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ファイル4  『土蜘蛛』の怪 【④】

□◆□◆



 『土蜘蛛』――それは山中に巣を張っていたといわれる大蜘蛛の妖怪。古代、自分たちに従わない土着民を、朝廷は土蜘蛛と呼んで長きにわたってしいたげた。その時の怨念が〝蜘蛛〟の形に凝り固まって生まれたとされる妖怪……だったと思う。


 川霧刃さんと那須野玉藻ちゃん――。人間の姿をしているが、このふたりも妖怪なのだろう。

 腰まであるストレートヘアが良く似合うタマモちゃんは、いきなり大槌を出現させたり炎を操った。

 整った顔立ちを台無しにしている、寝癖頭の川霧刃さん。一見するとだらしない男性に見えてしまうが、土蜘蛛を見下ろしていた鋭い眼光は只者ではない。……というよりも、私を抱えて飛び上がったあの跳躍は人間技ではない。二本あった土蜘蛛の牙の一本を折ったのも彼にちがいないのだ。

 このふたりがどんな妖怪なのかは不明だが、少なくとも人間に危害を加えるたぐいではなさそうである。


 不明といえば、なぜあの二人は〝警察手帳〟を持っているのか。しかも、私が憧れている警察庁刑事部に所属する巡査部長って……。



「おとなしく待ってるなんて、そんなこと出来るわけないじゃない……」


 川霧さんに「土蜘蛛は俺たちが狩る。お前はここでおとなしく待っていろ」と、目も合わさないまま冷たい口調で言われたけど、そういうわけにはいかない。けれど、ついて行くと言った私の言葉はあっさりと却下されてしまった。

 警察は階級による縦社会である。命令されればそれは絶対であるのだが――


「蜘蛛の妖怪退治じゃなくて、私は強盗犯が心配なの!」


 私はひとり、廃工場のなかをまわって『土蜘蛛』に連れ去られてしまった強盗犯を探している。なんの工場だったのかはわからないが、多くの配管が行き交い、大小様々なタンクがあるので身を隠すのには都合がよい。


「おいおい、そんな理由で単独行動してるわけ?」


 そんなあきれたようなうな声に、私は少しだけムッとなった。


「そうよ。人命救助は警察官の職務だもの」


 たとえ強盗犯といえども、土蜘蛛に殺されるかもしれないのなら救出しなければならない。命を守るのも警察官の大切な職務な……の……だ?


「だ、誰!?」


 考えを中断させて声のした方を振り返る。しかしそこには誰もいない――。


 声の言う通り、今の私は単独行動をしている。探しているのは凶悪な妖怪である土蜘蛛。そんな相手だからこそ建物の壁や放置されているドラム缶などで身を隠しながら進み、周囲の警戒は怠っていないはずだったのだが……。


「強盗犯のためなんて、土蜘蛛をナメてるとしか思えないわけ。悪いこと言わないからさ、さっきいた場所に戻っておとなしくしてなよ」


 上から聞こえた声に見上げてみれば、そこにはスーツ姿の……男の子……じゃなくて、とても小さな若者がいた。どのくらい小さいかといえば、四メートルほどの頭上、建物から建物へと続いている直径15cmほどの配管に座っているくらい小さい。人間でないことは明らかだ。


「あなたは?」


「俺は住吉すみよし創志そうし。ジンさんやタマモと同じ、〝特殊事件広域捜査室〟の捜査員なわけ」


 住吉創志と名乗った小さい人が、内ポケットから警察手帳らしきものを取り出してきたけれど……。


「そんなの小さくて見えないですよ……」


 身長は約三~五センチメートルで、手のなかにある手帳はもっと小さい。残念ながらその文字を読み取ることは出来ないのだ。

 とっても怪しいけれど、警官を名乗っているし悪い妖怪にもみえない。


「特殊事件広域捜査室って……なんですか?」


 本庁には事件の性質に対応すべく様々な部署が存在しているが、そんな部署は聞いたことがない。あるいは、所轄の私が知らないだけなのかも……。


「主に、妖怪が絡んでいる事件を捜査する部署なわけ。妖怪が人間に危害を加えた場合、普通の警察官が対処するのは難しいでしょ? そんな事件が起きた時に出張でばるのが俺たちの仕事ってわけ」


「そ、それって……」


 自分でも驚いているのがわかった。今の説明が本当ならば、警察が……いや、この国が正式に妖怪の存在を認めたことになるのではないだろうか?

