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ファイル6  『件の予言』の怪 【①】 ――酒吞童子と茨木童子――

□◆□◆



 降り立った駅は秋葉原。かつてはデンキ街として、駅前に多くの店がひしめき合っていたのだが――。


「話には聞いていましたけど、どこを見てもアニメキャラクターが……」


 駅前のゲームセンターを横目に大通りまで進んだ桜香は、その異様な活気に圧倒されていた。

 休日の秋葉原は多くの人々で賑わっている。頭にはバンダナを撒き、上着はズボンのなかへ入れており、手には可愛いキャラクターが描かれている紙袋を提げている男子が多い――というのはかなり古い情報のようだ。

 今日では皆のファッションは普通であり、思っていたよりも女の子の姿も多い。観光に来ているのだろう、ちらほらと外国人の姿も見受けられる。


「私、秋葉原って初めて来たんですけど……。なんていうか、すごく活気のある街なんですね」


 桜香は隣を歩くジンに話しかけるが、彼は興味がないといった顔で歩き続けている。

 無視されてしまった桜香だが、もうそのことは気にもしていない。ジンは口数が少ない男だし、冷たい態度をとられるのが普通であると割り切っているからだ。


 しばらく人波を縫うように歩いた二人。途中で何人ものメイドさんたちに出会ったのだが、彼女たちはジンを見るなり顔を赤くした。本人はわかっていないようだが、川霧刃という男には見る者を惹きつける魅力がある。

