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ファイル5  『付喪神』の怪 【⑦】

□◆□◆



「あ、あなたに……あなたなんかに私の何がわかるっていうのよッ!」


 小刻みに震える咲絵が邪血刀じゃけつとうを構えた。

 おそらく、それは鐔鬼つばきではなく咲絵本人の意思だろう。


 ジンは咲絵を馬鹿にしたような笑みを浮かべたまま。


「知らん。お前のような女のことなど知りたくもない」


「だったら知ったような事を言わないでッ!」


 そう言われたジンは左手で頭を掻き、


「まったく。救いようのないやつだな。自分勝手という意味では、あんたも黒峰と同類だ」


咲絵に厳しい目を向ける。


「わ、私があの男と同類ですって?――冗談じゃないわッ! わかってないッ、あなたはなんにもわかってないッ!」


 怒り膨らむ咲絵に、ジンはため息をつく。


「だから、“知りたくもない”と言ったはずだ。ちゃんと人の話を聞くクセをつけた方がいい」


「黙れええええええええええッ!――」


 咲絵が怒号を上げ、ジンへと突進する。


<いいぞ女ッ、この怒りだ! お前を邪魔する奴らを排除しろッ! もうすぐ、もうすぐで俺は……>


 鐔鬼も咲絵の怒りをあおった。


「殺すッ、お前も殺してやるッ!」


 咲絵の目は血走っており、その顔も怒りの赤に染まっている。


 先ほどよりも速い斬撃がジンに襲いかかる。ジンは後退しながら斬撃をさばくので精一杯であり、防戦一方で反撃の間がない――わけではなかった。


 上下左右に加えて突き。踏み込んだ咲絵が、まるで5方向同時攻撃に見える斬撃を放った。それらを全てさばいたジンが咲絵の足を払う。そして転びそうになった彼女の後ろの回ると、前のめりになっている背中を蹴った。


 咲絵は豪快に地面を滑ったが、すぐに立ち上がって構えをとる。その視線の先にはニヒルな笑みをうかべるジン。


「なんで……? どうして……」


 咲絵の疑問はごもっともだろう。さっきまで咲絵にジンを殺す意思はなかった。しかし、今は鐔鬼と同調してジンを殺すつもりでいる。――つまり、今の方が速くて強いはずなのだ。


「さっきのが俺の実力だと思っていたのなら、お前たちは読み違えている――」


「なんですって……?」


<どういうことだッ!>


 余裕のあるジンの言葉と表情に咲絵はうろたえ、鐔鬼は声を荒げた。


「この事件で俺が確認したかったのは三つだ――」


 人差し指と中指と親指。ジンは左手の三本の指を立てる。


「ひとつ。この事件に関わっている妖怪は妖刀にいているのか、それとも妖刀に化けているのか――」


 ジンは親指をたたむ。


「ふたつ。これについては答えが出ているようだが――憑いている妖怪ならば、そいつは実体化して単独で動けるだけの妖力を蓄えているのかどうか」


 続けて中指をたたむ。


「そしてみっつ。……主犯は妖怪か……人間か」


 ジンは鐔鬼と咲絵を見据えながら、ゆっくりと最後の人差し指を折り曲げた。


<ケケケ。どっちだと思う?>


「両方だ」


 愉快そうに問いかけてくる鐔鬼に、ジンは静かな声で答える。


<そうだとしたら困ったなぁ? 俺たちを逮捕しても、人間に〝俺〟を裁くことは出来ないんだぜ?>


「俺たちの仕事は〝妖怪を改心させるか滅するか〟だ。お前を改心させるつもりはないからな。ここで滅んでもらう」


<おいおい。それだとこの女は助からねえぞ?>


 人質を取っているつもりなのだろうか。鐔鬼の声には余裕がある。


「どのみち助からないんだろ? クソ妖怪と一緒に塵にしてやる――そう言ったはずだ。まったく……人間を操らないと動くことも出来ない低俗な妖怪は、聞いてもすぐに忘れてしまうんだな」


