ファイル5 『付喪神』の怪 【⑧】
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動けない咲絵の傍に立ったジンは、面倒そうな顔で頭を掻いた。
「あんたが、今も復讐をしたいと思っているならすればいい――」
そのとんでもない発言に桜香は青ざめる。
「川霧さん! 言っていいことと悪いことがあります! こんなことになってしまった波原さんの事情については、私だって酷いと思います。だからって、復讐殺人なんて容認できません!」
「誰が殺人を認めるなんて言った?」
「え?」
興奮していた桜香を、ジンはジロリと睨む。
「まったく……話を最後まで聞くクセをつけろ」
そう言うと、ジンは再び咲絵を見た。咲絵も、なにを言うつもりなのかとジンをじっと見つめている。
「俺はあんたの邪魔をするつもりはない。ただ、あんたは復讐の仕方を間違えた」
「復讐の仕方? ハッ、そんなマニュアルがあるとでもいうの?」
ジンは鼻で笑う咲絵をジッと見つめる。
「そんなだから、自分勝手という意味ではあんたも黒峰と同類だと言ったんだ――あんたは、自分が殺した相手も誰かの子供であるということを考えたか?」
その言葉に咲絵がハッとする。
「忘れるな。今まで殺めた人間は、その人の母親がお腹を痛めて産んだ子だということを――」
涙をうかべてキッと睨んでくる咲絵に、ジンは少しだけ哀しそうな表情を浮かべた。
「あんたの身勝手によって失った命がある。それに対して、あんたはどう詫びるつもりだ? その命を奪った罪を、あんたはどうやって償うつもりなんだ?」
「――それじゃあ、私はどうすればよかったのよ……」
咲絵は目を閉じてグッと奥歯を噛み締めた。
「それはあんたが自分で考えるべきことだ」
咲絵がジンを見上げる。その目に映るジンは厳しい目をしていた。けれども、どこか優しく包まれているような感じもする目だ。
言い返す言葉が無い咲絵は、大粒の涙を流しながら震えている。そして――
「黒峰と同類だと言われるのが気に入らないのなら、今からでもその答えを探し続けろ」
そう言われた咲絵は小さな声で泣きだした。
声を押し殺しているわけではない。動けないほどにボロボロになっている咲絵の身体では大きな声が出せないのだ。
しかし、その心では大きな声で泣いているのだろう。自分の罪を自覚して罰と向き合おうとしている。
――少なくとも、桜香はそう感じていた……。
「黒峰。お前も、波原咲絵さんを傷つけた罪としっかり向き合え」
桜香たちの様子を見ていた岩多は、肩を貸して支えている黒峰を横目で見た。
「……なに言ってるんですか岩多さん。俺、被害者なんですよ?」
キョトンとする黒峰。
「こいつッ……。そうか。どうやら、俺の目は節穴だったらしいな……」
少しは期待していた後輩のひと言に、髪が逆立つような怒りを覚えた岩多は黒峰から手をはなした。
「痛ッ! 急に手をはなさないで下さいよ」
尻餅をついた黒峰に非難の目を向けられるが、岩多はかまわずタバコに火をつけた。
「応援が来たようだ。ついでに救急車もな……。犯人が動けないのなら、ケガ人のお前が立っている理由は無いだろう」
要請したパトカーと救急車のサイレンが混ざり合う音。それがこちらへと近づいてきている。
「あ、そういうことですか。そうなら言ってからはなしてくださいよ」
岩多はぼやく黒峰を見ずに、タバコの煙をゆっくりと吐き出した。
「落とし前は、必ずつけてもらうぞ……黒峰」
サイレンの音で聞こえにくい岩多の声を拾ったタマモは、
「どうしようもないヤツっているよね~……」
と小さく首を横に振った――。
◇
<よお。話は終わったのか?>
サイレンを聞いた桜香はほっとしたのだが、そんな鐔鬼の声に身を固くした。
「安心しろ。ヤツはもう終わっている」
ジンに言われてあちらに目を向けると、たしかに実体化した鐔鬼の体が徐々に塵となって舞い上がっている。
<お前、遊んでやがったな……>
ジンへ向けられた鐔鬼の憎々しい声。
「……なんのことだ?」
<とぼけやがって。お前なら、人間の身体を傷つけずに俺だけを斬れたはずだ。まさか、お前がこんなところにいたとは……。くっそぉぉぉ、なんで俺は気付かなかったかなぁ……>
