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ファイル5  『付喪神』の怪 【①】 ~妖刀編~

 血がドバっと出たりする痛くて残酷な描写があります。苦手な方はご注意ください。

□◆□◆



さみしい明かりしかない街灯の下。


「今日は最悪な日だった……」


 夜道を歩く笠間は、イラ立ちを抑えるように大きなため息を吐いた。


 今日は本当についてない一日だった。

 職場ではつまらないミスのことで上司にねちねちと嫌味を言われた。会社帰りに立ち寄ったパチンコ店では〝諭吉さん〟があっけなく戦死。スーパーの〝半額惣菜〟も、体当たりしてきたオバちゃんに最後の一パックを取られてしまった。


 手にしているビニール袋にはもやしとひき肉が入っている。

 贅沢ではないが、これを塩コショウで炒め、どんぶりに盛ったご飯にのせる――。

 笠間が作る事が出来るただ一つの料理でこの上ない好物だ。


「たしか、卵が残ってたよな……」


 笠間は気を取り直そうと、頭の中で冷蔵庫の中身を確認した。

 熱々のどんぶりの上に生卵を落とすと味は倍増する。それを食べれば今日あった嫌な事も忘れられるに違いない。買い置きしてあるビールをグイッと飲めば最高のディナーになるだろう。


 家路の足を速くした笠間。


 前方から歩いて来た長い傘を持った人影とすれ違った時、右腕に紙で指を切った時のような痛みを感じた。と同時に、持っていたビニール袋を落としてしまう。


「おい、ちょっとあんた!」


 舌打ちした笠間は、振り向いて人影を呼び止めた。


 足を止めた人影が、5メートルほど離れた所で笠間へと振り向く。

 街灯が逆光となって顔を見ることは出来ないが、細身で肩まである髪。そのシルエットから相手は女性だと判る。

 身長は笠間よりも頭一つ分低いので152cmくらいといったところだろうか。


 向こうとは1メートルくらいの間隔ですれ違ったのだ、ぶつかるわけがない。

 しかし再びイラ立ちが戻ってきた笠間は、今の右腕の痛みはアイツが何かしたに違いないと決めつけた。


「お前が落としたんだ。拾えよ!」


 声を低くして凄む笠間だが、人影は両手の傘を下げたまま動こうとしない。


  アイツ、傘を二本も持ってたっけ?


 人影を見据える笠間にそんな疑問が浮かんだ。

 そして落としたビニール袋が目に入った途端、表情が激しく歪んでいく。


「に、げて……。お、お願い、はやく、ここから……」


 女が搾り出すような声を出すが、今の笠間はそれどころではない。


  な、何で……なんで……?


 恐る恐る視線を下げると、そこにあるべきモノがない。

 落とした――いや、落ちたビニール袋を掴んでいるソレは自分の右腕だった。


 混乱する笠間の頭に何かが触れた。視線を上げると目の前にはあの女が立っている。


  あ。傘じゃなくて、日本刀だったんだ……。


 振り下ろした格好をしている女。彼女が手にしているのは日本刀。


 上下に分かれていく視界のなか、笠間は妙な納得感を覚えながらその場に倒れていった。


 分断された笠間を見下ろす女の目から、一筋の涙がこぼれる。


「こ、こんなこと……ちがう、ちがう……」


 彼女はそうつぶやくと、刀を鞘に納めて歩き出す。


 この暗がりでも、街灯の明かりによって悲しく輝いた女の涙。頬を伝った涙が地面に水玉を作った時――――まるで夜の闇に溶け込んだかのように、すでにその姿は消えていた。


 夜の路上に残されたのは笠間の遺体。

 うつろな両目に別々の風景を映している彼は、本当についていない一日の締めを迎えることになってしまった。




 目覚まし時計の不調によって寝坊してしまった桜香。

 肩掛けバッグを手に持ち、全力で走ったのが幸いして定時ぎりぎりでなんとかセーフ。


つじり?」


 息を切らす彼女が出勤早々耳にしたのは、現代のものとは思えない事件だった。

 時代劇じゃあるまいし……と思いながら、桜香は小さな手から資料を受け取る。


 タマモがくれた資料によれば、被害者は30代男性の笠間映次。

 二日前の夜、帰宅途中に何者かに襲われて死亡。頭から股下まで真っ二つに両断されており、凶器は鋭利な刃物。おそらくは日本刀だと思われる。

 犯行時と思われる時間に、近所の人が怒鳴るような声を聞いているが、犯人の声なのか被害者の声なのかは不明。怨恨も含めた〝通り魔事件〟として捜査を開始したと書かれてあった。