 鼻で笑うジン。

 それに対し、鐔鬼は怒りの妖気を増幅させる。


<低俗、低俗と何度も……。貴様ようななりたての妖怪が、調子に乗るな!>


 邪血刀から赤黒い妖気が勢いよく舞い上がり、それが三倍の長さと太さを持つ刀身へと姿を変えた。


「笑ったり騒いだり、忙しいヤツだな。次で塵にしてやるから、さっさとかかってこい」


<ぬかせッ! 俺様の本気を見せてやるわッ! 読み違えているのは貴様だということを教えてやるッ!>


 鐔鬼は咲絵を操って邪血刀を振りかぶる。


<貴様の刃もろとも、一刀両断だッ!>


 邪血刀とジンの刃がぶつかった。

 あまりの圧力に、ジンの足がくるぶしまで地面にめり込む。


「なかなかの妖力だ。だが、一刀両断は少々大袈裟だったな」


<それでも、今の貴様はこの太刀を受けるだけで精いっぱい……その場を動けぬであろう? だが、俺様は違うぞッ!>


 邪血刀のつばにヒビが入り、そこから禍々しい妖気が噴出する。その妖気は、宙で円盤のような――いや、巨大なつばの形を成す。


<人間を操らないと動くことも出来ない低俗な妖怪だと? 馬鹿めッ! 先程の女の怒りを吸収した時に、俺は単独でも実体化できるようになったのだッ!>


 宙に浮かぶ鐔。妖怪『鐔鬼』の本体というべきその側面から、新芽のように無数の刃が顔を出す。


<どうやら、塵になるのは貴様の方だったな……喰らえッ!>


 高速回転した鐔鬼がジンに襲いかかる。


「フッ。ここまで思い通りなるとはな……やはり、お前は低俗な妖怪だ」


 ジンが刃を振るった。それは妖気をまとったままの邪血刀を軽々と斬り裂き、向かってくる鐔鬼をも一刀両断にする。


<な、なんだとぉぉぉッ!?>


 驚愕の声を上げ、両断された鐔鬼が地面に転がった。

 それと同時に折れた邪血刀の妖気も消え去り、咲絵も糸が切れたかのように崩れ倒れる。


「波原さんっ!」


 その様子を見た桜香が咲絵へと駆けた。


「……いいのか?」


「なにが?」


 タバコをくわえたままの岩多の問いに、タマモはキョトンとする。


「いや、なにがって……あちちッ!」


 落としたタバコを受けようとした岩多がそれに失敗し、火の粉が手にかかってし

まう。


「桜香ちゃんなら大丈夫。それよりも、救急車を呼んでくれる? あの咲絵さんって人、意外と早く解放されたからまだ助かるかもしれない」


「お、おう」


 タマモに言われ、岩多は懐から携帯電話を取り出した。



 滑り込んだ桜香は、倒れた咲絵の上体を抱き上げた。


「波原さんッ、波原咲絵さんッ! しっかりしてくださいっ!」


 その声が届いたのか、意識がもうろうとしている咲絵の焦点が合っていく。


「あなたは警察の……。は、放してッ! 私はあの男を、ッ! あぐッ!?」


 咲絵は桜香を押し退けて立ち上がろうとしたのだろうが、腕を上げようとしたところで全身に激痛が走り抜けた。


「無理をしないでください。波原さんの体はボロボロです。今の貴方は、指一本動かすだけでも命の危険がある状態なんです」


「ど、どういうことなの?」


 心配する桜香に、咲絵は苦しそうに眉をひそめる。


「波原さんの体は鐔鬼に操られていました。先程の人間離れした動きが出来ていたのも、鐔鬼の妖力があってこそだそうです。でも、それは波原さんの体に自覚症状のない負荷を与え続けていたんです――」


 桜香は、咲絵にタマモが教えてくれたことを説明した。



 〝物〟に憑いた妖怪を『付喪神』という。一般的には〝人間が使用している、または使用していた道具〟から誕生するとされているが、鐔鬼のように邪血刀の能力を上げるために鐔の一部とされてしまった妖怪も付喪神の一種とされるらしい。