「それは過大評価だ。今の俺にはああするしか手は無かった」
<どこまでもふざけたやつだぜ。俺が妖刀なら、お前は神剣じゃねえか>
鐔鬼が舌打ちをする。
<神をも斬った剣、天之尾羽張……そうなんだろ?。もっと早くわかっていれば、なにがなんでも逃げていたのによぉ……>
それが、鐔鬼の最後の言葉になった。
一陣の風と共に塵が大きく舞い上がり、そこにいたモノは消え去った。それは、妖怪『鐔鬼』が滅んだことを意味していた――。
人間だけでなく妖怪をも斬る刀にするため、月丘の一族に刀の鐔に閉じ込められて妖力を利用されていた鐔鬼。
名もない妖怪だったにもかかわらず、多くの負気を摂り込み実体化することが出来るまでに妖力を高めてきた。最後に実体化した姿が鐔の形をしていたのは、こんなものに閉じ込められていたのだという主張だったのか。あるいは、鐔鬼自身も元の姿を忘れてしまっていたのかもしれない……。
★
――逮捕した波原咲絵を病院まで連れて行った時、桜香は廊下で岩多から声をかけられていた。
「崎守刑事。この事件のことではいろいろと思うところもあるだろうが、きれいさっぱり忘れちまえ」
岩多は火のついていないタバコを咥えて壁にもたれる。
「どういう意味ですか?」
「お前さんは感情移入をしすぎる。加害者にも、被害者にもな……。それは必ずしも悪いってことじゃないが、その傾向が強すぎるってのは問題になることが多い。感情が尾を引いて次の事件に身が入らなっちまうんだ――」
自分もそんな経験がある――岩多はそんな目をしていた。
「刑事なんてやってるとな、目や耳に入ってくるのは汚いモノばっかりだ。どんなに心をすり減らそうと、事件は次から次へとやってくる――。お前さんには、お前さんたちにしか解決できない事件ってのがあるはずだ」
岩多は口からタバコを取り、胸ポケットにしまった。
「俺たちが動く時ってのは、基本的には手遅れになっている。冷たい言い方かもしれないが、終わった事件のその後なんて考えちゃいけない。身の入っていない捜査ほど、次の被害者に失礼なことはないんだからな……」
桜香の肩をポンっと叩き、岩多はひとり廊下を歩いて行く……。
その堂々とした広い背中に、桜香は自然と敬礼を送っていた――。
◇
事件から一夜明けた今日。警視庁の一室――『妖部屋』で椅子に座っている室長の代田五郎は、いつもよりもぎこちない笑みを浮かべている。
桜香に「川霧さんは〝かまいたち〟じゃなかったんですね」と言われた途端、代田の微笑みがフリーズしたのだ。
「いや……。騙すつもりは、なかったんだよ……」
「だからって、ウソをつかなくてもいいじゃないですか」
そう返され、今度は代田の額から汗が出てくる。
桜香は怒っているわけではない。ただ、ジンは『かまいたち』だと代田から聞いていたのに、その正体は剣であったという。なぜかまいたちだと言ったのかと疑問に思っただけである。
「まったくの嘘だったわけじゃない――」
その静かな声に振り向くと、いつものように椅子にもたれて寝ていたジンが目を開けていた。
「〝構え太刀〟と言われたら、お前は理解できたか?」
「え? カマエタチ――ですか?」
桜香は首をかしげる。脳内で憶えた妖怪の名前を検索するが、該当はない。
「構え太刀というのは、かまいたちという名の語源になったものとされているらしい。俗に言われる〝かまいたち現象〟は、目に見えない鬼神の持つ刃に当たってしまった傷だと考えられていた時代があり、それを人間は『構え太刀』と言っていた。その名が変化して『かまいたち』となったらしいな――」
寝ぼけまなこのジンが頭を掻く。
「俺のように刃を持つモノに人間が付けた総称みたいなものだ。だから、おっさんは嘘をついたわけじゃない」
妖怪の名前についてはいろいろと調べていたが、その由来までは気が回らなかった桜香は素直に頷いている。
「なに言ってるの、ダイさんに曖昧なことを言わせたジンが悪いんでしょ。ちゃんと最初に自己紹介すればよかったんだよ」
再び眠りに入ろうとするジンの頭を、タマモがもう定番となっているピコピコハンマーで叩いた。そして桜香へ向いて両手を合わせる。
