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ファイル4  『土蜘蛛』の怪 【⑥】

□◆□◆



 八本あった脚の三本を失い、腹部をも切断された土蜘蛛。その大きな体が小刻みに震えている。


〈人間さえ喰えれば……。妖力さえ完全なら、貴様らなんかに……〉


 恨みのこもるその声は弱々しく、まさに虫の息。傍にいる私たちへの抵抗も出来そうにない。


〈前は簡単だったのによ。今の人間はずいぶんと硬い物に乗ってやがる……〉


 土蜘蛛が恨みがましい眼で私を見据える。


 封印を破ったばかりだった土蜘蛛は近づいて来る人間の臭いを嗅ぎつけた。普通の人間に見えないように姿を消して待ち伏せしていたのだけれど、襲いかかった人間は見たこともない箱に乗っていた。千年前にはない『自動車』という乗り物は鉄製で、簡単に捕らえるどころか自分の方も痛い目に合ってしまった……。――それが、私が土蜘蛛と出会ってしまったいきさつなのだろう。


「食い意地を張らなければこの工場からは出られたのに……。ま、それでも、キミじゃあこの先にある二つ目の結界を破ることは出来ないけどね」


 自慢げに胸を張るタマモちゃん。


〈なんだと? 確かに、かっさらった人間をゆっくり喰おうと外へ行こうとしたが……この敷地の結界はお前が?〉


 土蜘蛛は驚いたようだが、すぐに自虐的な笑みを見せる。


〈オレとしたことが……、お前みたいな大妖怪に気付かなかったとはな。へッ、やっかいな結界を張りやがって……〉


「おたくがタマモの結界を破るには、封印を破った時くらいの妖力を蓄える必要があるわけ」


 小さな住吉くんの言葉に、土蜘蛛は少しだけ何かを考えるような間をあけた。


〈何を言ってやがる。クソ忌々しい封印だったが、オレは破っちゃいないぞ。破れなかったって言った方が正しいけどな〉


「は? じゃあ、なんで……」


 住吉くんが理由を訊こうとした時、私はガラスが割れるような大きな音を聞く。


「新手が来るぞ!」


 それは川霧さんの声。と同時に屋根のスレートが破壊され、たくさんの破片と一緒に何かが落ちてくる。

 スレートとは屋根瓦などに使う粘土を固めたような板で、そこそこの強度があるのにとても軽いのがその特徴。当然、人間に直撃すればただでは済まない。


「きゃっ」


 急に地面から足が離れたと思ったら、私は再び川霧さんに抱えられていた。


 ズンという大きな音と舞い上がった粉塵。せき込みながら鼻と口を手で覆った私が見たのは――


「が、骸骨がいこつのお化け!?」


 骨の人体模型のような手が土蜘蛛の巨体を鷲掴わしづかみにしている。その白い腕を追って見上げると、破壊された天井の穴から髑髏どくろが覗き込んでいた。

 特筆すべきはその大きさ。腹を切断されているとはいえ、体は二メートルを超えている土蜘蛛を掴んでいるのだ。この骸骨の体長は五十メートルを超えているだろう。


「わたしの結界を破ったの!?」


 タマモちゃんが驚きの声を上げる。

 伝説になるほどの土蜘蛛さえ破れなかった結界を、この髑髏どくろは簡単に壊してしまった。その妖力は計り知れない。


〈ありがてえ。助けてくれるってか?〉


 掴まれている土蜘蛛が引き上げられていく。


「逃がすかッ」


 私を放り出した川霧さんが高く飛び上がったが、右腕の刃が届く前に土蜘蛛と髑髏の姿が消えてしまった。陽炎のように消えたことから、住吉くんのように高速移動したわけではなさそうだ。


 着地した川霧さんは、巨大骸骨が開けた穴を見上げて舌を打つ。そして、頭を掻いた彼は――


「帰るぞ」


 短く言い放って出口へと歩いていく。

 右腕を刀身に変化させた影響なのだろう。彼のスーツは右腕だけ半袖になっている。


「え、と。崎守……桜香ちゃんだったよね。強盗犯はあそこに置いてあるから、回収よろしくね!」


 可愛いウインクを残したタマモちゃんと住吉くんが川霧さんの後を追う。


 いつの間にか、強盗犯は瓦礫から離れた所で寝かされていた。スレートや鉄柱が重なる山の中に取り残されたままならば、生存は見込めないと思っていただけに、私はホッと息をつく。