 高身長に整った顔立ちを持ち、肌もきれいである。一見すると怖いという印象を持たれがちだが、誰が見ても男前であることに変わりはない。


 人波にもまれる桜香は、なんとか先を行くジンについて行き、人通りの少ない住

宅地にやってきた。木造の家やアパートが立ち並ぶ古い街並みだ。



 ふたりがやって来たのは、古いながらも小奇麗な二階建てのアパートだった。

 外観のペンキを塗り直したばかりなのだろうが、安物のペンキを使ったようだ。独特の臭いが鼻を衝く。


 各階に四部屋あるアパートの一階。その角部屋の前に立ったジンは、手提げの紙袋を左手に持ち替え、『天童』という表札がかかるドアをノックした。


「川霧さん。天童さんって、どなたなんですか?」


 ジンが桜香の問いに答えようとした時、部屋の中から返事がする。

 誰なのかは知らないが、どうやら相手は若い男のようだ。


「ジンさん。お久しぶりですね、ずいぶん待ったんですよ。どうぞ、なかに入って――ひっ! ひぃぃぃッ!」


 ドアを開けたのは驚くほどの美青年。

 長いまつ毛が微笑みの魅力を倍増させている彼だったが、桜香の顔を見るなり表情が引きつった。


「あの、大丈夫ですか?」


 桜香は尻餅をついた青年に手を差し出すが、


「あわわわ……ッ」


その手を避けた彼は、這うように奥の部屋へと逃げていく。


「彼、どうしちゃったんでしょう?」


 ジンは面食らう桜香の問いには答えず、


「やっぱり……ダメか……」


ため息を吐いて玄関へと入っていく。


「ジンさん! き、聞いてませんよ! な、ななな、なんで人間の女性が一緒なんですか!?」


 部屋の奥から顔だけを出し、彼は靴を脱ぐジンに抗議する。

 今にも泣き出しそうな表情と声。理由はわからないが、相当うろたえている様子だ。


「どうした? ぼさっとしてないで、早く入ってこい」


 立ちつくしている桜香に、部屋に上がったジンが声をかけた。

 部屋を満たしているアルコールの臭いが鼻をつくが、ジンには気にならないらしい。


「あ、はい。――え、いや、でも……いいんですか?」


 家主の許可を得ようと、桜香は青年をのぞき込む。


「あ……うう、うん、うう……あ、ああ……」


 怯える青年は、桜香から目をそらしながら何度も頷く。


「あいつのことは気にするな、ただの女性恐怖症だ。変わったやつではあるが、今は人に迷惑をかけるような妖怪じゃない」


「妖怪? 川霧さん、彼は妖怪なんですか?」


 靴を脱ぐ桜香は目を丸くした。

 美しいという表現がピッタリとくる青年は、どう見ても人間にしか見えなかったのだ。


 ジンを追って奥の部屋に進んだ桜香は、その異様な光景に眉を寄せる。


「すごい……いったい、何台あるんですか?」


 部屋を埋め尽くすかのようなパソコンモニターの数に圧倒されてしまう。

 キーボードやハードディスクも複数ある。モニター画面には、株のレートや文字が慌ただしく動いていた。


 座り心地の良さそうな回転椅子。その背もたれに身を沈めた青年は口をとがらせる。


「聞こえましたよジンさん。“今は”ってなんですか。僕はね、昔から『悪さ』なんてしてませんよ」


 不機嫌な顔も美しい――。そんな青年に、桜香はつい見とれてしまう。


「あ。ど、どうも……僕は、今は、て、てんどうしゅうと名乗っています。す、すみませんが崎守さん、あまり僕の事を見ないでいただけますか」


 桜香と目が合った天童は慌てて視線を逸らし、顔を真っ赤にしてうつむく。


「ご、ごめんなさい。何も言わずにジッと見てるなんて失礼ですよね。はじめまして、私は崎守桜香と――って、あれ? 天道さん、なんで私のことを知っているんですか?」


 謝罪をした後に自己紹介をしようとした桜香だが、自分を知っていたことに驚いた。


「に、人間なのに『妖部屋』へ配属されたんですよね。どんな人なのかなと思ったので……警視庁のサーバーでに入って、履歴だけ読ませていただきました」


 顔を背けて話す天童の言葉に、桜香の口もとがヒクついた。


「警視庁のサーバーって……。それは……ハ、ハッキングってことですか?」


「大丈夫ですよ。絶対にバレたりしませんから」


 桜香を見ていないからだろうか、天童の口調は軽い。


「いや、そういうことじゃなくてですね……」


 対応に困る桜香は、思わずジンを見上げた。

 ハッキングは犯罪である。しかも、警視庁への不法アクセスとなれば重罪だ。


「まったく。そういうのを『悪さ』っていうんだ」


 ジンは呆れた声を出し、手に提げていた紙袋を天道に放った。


「これは?」


 天道は受け取った紙袋のなかに手を入れる。


「崎守刑事からの『ごあいさつ』だ。ありがたく受け取れ」


「え? 私からの――ですか?」


 ジンの言葉に、桜香は眉を寄せる。


「そういう事にしておけ。俺はこういうつもりでお前に買ってくるように言ったんだ」


 ジンが口もとを弛めた時、天童が嬉々とした声をあげた。


「こ、これは――え、越後の地酒、〝しゅてんてんしゅ〟じゃないですか! こんな貴重なもの……本当にいただいちゃってもいいんですか!?」


 ついさっきまで目も合わせなかった天童が、今は輝く瞳を桜香に向けている。


「ええ、まあ。どうぞ、お口に合うかわかりませんが……」


「何をおっしゃいますか! これは僕の一番好きな酒ですよ! ありがとうございます、崎守さんは良い人なんですね!」


 桜香に激しい握手をした天道は、愛おしそうに一升瓶を抱きしめた。


「よ、喜んでいただけて、なによりです……」


 桜香は少し痛い手を擦りながらぎこちない笑みを返す。


 〝酒吞鬼吞酒〟は、河童事件で越後に行った時におみやげとして買ってきた物だった。

 熟成期間が極めて長く、地元でも幻の酒といわれるほど稀少な酒である。

 酒屋でもなかなか手に入れることが難しい品物であったが、事件で知り合った光男という少年の家が旅館を営んでおり、数本の在庫があるというので売ってもらったのだ。


「川霧さん。天道さんって、どういう方なんですか?」


「……こいつはな、俺たちの〝S〟だ」


 ジンの答えに、桜香が目を見開く。


「Sってことは……天道さんは――情報屋なんだ……」


 〝S〟というのは、内通者・情報提供者の呼称である。

 刑事たちには広く取り入れられており、その情報が犯人検挙に繋がることも少なくない。


 ジンは、嬉しそうな顔で酒瓶に頬ずりする天道に視線を送る。


「こいつは無類の酒好きでな。酒を買う金欲しさから、現金収入を得るためにインターネットを通して株取引をしている。妖怪は戸籍を持っていないからな、口座の名義はこのアパートの大家である老人だ」