「もの凄い切れ味のなにかで、ズバッと一刀両断! 被害者の身体が、文字通り頭から真っ二つになっちゃったんだって。怖いよね~」


 桜香に事件を説明していたタマモは、小さな机から手にした竹の物差しを、刀のように振ってみせた。


 腰まである長い髪に、少し赤みのあるほっぺた。一見すると可愛い小学生にしか見えないタマモ。

 “那須野玉藻”と名乗っているが、その正体は――――九つの尾を持った大妖怪『九尾の狐』である。古代の大陸では幾つもの王朝で暴虐の限りを尽くし、様々な国を滅亡に追いやったと云われる彼女だが、とてもそんな大それたことが出来るようには見えない。

 人懐っこいタマモは、なにかと桜香の世話を焼こうとし、いつも明るく接してくれる。配属になった挨拶に来た時、緊張していた桜香へ一番に話しかけてたのも彼女だった。

 大昔の事は知らないが、桜香にとってタマモは、良き先輩であり、良き仲間であり、良き友人だ。



「ちょっとタマちゃん。それはマズイんじゃないかと思うわけ」


 物差しを構えるタマモに注意したのは住吉創志。

 桜香も同感する。


 タマモに「スンくん」と呼ばれる彼の正体は――――なんと、おとぎ話で有名な〝一寸法師〟である。

 キーホルダーのように腰のベルトからぶら下がっているのは、小指ほどの大きさしかない〝打ち出の小づち〟。元よりも大きくは出来ないが、これで身体の伸縮が自由に行えるらしい。


「刀の持ち方っていうのはさ、両手をくっつけて持ったらダメなわけ。こうやってさ、拳が入るくらいの間を開けて……」


 自分の物差しで手本を見せようとした住吉に、


「タマちゃんって言うな、私は子ネコじゃないっ!」


ハンマーを出現させたタマモはそれを勢いよく振り下ろした。


 ぴこん。という軽い音。タマモお気に入りのピコピコハンマーだ。


 このふたりのやり取りに、桜香は開いた口が塞がらず愕然とした。


「見た? 桜香ちゃん今の見た!? タマモが暴力を振るったよ!」


「な、なによ! 今のはスンくんが悪いんでしょ!」


 うるさくも楽しそうに騒ぐふたりに、桜香は拳を固めた。


「いい加減にしてください!」


 その強い口調に、住吉とタマモはピタリと騒ぐのを止めた。


「被害者の方は亡くなっているんですよ! そんなふうに騒ぐのは不謹慎だと思います!」


 桜香の真剣な眼差しに、ふたりは目を丸くしたが、


「桜香ちゃん、何で怒ってるの?」


「もしかして、被害者と知り合いだったわけ?」


なぜ興奮する必要があるのかと首を傾げる。


「し 知り合いじゃないですけど、これから捜査をするんですよ。もっと緊張感というか……真剣に向き合うべきだと思います!」


「え!? タマモ、これってウチで捜査するわけ!?」


 桜香の言葉に、住吉は露骨に嫌な顔をした。


「知らないよ。ダイさんの机に置いてあったから見てただけだもん」


 タマモが首を振ると、住吉はホッと胸を撫で下ろした。


「そっか。代田さんの興味を引いただけで、ウチで捜査するって決まったんじゃないわけね! こんな面倒そうな事件は〝人間〟がやってくれますように~」


「ウチで捜査するから、資料が置いてあるんじゃないの?」


 両手を合わせて拝む住吉を横目に、桜香はタマモに確認する。


「ダイさんは気になった事件――妖怪の類が絡んでいそうな事件があると、資料を取り寄せちゃうクセがあるんだよ。まあ、ウチで捜査するのは百件に一件程度なんだけどね」


「それじゃあ、この事件に〝妖怪〟は絡んでいない可能性もあるんだ」


「いや、間違いなくその事件には妖怪が絡んでいる」


 桜香のつぶやきに返答したのは、机の上に乗せた腕に頭をつけて寝ていた川霧刃だった。


「ジンくんおっはよ~!」


 タマモが身体を起こしたジンに手を振った。


「川霧さん、本当ですか? この事件には妖怪が絡んでいるんですか?」


「そう言っただろ。しっかりと話を聞くクセをつけろと言ったはずだ」


 桜香と目を合わせないジン。腕を上げて伸びをしながら首の筋を伸ばす。



 ジンは、桜香に対してやたらと冷たい態度で接する。


  “人間には無理だ”

  “移動願いを出すか辞めろ”


 そんな辛辣な言葉を桜香に投げかけていた。

 しかし、桜香がこの『特殊事件広域捜査室』でやっていくと決断してからは、ジンの態度は少しだけ変化した。

 目を合わせてくれなかったり、冷たい言葉を使われるのは変わらないが、少なくとも無視されてしまう事は無くなった。質問をすれば答えてくれるし、今のように自分から話しかけてくれることもある。