「ごめんね桜香ちゃん。妖怪が自分の正体を人間に教える時は、基本的に自分で名乗るっていうのが暗黙のルールみたいになってるからさ。桜香ちゃんにウソをつくつもりなんてなかったんだよ」
「大丈夫、天之尾羽張ってなんだろうって思っただけで怒っているわけじゃないから。要は、川霧さんが素直じゃないってところに問題があるんだよね。剣なら剣だって言ってくれればよかったのに……。今は寝ているみたいだから聞こえていないだろうけど」
それを聞いていたジンの眉がピクリと動き、「フン」と小さく鼻を鳴らす。
その様子を見ていた桜香は、「なんだか可愛く見えてきた」――そう思いながら微笑んだ。
「まあ、ジンの場合は『妖怪』っていうよりも『神様』に近いんだけどね。それにね、『かまいたち』って妖怪もちゃんといるんだよ」
「そうなの?」
桜香が聞くと、タマモは笑顔で頷いた。
「うん。騒がしいだけのくそガキたちなんだけどね」
それを聞いた住吉が楽しそうに笑う。
「タマモにくそガキなんて言われたら、きっとあいつらは“お前もだろ”って言い返してくるわけ」
「なにを~! スンくんっ、もう一度言ってみなさい!」
タマモはハンマーを出現させる。
「ピコピコハンマーをくらいなさいッ!」
「違うぞタマモっ! それにはピコピコが付いていないわけ!」
住吉は椅子から立ち上がった。
「そんなの知ってるっ!」
タマモは狭い室内を逃げる住吉を追いかけまわす。
「――桜香さんが来てから、ここもずいぶん賑やかになったわね」
追いかけっこを見守る安那のつぶやき。
「どうした、こういう賑やかさは嫌いだったか?」
山森に言われた安那は首を振る。
「まさか。少しだけ、昔を思い出しただけよ……」
優しく微笑むその表情は、子供を育てていた頃を想う母親の顔だった――。
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神話では、『伊邪那岐』と『伊邪那美』という男女の神によってこの国が生まれたとされている。
男女2神は国生みをひと通り終えると、次に神生みをはじめた。この時に多くの神々、いわゆる八百万の神が誕生したのである。
そのなかに『火之迦具土神』という火の神がいたのだが、出産時に伊邪那美は大やけどを負ってしまった。それがもとで伊邪那美は病に伏せ、ついには死んでしまう――。
愛する妻を亡くした伊邪那岐は悲しみからくる怒りを抑えきれず、十拳剣で火之迦具土神の首をはねた――。
その時に使用された十拳剣こそが『天之尾羽張』――神殺しの剣である……。
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読んでくださり、ありがとうございました。
これにて『付喪神の怪』は終わりです。長かったな~(^-^;
被害者が加害者となって逮捕される――。
刑事モノを書いているからには、そんな胸がムカムカするような物語を作ってみたいと思っていました。そして書いてみた結果――――心が重い……"(-""-)"
作中の咲絵は罪を犯し罰を受けることになります。では、作中の黒峰はどうなるのでしょう?
咲絵に被害を与えて加害者にするほどまで追い込んだ黒峰。自分の罪を罪だと認識することなく「加害者が被害者の顔をする」タイプもいるんだろうな~と思いながら彼の設定を考えていました。
下書きでは黒峰がどんな悲惨なことになったのかを書いていたのですが……。
後味の悪い事件にしたかったので、黒峰のその後についての文は削除して投稿しました。読んでくださった方にいろいろと想像していただけたらと思います。
黒峰にはどんな罰がふさわしいのでしょうか? 彼の考え方では与えられた罰に対して自分を哀れむだけかもしれません。ですが、できるならば「自分は罪深いことをしてしまった……」と反省してもらいものですー―。
さて、今回は嫌~な『怪』でしたので、次の『怪』は楽しい感じの物語を書きたいと思っています。
投稿は少し遅くなるかもしれませんが、これからもお付き合いいただけるとうれしいです(^^ゞ