「でもそれって――」


 桜香は口から出そうになった言葉を飲み込んだ。

 その様子に、ジンが少しだけ優しい笑みを見せた。


「そう、こいつのやっていることは犯罪だ。だから――」


「だから、この犯罪を不問にしてもらうことを条件に、僕は妖部屋へ妖怪に関する情報提供をしているんです」


 ジンの言葉を遮った天童は、さっそく酒をラッパ飲みしながらさわやかに微笑んでいる。


「ま、そういうことだ。こいつはその金で老人の面倒もみているし、稼ぐ金額も目立ったものではないしな」


 悪びれない天童の態度に、ジンは苦笑いした。


「崎守さん。改めましてになりますが、僕の妖怪名は『しゅてんどう』といいます。天童修児は、酒吞童子の名をイジって並べ替えてみたんです」


 火照った顔の天道。美味い酒を飲んで酔っているのか、桜香から顔を背けてはいない。


「しゅ、酒吞童子って……妖怪のなかでも1・2を争うほどの大妖怪じゃないですか!?」


 桜香は興奮を隠せない。


 妖怪に詳しくなくても、どこかで聞いたことがある人も多いのではないかというほど有名な妖怪だ。


「いや~。そんな大した妖怪じゃないですよ~」


 赤い顔の天道がパタパタを手を振る。

 酔っているのか照れているのか、顔色だけでは判別が出来ない。



  『酒吞童子』


 平安時代。酒吞童子とその仲間たちは、都に来ては女をさらい、人を殺し、金品を強奪するなどの悪行を繰り返していた。

 その出生は定かではないが、一説によると越後国にいた頃は「外道丸」と呼ばれていたらしい。人並み外れた美しさを持ち、数多くの女性が彼に恋をしたという。

 しかし、外道丸は言い寄る女たちの誘いをすべて断っていた。

 それでも諦めきれない女たちは、外道丸へ何通もの恋文を出し続けた。なかには恋わずらいの末に命を落とした者もいたそうだ。

 女たちからの恋文をすべて焼き捨ててしまおうと、外道丸が紙束に火をつけた時にそれはおきた。恋文を燃やしたその煙が外道丸の身体を取り囲み、その姿を鬼へと変えてしまったのだという――。



 妖怪のことを勉強している桜香の解説。それを聞いていた天道が可笑し気に手を叩いた。


「あはは。それはまた、ずいぶんと大袈裟な話になってますね~」


「違うんですか?」


「違うというか、なが~い尾ひれが付いてしまっていますよ――」


 天道は人差し指を立て、桜香へご機嫌な顔でポーズを決める。かなり酔っているらしい。


「まずですね、都で女性をさらって金品を強奪というのは間違いです。僕は断ったのに、彼女たちが勝手についてきちゃったんですよ」


「勝手に……ですか? なんだか、わかるような気もしますね」


 彼の容姿は美しい。だからこそ、そんな話にも妙な説得力があった。


 苦笑いする桜香に、天道も苦笑いを返す。当時を思い出したのかもしれない。


「僕の気を引きたかったのか、彼女たちは自分の屋敷にあった高価なものを全部持ってきちゃったものだから……。もう、人さらいだの盗人だのと大騒ぎでしたよ。でもね、頼光さんがそんな僕を助けてくれたんです」


「頼光さんって――もしかして『みなもとのよりみつ』ですか!?」


 ニコニコしながら頷いた天道に、桜香は乾いた笑いしか出てこない。


 源頼光といえば、四天王と呼ばれる部下と共に数々の妖魔を退治した伝説が武勇伝として残っている。

 四天王のひとりが、昔話の『金太郎』のモデルになったとされる『さかきんとき』であるというのは有名な話である。

 伝説的な源頼光を友達感覚で呼べるのは、現代においてはこの天道くらいなものだろう。


「頼光さんたちが僕を退治したことにしてくれたので、ようやく彼女たちから解放されたんですよ。それまではほんっとに大変だったんです。何人もの『自称勇者』みたいな人たちに襲われていたんですから……。動けず殺さず、彼らを適度に痛めつけるっていうのも大変で……」


