


 桜香はそう感じた。

 言葉ではうまく表せないが、ジンの雰囲気がいつもと全く違う。まるで、何かに怯えているかのようにも感じるのだ。


「なぁに、たまには俺も情報提供をしてやろうと思ってな。明日、怒り狂うねこまたによってひとつの命が散る――。その命を救えるかどうか、チャレンジしてみる気はないか?」


「チャレンジって……」


 ニヤついたままの件の言葉に、怒りを忘れた桜香は言い知れない不安を感じた。

 件の予言は外れない――。そんな言い伝えを思い出して身が震える。


「そいつは――何処にいる」


 ジンが再び目を細めた。


「すでに運命は動き出している。探さなくとも、向こうから接触してくるだろう。あとはお前しだいだ天之尾羽張――いや、お前たち……かな」


 件はチラリと桜香に目を移して腕を組む。


「――わ、私?」


 そんなことを言われても……と思い、桜香は対応に困る。


 その人を護るために身を楯にする覚悟はある。しかし、桜香に妖怪と戦う力はない。あるのは〝姿を消している妖怪をも見る事ができる〟という特殊な目だけなのだ。


「俺は天之尾羽張を呼び出した。しかし崎守桜香――前の世界ではお前はここにはいなかった。それがどう作用するのか……楽しみにしているぞ」


 高笑いをした件がドアの前から歩き去る。


「ま、待ちなさいっ」


 桜香は追いかけたのだが、ドアから顔を出した時には件の姿はなかった。

 一時的に別世界へ行ったのだろうか?――そう思った桜香の視界の片隅に、落ちてきた水滴が映った。


「雨が降ってきたの?――」


 青空が広がっているのに……と、見上げた桜香の肩が落ちる。


「なにやってるんですか?」


 そこにいたのは件だった。彼はドアの前から移動したあと、二階へと飛び移って柵にしがみついていたらしい。

 その手に持つ溶けかけているソフトクリーム。その雫が落ちてこなければ気付かなかったであろう。


「う、上を見るんじゃないっ! せっかく神秘的な去り方を演出したのに、これでは台無しではないか! これだから、姿を消している妖怪をも見ることが出来る人間というのは厄介なんだ……実にけしからんっ!」


 逆ギレのような言葉を吐いた件は、半ベソをかいたような顔をして飛び上がる。

 アパートの屋根に上がり、そのまま走り去ったのだろう。この日はもう、件が姿を現すことはなかった。


「件って、何でも知っている妖怪じゃないんだ……」


 目をテンにしている桜香のつぶやき。

 自分についての予見はできないのだろうか? という思いが頭をかすめる。


 そのつぶやきは誰かに訊いたというわけでもなかったのだが――


「全てを知るというのは不可能だ。たとえそれが、数多の世界を行き来する件であってもな。あいつは、ただの探求者にすぎないらしい」


 そばに来ていたジンが桜香の問いに答えた。


「探求者……ですか?」


「本人いわく、なぜ自分は別世界へと行き来できるのか。別世界を渡り歩かなければならないという本能が備わっているのはなぜなのか……。その答えを知りたいそうだ――ま、俺たちには関係のない話だがな」