 一般的な付喪神は〝道具〟そのものが妖怪化して自由に動き回ることができる。

それは室町時代に絵巻物や絵本となって普及した『付喪神記』という物語でも紹介されている。


 しかしその一方、『鐔鬼』のように人間によって道具の一部とされてしまった付喪神は、自分を使用する人間を妖力で操ることでしか行動の術がない。だからこそこの手の妖怪は、人間の精気を喰らって妖力を増幅させ、自力で行動できるようになることを願っている。

 人間の都合のいいように利用されたことに怒り狂っているため、その付喪神たちの多くは人間への復讐を目的としているようだ。騙し、怖がらせ、命も奪う。その時に出る人間の怒りや恐怖、そして絶望という負気を糧としながら復讐派の付喪神は強力になっていく――。



「私たちがこの公園に着いた時、鐔鬼はあと少しで自らを解放させることが出来る状態であり、波原さんの精神は壊れる寸前でした。だから――」


 言葉に詰まった桜香は、抱える咲絵に向かって頭を下げた。


「ごめんなさい。同僚の川霧が……波原さんへ本当に酷いことを言いました――。言い訳をするわけではありませんが、あれは彼なりに考えた波原さんを救う方法だったんです」


「あ、あんな事を言っておいて、なにが“救う方法”よ……」


  男に捨てられるあんたが悪いんじゃないのか?

  男を見る目もなけりゃ引き留めておく魅力もない。

  救いようのないバカ女だな。握っているクソ妖怪と一緒に塵にしてやるぜ


 ジンに言われたことを思い出し、咲絵は怒りの顔で食いしばる。

 身体が動けば桜香を平手打ちしていたことだろう。


 桜香は、視線を逸らす咲絵に言葉を続ける。


「波原さんが復讐をとげたとしてもとげられなかったとしても、鐔鬼によってもたらされる波原さんの精神的な死を回避する術はありませんでした。1つだけ、波原さんを救う方法があるとすれば……それは鐔鬼と波原さんを分離させることだったんです――」



 ジンが咲絵を助けるために取った方法とは――。

 鐔鬼はあと少しの負気で自力行動が出来るようになることを見抜いたジンは、意図して咲絵の心を傷つけるような事を言った。彼女が悲しもうと怒ろうと、それはどちらでもよかった。咲絵に負気を出させることが重要だったのだ。

 そうすることで、鐔鬼はすぐにでも単独行動できるようになる。


 一方、鐔鬼には何度も“自力で動くことも出来ない低俗な妖怪”と馬鹿にした。

 その目的は二つ。ひとつ目は、ジンは鐔鬼が〝単独では行動できない妖怪〟だと思っていることを印象付けるため。ふたつ目は、鐔鬼がジンに止めを刺しに来る時は咲絵の身体から離れ、単独行動での攻撃をしてくるように誘導するためだった。


 鐔鬼の妖力があったとはいえ、ジンと戦う咲絵の動きはあまりにも人間離れしていた。それは人間の体が耐えられる限界をはるかに超えた動きだった。操られる咲絵に自覚はなかったが、彼女の骨や筋肉はこの短時間でボロボロに破壊されてしまった。

 ジンの策は見事に成功し、鐔鬼は咲絵から離れた。しかしその代償として、鐔鬼の妖力によって支えられていた咲絵は、命を失いかねないほどの激痛で苦しむことに――。




「余計な事を……。邪魔をするくらいなら、いっそのこと私もあの妖怪と一緒に斬

ってくれればよかったのに……」


 咲絵の目から悔し涙が流れた。


「そ、そんなこと――」


「俺は邪魔をしたわけじゃない」


 桜香の言葉を遮ったのは、刃となった右腕を人の腕に戻したジンだった。


□◆□◆

 読んでくださり、ありがとうございました。


 次話で『付喪神の怪~妖刀編~』は完結です。

 刃を持つモノ――――不明だった川霧刃の正体も明らかになりますよ!

 引き続きよろしくお願いします。m(__)m

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