「――って、ホッとしている場合じゃないわ」


 彼らの先回りした私は両手を広げる。

 妖怪だろうが何だろうが、彼らは『警察官』を名乗っているのだ。こんな大事を起こしておいて、なぜ“帰る”なんて言えるのか。


「ちょっと待って。今のは何だったのかを説明してください!」


 声を張った私に、川霧さんがひと言。


「お前には関係ない」


 目も合わせずに横を通り抜けていく。


「か、関係ないって、そんなわけないじゃないですか! 工場をこんなにボロボロにしたんですよ!? 現場検証だって……」


「助けてやったのにとんだ言われようだ。ボロボロにしたのは『がしゃどくろ』であって、俺たちじゃない」


 川霧さんは振り返りもせずに出て行ってしまう。


 呆気にとられる私に、タマモちゃんが振り返った。


「あはは、ごめんね~。あの人はいつも不愛想なんだけど、今日は特に機嫌が悪いみたい。ずっと気絶してた強盗犯は何も見ていないだろうし、報告書はそっちにお任せするよ」


 言葉が出てこない私は取り残される――。


「ほ、報告書……なんて書けばいいんだろう……」


 私がそうつぶやけたのは、彼らがいなくなってから2、3分後だっただろうか。


 コンビニ強盗に遭遇し、犯人を追跡して廃工場までたどり着いた。ここまでは書くことができる。しかし、その後のことは……。

 頭が真っ白になっている私の耳に、応援に来たであろうパトカーのサイレンが聞こえてきた――。



 署に帰った私は、上司からキツイお叱りを受けた。

 勝手な判断で強盗犯を追跡した単独行動だけなら、厳重注意で済んだのかもしれない。だが、結果的にはミニパトを廃車にしただけでなく容疑者まで負傷させてしまった。強盗犯の怪我はたいしたことがないというのが、不幸中の幸いだった。しかし当然、私の処分は重いものになるだろう。


 報告書にはありのままを書いた。強盗犯を追って土蜘蛛と遭遇したこと、警察を名乗った川霧さんたちのことも……。


  「崎守。お前、病院に行って精密検査を受けてこい」


 呼び出された私は、自分の頭を指差す課長にそう言われた。

 まあ、予想通りの反応である。『妖怪』のことを信じてくれるわけがない。



 一週間後――。自宅謹慎をしていた私は、三度呼び出された。

 今度の相手は署長である。


 懲戒免職――そんな言葉が頭をよぎった。


 私の父は〝刑事〟をしていたらしい。けれども、私はそんな父を写真でしか知らない。私が母のお腹にいた時に、父は殉職してしまったからだ。

 そんな父の面影を求めるように警察官になった私は、憧れだった〝刑事〟を目標に頑張ってきた。その目標が終えるかもしれない……。涙を堪えるので精一杯だ。


「崎守巡査。急な話だが、明日付で警視庁刑事部独立特殊捜査班である特殊事件広域捜査室への移動を命じる」


「――はい?」


 想定外の辞令。私は頓狂とんきょうな声を出したが、署長はもっと不思議そうな顔をしている。


「崎守くんは……警視総監とお知り合いなのかな?」


「いえ、面識はないはずですけど……」


 質問の意味が解らない。


「いや、実はな。この辞令は警視総監直々の命だそうで……。巡査が刑事か……独立した特殊班だからいいのかな?」


 署長は独り言のようにつぶやく。


 本来、〝刑事〟になるのは〝巡査部長〟に昇進してからというのが普通である。そこから署長の推薦を受け、テストに合格してようやく刑事になることができるのだが……。

 私や署長だけでなく、誰が聞いても首をかしげてしまう辞令であろう。


「そういうことだから。まあ……がんばりなさい」


「は、はい!」


 苦笑いしかできなかった私たちの様子を思い出すと、今でも笑ってしまう。





 パソコンの電源を切った私は、再び背もたれに身を預ける。水をひと口飲むと、思っていた以上に喉が渇いていたことに気がついた。

 『土蜘蛛』と『がしゃどくろ』の行方はわからないままだ。いつかきっと、再び相対する時が来るだろう。


 スマホを手に取り時間を確認すると、深夜2時を過ぎたところ。明日も仕事があるので、そろそろ休むことにしよう。

 憧れだった刑事になれた。殉職してしまった父の代わりに、その生きざまに恥じないように、私はこれからも頑張っていくのだ――。





 床にいた桜香は、すぐにスヤスヤとした寝息を立てる。

 適量とはいえ歓迎会ではお酒を飲み、深夜までレポートを書いていたのだから当然だろう。


 月が雲に隠れたその時、そんな桜香の寝顔を見つめる妖しい影が現れた――。

 ミイラのようにやせ細り、生気を感じないソイツは人間の形をしているが人間ではない。窓の外にいるソイツは逆さまの姿勢で、カーテンの隙間からジッと彼女を見つめている。水分を失ったカサカサの長い髪が垂れ下がり、濁った瞳に桜香は映っていない。

 それでも、ソイツはまるで品定めをしているかのように桜香を見つめている。


 ヒュッと風が鳴った。


 それに反応したソイツは振り向くが、体を霧散させながら風に溶けていく。


か……」


 桜香の部屋を見上げ、そう言った川霧刃は舌を打った。

 その隣にはタマモが佇んでいる。


「やっぱり、あの時もわたしじゃなくて桜香ちゃんを見ていたんだ……」


 タマモがグッと奥歯を噛んだ。

 『手長足長』事件の時、タマモは後をつけてきた『』を公園で葬った。あの時は自分をつけてきたのか桜香をつけてきたのか正確な判断はできなかったのだが……どうやら、悪い方の予想が当たってしまったらしい。


「ジン。桜香ちゃん、大丈夫だよね? ちゃんと守ってあげられるよね?」


 友達を心配するタマモ。

 ジンはそれに答えることなくボサボサの髪を掻いた。


「まったく、厄介な事になったもんだ……」


 雲に隠れていた月が姿を現した。

 三日月ながらも、その柔らかい光は地上を照らす。


 建物や電柱の薄い影がつくられたが、その時にはもう、ふたりの姿はそこにはな

かった――。



□◆□◆

読んでくださり、ありがとうございました。

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