「なんか、哲学っぽいですね。人間はなぜ生きているのか――みたいな?」


 ぴんとこない桜香に、ジンは僅かな笑みを見せる。


「教えてやった話も憶えられないような頭で考えても無駄だ。これで用事は済んだらしいからな、さっさと帰るぞ」


 そう促し、ジンは歩き出す。


「あ、はい」


 ジンの後を追う前に天道へ挨拶をしようと振り返った桜香は、ドアの前に立っているイバラと目が合った。


「ど、どうも。なんか、件さんの用事も済んだみたいなので、私たちはここで失礼させていただき――」


 桜香はまたロケットパンチがくるかもしれないと身構えるのだが、


「崎守桜香――」


言葉が終わらないうちにイバラは桜香の名を口にした。


 なにやら困ったような顔をしている彼女は、桜香に向かって手を合わせ、カチューシャを付けた頭を下げる。


「ごめんっ! 私の早とちりだった!」


 頭を上げたイバラは、申し訳なさそうに笑みを浮かべていた――。





 警視庁の庁舎まであと少し。

 桜香は考え事をしながら歩き、その隣をジンがゆっくりと歩いている。


 短い時間ではあったが、天童修児と名乗っている『酒吞童子』の家へ行き、複数の妖怪たちと出会った。

 そこで見聞きしたことを頭の中で整理しながら歩いているので、桜香の歩く速度はかなり遅い。

 ジンは歩幅を桜香に合わせているのだが、身長の高い彼にとってはかなり歩きにくいのだろう。時々上げた足を停止させ、桜香が追いついてから下ろすという変な歩き方になる時がある。



「川霧さん。川霧さんは、天道さんとイバラさんが幼馴染だったのは知っていたんですか?」


 桜香は顔を上げてそう訊ねた。頭の整理はついたのだろうが、ジンの気遣いを知らない彼女は普通に話しかける。


「妖怪の間では有名な話だ。人間をベースにした妖怪が同時に生まれたと、当時は話題になったからな」


 ジンは少しムスッとしたままの表情で答えた。

 その理由を知っている桜香は胸の内で笑う――。



 イバラに「いきなり襲って悪かった」と謝罪を受けた桜香は再び室内へ通され、天道を交えて話を聞くことになった。



 酒吞童子と茨木童子がまだ人間であった頃、ふたりは幼馴染みであったという。

 幼い頃から人見知りで内向的な少年は、そんな自分でも好きだと言ってくれる少女だけが心の拠り所だった。

 そんな少年を村人たちは笑いものにしていたのだが、成長するにしたがって女性もうらやむ美しい青年へと変わると態度が一変。特に、村娘たちが彼に夢中になっていった。

 その美しさは近隣の村々にも広がり、彼の元には連日のように娘たちが押し掛けたり恋文が届くようになる。


 成長しても人見知りのままだった青年にとって、知らない人たちが次々とやって来る毎日は地獄のようだったが、青年がモテることに嫉妬した村の男たちは、訪れた娘たちとろくに会わずに追い返していた青年を『外道丸』と言い出したらしい。

 若い娘たちだけでなく、自分たちの妻までも夢中にしてしまった青年に、村の男たちは激しい怒りを抱いていた。


 このままでは、いつか嫉妬する男たちに殺されてしまう――共に成長してきた幼馴染みにそう言われ、青年はふたりでこんな環境から逃げ出すことを決意した。


 成長した少女に、青年を心配する気持ちがあったのは間違いない。しかしそれだけではなく、彼女は自分の想い人に言い寄る他の女たちの姿に怒りをも感じていたのだ。

 ふたりで逃げる方向へ導いたのは、青年を誰にも渡したくなかったという想いも強かったらしい。


 村を逃げ出す前に、青年は山のように積んだ手紙を燃やすことにする。

 こんな今を忘れて、自分を想ってくれる幼馴染みと生きていく――そんな決意の表れだった。

 しかし、そこで思わぬ事態が発生する。一通も読んでいない手紙のなかには、青年に嫉妬した男たちからの呪符が紛れ込んでいたのだ。

 その呪いは手紙に込められた女たちの想いを〝負気〟に変え、黒い瘴気となって青年を包み込んだ。

 苦しむ青年を救おうと、助けに入った幼馴染みもそれに巻き込まれる――。気がついたときには、ふたりとも鬼へと変貌していた。


 気を抜かなければ人間だった時の姿を維持できるふたりは、京の都へと向かう。

 田舎暮らしだった彼らにとって、都という響きは心躍るものであったらしい。


 京の都でも青年の美しさは人々の目を引き、ふたりは大いに困ることになった。

 家財道具を持ち出して青年の元へ行ってしまった娘を取り戻そうと、武装した男たちが大勢やってきた。

 他に行くあてのないふたりは、なんとか殺さずに追い払っていたのだが……。戦う時は人間の姿を維持できず、鬼の姿へと戻ってしまう。

 逃げ帰った男たちは、彼らのことをこう呼んだ――。


  『酒吞童子』と『茨木童子』


 お酒が大好きな影響なのか、鬼となった青年の顔は酔っ払いのように赤かった。

 気が強い彼女は、人間だった頃から青年に言い寄る女性たちの手を鋭い目つきで叩き落していた。その気持ちを表したかのように、鬼の姿になった彼女の手の爪は槍のように尖っており、腕には無数の棘がある。