  もうちょっと愛想良くしてくれればいいのに……。


 そんな考えを読まれたのだろうか? ジンは一瞬だけ桜香へ不機嫌な視線を送った。


「で、でも……なぜ妖怪が絡んだ事件だと判ったんですか?」


 桜香は、ジンの視線を誤魔化すように質問を投げかける。


「――妖刀だ」


「妖刀?」


 桜香は聞きなれない言葉に首をかしげる。それを見て、ジンは面倒そうに息を吐く。そこへ、代田がドアを開けて入って来た。


「みんなおはよう。さっそくだが、仕事だ」


 仏様のような微笑みを浮かべている代田五郎。

 彼が、この『妖部屋』と呼ばれる『特殊事件広域捜査室』の室長である。

 年齢は50代で、メタボ気味なお腹を気にしているオジサンにしか見えないが、その正体は『ダイダラボッチ』。心優しい巨人の妖怪である。



「代田さん。その仕事ってもしかして、これ?」


 渋い顔の住吉が、桜香の持つ資料を指差す。


「みんな知っているのかね? それなら話は早い。キミたちにはこれから行ってもらいます。所轄と連携して捜査にあたってください」


「は~い!」


「俺もかっ! 面倒そうなのに……アンラッキーだ~」


 代田の言葉にタマモは元気よく手をあげ、住吉は頭を垂れた。


「あ。行くのは崎守くん、川霧くん、那須野くんの三人ですよ。住吉くんたちには別件の捜査をお願いします」


「それは……ラッキー?」


 前半の言葉で顔を輝かせた住吉だが、〝別件〟という言葉に首をかしげる。


「あら。お姉さまだけじゃなくて、桜香さんとも離れてしまうんですね。さみしいわ~」


 安那が残念そうに手を振った。

 色気たっぷりの女性は葛葉くずのは安那やすな安倍あべの保名やすなという人間と恋仲になった『白狐』であり、有名な陰陽師である安倍あべの晴明せいめいの母親である。


「気をつけてな」


 『からす天狗てんぐ』である山森やまもりからす。中年の姿をしている彼が優しく微笑んだ。



 ジンは無言で席を立ち、ドアへと向かう。

 桜香は手に持っていた茶色のバッグを肩にかけ、


「それでは、いってきます!」


タマモと一緒にジンの後を追った。



 外は陽気でさわやかな風が吹いている。

 住宅地を吹き抜けるその風は、干してある洗濯物の乾き時間を短縮させてくれることだろう。


 色とりどりの洗濯物が揺れるアパートのベランダ。その一階にある一室の窓には分厚いカーテンがかかっており、室内はとても暗い。

 室内には、脱いだのか取り込んだのか、服が無造作に放置されている。コンビニ袋やお弁当の入れ物も散乱している汚い部屋のなか、若い男が血を流して死んでいる。

 男の胴体は上下に分断され、ロープのような内臓がはみ出ていた。


 むせかえるような血の匂いが充満している部屋で女が苦しんでいる。

 部屋が暗いので表情がよくわからないが、小刻みな呼吸を繰り返し、全身が震えていた。


「コイツ……いい加減にしてよッ!」


 額には多量の脂汗。手にしているのは抜き身の日本刀。


 女は刀身を鞘に納めようとするが、手が言う事を聞いてくれない。――というよりは、この日本刀には〝意思〟があり、この女を操っていた。


 その妖しく輝く刀身は、幾人もの人を斬っていながら刃こぼれひとつない。


<ケケケ、無駄だなぁ~! お前はもう……俺のものなんだぞぉ~>


 その日本刀――妖刀が、見た目の美しさとは正反対の、不気味な卑しい声で苦しむ女に話しかけた。


「う、うるさいッ! つべこべ言わず、鞘に戻れッ!」


 女は自由にならない手を震わせて強がるが、そんなことは彼女にだって解っている。なぜならば、彼女はそれを受け入れたのだから……。


<夜になるまで動けないんだろ? そんなに血の匂いが染みついちまったんだ、仕方ないよな~>


 妖刀が女を嘲笑う。そして、刃先は倒れている男へと向けられた。


<身体は俺に預けて、お前は少し休んでいればいい。暇はつぶしておくからよぉ>


「や、やめなさい……」


 この妖刀が何をするつもりなのかは解っている。

 もうろうとするなか、女は最後の抵抗を試みるも――――意識は深い闇へと堕ちて行った。


□◆□◆

 読んでくださり、ありがとうございました。

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