 幼い頃から、人間に見えないよう〝姿を消そうと気を配っている妖怪〟をも見ることが出来ていた私には身近な存在であるが、普通の人たちはそうではない。昔話や伝承として耳にすることはあっても、彼らはあくまでも架空の生物なのだ。

 どういうことなのかと、話の続きを聞きたいと思ったその時、少し離れた建物から大きな崩壊音が響いた。


 住吉くんが配管の上で立ち上がる。


「うそだろ……ジンさんたちが苦戦してる?」


 灰色の粉塵が煙のように上がっている建物。そちらを向く表情が険しくなっているように見える。


「あ、ちょっと……!」


 私は向こうへ行こうとする住吉さんに声をかけたのだが、配管を蹴った彼の姿を見失ってしまう。

 目を凝らして探してみるが見つけることが出来ない。どうやら、姿を消そうとしているわけではなく、まさに目にも止まらない高速移動をしたらしい。


「あそこに土蜘蛛がいるの?……だったら、強盗犯もいるはずよね」


 私の足も、自然と粉塵漏れる建物へと向いていた――。





 ――――死の臭い。


 まだ粉塵が薄く残っている建物。そこへ来た私が錆びついたドアを開けた時、そんな空気を感じた。


 短い通路を通り、半開きになっている二つ目のドアを開けると、そこには広い空間があった。

 倉庫として使われていたのだろうか? それとも、なにかのプラントが設置されていたのだろうか……? どちらにしても今は荷物も設備もなく、代わりにあるのは――


「これって……蜘蛛クモの巣?」


 とても広い空間に、白い帯のようなモノが蜘蛛の巣状に張り巡らされていた。そして、その大きな巣の中心から少し離れた柱の傍にはあの土蜘蛛がいる。

 慌てて壁際に身を隠し、そっと覗いた私は見てしまう。


「か、川霧さん!?」


と、叫んでしまいそうになった口を押えた。


 川霧刃巡査部長が土蜘蛛に捕らわれている。帯のような糸で、彼は黒いスーツが見えないくらいに巻かれており、苦悶の表情を見せている。その近くではタマモちゃんも同様に拘束され、うつむきながら蜘蛛の巣に引っ掛かっていた。


「なにが“土蜘蛛は俺たちが狩る”よ。自分も捕まってるじゃない」


 内心でそう囁いたが、彼らも含めてこのままにはしておけない。幸い……と言っていいものか、まだ誰も死んではいないようである。蜘蛛の巣の中央では強盗犯が糸に巻かれているが、目蓋がピクピクと動いているのでまだ生きているのだろう。


 私よりも早くここにたどり着いているはずの住吉くんの姿は見当たらない。どこかで救出の機会をうかがっているのだろうか?



 土蜘蛛が勝ち誇ったように笑う。聞くだけで気分が悪くなる声だ。


〈お前がどんな妖怪なのかは知らないが、オレを相手にするには妖力チカラが足りなかったな〉


「ぐぁッ!」


 空間に響いた短い絶叫に、私は前へと出てしまった。川霧さんが土蜘蛛の鋭い爪で腹部を刺されてしまったのだ。そして思わず――


「やめなさいッ! それ以上やると、ただじゃおかないわよ!」


そんな勇敢な声を響かせていた。


 ああ……、私は何を言っているのだろう……。と思った時にはもう遅かった。


〈また会ったな人間。オレをどうするって? お前にオレが倒せるとでも? それとも、わざわざ喰われにきたのかな?〉


 馬鹿にした表情でノドを鳴らす土蜘蛛に何も言い返せない。


 私には普通の人にはない特異な能力はあるが、それ以外は普通の人間である。まともに妖怪と戦えるようなチカラがあるわけじゃないのに……。それでも、こうなってしまったからには何か打開策を見つけなければならない。


 ・・・・。ダメだ……何も思いつかない……。今の私に出来るのは、自分を鼓舞するように土蜘蛛を睨み返すことだけだった。



□◆□◆

 読んでくださり、ありがとうございました。

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