 『いばら』とは、とげのある低木の総称であり『棘』とも表記される。


 ふたりとも、その特徴的な姿から名付けられたようだ。その名を気に入っていたわけではないのだが、人間であった頃の名は使いたくはない彼らにとって、徐々に愛着がわいてきた名だそうだ。


 ちなみに、源頼光は酒吞童子を討ち取った触れまわることで彼を別の土地へと逃がしたのだが……。その日は都へ買い物に来ており、そんな理由があるとは知らない茨木童子。

 彼女はその触れを真に受け、復讐のためにまず源頼光の部下である渡辺綱を襲った。結果としては、彼女は右腕を切り落とされて返り討ちにあってしまう――。

 なんとか腕を取り戻した茨木童子は、復讐の機会を探る。そこに、やっとの思いで彼女を探しあてた酒吞童子によって理由を知らされた。

 そうして、ふたりは別の土地へと移って行ったのである――。


 おぼえておれッ!――と怨みの言葉を残した茨木童子が、二度と渡辺綱の前に現れなかったのにはそういう理由があったらしい。



 そんな話を聞いてから外へ出た桜香は、ジンが制服警官から職務質問をされている姿を見た。


 ジンはアパートの入り口で桜香を待っていたようなのだが――


  「目つきの悪い人が動かずにジッと立っている」


という通報が入ったらしい。


 警察手帳を見せて事なきを得たのだが、「悪かったな、目つきが悪くて――」とふくれるジンを思い出すと笑いがこみ上げてくるのだ。




 桜香がジンに天道たちの話を振ったのは、不安な心をまぎらわせるためである。


 怒り狂う猫又によってひとつの命が散る――そんなくだんの言葉に胸が締めつけられる思いだ。

 件の予言は決して外れないという。しかし、彼は桜香にこうも言った――。


 “前の世界ではお前はここにはいなかった。

  それがどう作用するのか……楽しみにしているぞ”


 それは、前の世界ではジンたちはその命を守れなかったことに等しい。そして、件は桜香に何らかの期待をしているようだ。

 しかし、桜香に妖怪と戦う力はない。

 そんな自分に何が出来るのだろうか……。もしも失敗してしまえば、件の言った『誰か』の命が散ってしまう――。


 桜香は不安に負けまいと、グッと奥歯を噛みしめた。



 妖部屋に戻った桜香とジンは、見知らぬお客に気付く。


「おかえり~、グッドタイミングだね! 今から詳しい話を、この子から聞くところだったんだよ」


 シュッと手をあげたタマモの前に、12才か13才くらいの可愛い女の子が座っている。


 ぺこりと頭を下げた女の子。肩から落ちたツインテールが揺れた――。

 まだ真新しい制服だけに、おそらく春に中学生になったばかりなのだろう。


「優佳ちゃん、あの不愛想な顔をしたのが、さっき言ったここで一番強い人だよ。これで安心! 妖怪になった化け猫なんて、ちょちょいとやっつけてくれるって!」


 タマモは笑顔でそう言ったが、


  “すでに運命は動き出している。

   探さなくとも、向こうから接触してくるだろう”


 再び件の言葉を思い出した桜香は、背中から血の気が引くのを感じていた――。


□◆□◆

 読んでくださり、ありがとうございました。


 作中の『酒吞童子と茨木童子』の関係や出来事は作者の創作です。

 桜香たちのいる世界ではこうだった……ということでご理解いただければ幸いですf( ̄▽ ̄;)


 こちらの連載は久しぶりの更新になりました。

 しばらく亀更新になりますが、これからもよろしくお願いします<(_ _)>

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