 げんなりする天道に、桜香はクスッと笑みをこぼした。

 彼が最強の鬼といわれる酒吞童子だと聞き、どんな話が飛び出すのかと思えば、天童の口から出てくるのはただの愚痴であった。

 桜香はそんな人間臭さに好感を持つ。


「お前の昔話や泣き言を聞きに来たわけじゃない。俺たちを呼んだのには理由があるんだろ? 早く話を始めろ」


 ジンが退屈そうに壁にもたれた。


「正確にはジンさんだけを呼んだんですけどね。……ま、いっか。もうすぐ帰ってくると思いますので、もう少しだけ待ってください」


 天道がそう言ったのと同時に、玄関のドアが開かれた。


「たっだいま~。ドウちん、良い子にしてたかな~!」


 現れたのは若い女性で、白と黒の衣装に身を包んだ――メイドさん。


 彼女の登場に天童は酒を吹き出し、ジンは――


「おい。こいつはいないはずじゃなかったのか?」


と、珍しく顔をヒクつかせる。


 天道が慌てた様子で椅子から立つ。


「い、い、イバラ!? きょ、今日はバイトじゃなかったの?」


 その笑顔はぎこちなく、まるで何かを恐れているようだ。


「それがさぁ、忘れ物しちゃったんだよね~」


 イバラと呼ばれた女性は、靴を脱ぐと玄関を上がってすぐのキッチンシンクに立ち寄り、手にしたコップで水を飲む。


「その辺にさぁ、私のカチューシャ落ちてない……か……な?」


 桜香たちのいる部屋へ入った女性は、ジンを見て目をパチクリさせた。


あめはり? 久しぶりだね! なんだってあんたがうちに来てるん……だい?」


 ジンの正体を知っている――。それだけで桜香にもイバラが妖怪の関係者だということが判った。

 彼女も妖怪なのだろうが、その見た目は人間である。まだ十代ではないかと思わせる容姿のイバラは、目をパッチリとさせるメイクをした可愛い女性だ。

 懐かしい再会なのだろう。イバラの顔がパッと明るくなったが、桜香を見るなりその表情が強張る。


「あわ……あわわ……」


 その様子に、天童があからさまなうろたえを見せた。


「こんにちは、はじめまして。私は崎守桜香と言いまして、川霧の同僚――」


 桜香が挨拶をしようと頭を下げた瞬間、イバラがキッチンの方へと飛び退く。


「なんで家に女がいるのさッ!」


「え?」


 その怒声を聞いた桜香が頭を上げた時、掴むようなカタチで桜香へ向けられているイバラの右手が――飛び出した。


「ええッ!?」


 桜香は驚きの声を発する。

 いつの間に変化したのか、向かってくる右手は鬼の手になっていた。その鋭い爪が直撃すればただでは済まないだろう。


「慌てるないばらどう。崎守は俺の連れだ」


 そう言ったジンが、横からイバラの右手を受け止めていた。その鋭い爪は桜香の鼻先で止まっている。


「何が“連れ”だッ! 嘘をつくんじゃないッ!」


「ちょちょちょ、ちょっと待ってください! 本当にジンさんの連れなんですってば! この女性は違うんですよ、僕に言い寄ってきた人ではないんです!」


 まさに鬼のような表情で怒鳴るイバラを、天童が慌ててなだめた。


 そこへ、男の高飛車な笑い声が聞こえてきた。

 声の主は玄関に立っており、好奇の目で桜香たちを見ながらソフトクリームを食べている。


「これは愉快な見世物だ。退屈しのぎにはちょうどよかったな」


 黒い革靴に黒いズボン。そして素肌の上にも黒いジャケットを着ている。

 年齢は若いのだろうが、眉にかかるくらいの髪の毛は白髪で、頭からは短い牛のような角が2本生えている。

 人を小馬鹿にしているような目をしているが、その奥にある眼光は鋭く、強い意思を感じる――。


「誰かと思えば、『くだん』……お前が絡んでいたのか――」


 そうつぶやいたジンが眉をひそめる。


「久しいな天之尾羽張。また会えて嬉しいぞ」


「俺は嬉しくないな。お前――今度は何を言いに来やがった……」


 口もとを弛ませる件に対し、ジンはギリッと奥歯を軋ませた。


 顔色悪い天道は、身振り手振りで怒っているイバラへなにやら説明をしており、ジンと件は対照的な表情で見つめ合っている――。


 ひとりで取り残されている桜香はため息をついた。


「私は……何をしに来たんだろ?」


 そのむなしいつぶやきは、誰の耳にも届いていなかった――。



□◆□◆

 読んでくださり、ありがとうございました。


*酒吞鬼吞酒は架空のお酒です(≧▽≦)


 次回の更新ですが、二月は仕事が忙しくなってしまうので三月になってしまうと思います。

 お待たせしてしまう事になりますが、これからもよろしくお願いしますm(__)m

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