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ファイル4  『土蜘蛛』の怪 【③】

□◆□◆



 頭を振った大蜘蛛が私たちを見上げてくる。

 怒りに満ちたその顔のクチ、二本あった半円の牙が一本しかない。


〈なんだお前はぁぁぁ……。いきなりなにしやがるッ!〉


 叫んだ大蜘蛛の、口もとにある穴から飛び出した白い糸の束が向かってきた。その狙いは正確で、落下途中の私たちを確実に捉えている。


 彼は私を左ワキに抱え直すと、迫って来た糸を右手でなぎ払った。


〈やるな人間ッ! それならば……〉


 大蜘蛛の巨体が霞んでいく――。強盗犯の黄色い軽自動車が接触した壁はコイツだったのだ。その姿は一般の人たちには見えなくなっているのだろう。でも私の目は、おぼろげながらもその姿を捉え続けている。


「右よ! 右に動いたわ!」


 私は大蜘蛛が動いた方向を指差した。

 ワキに抱えられたままなので、地に足がついていない私はバランスを崩してしまう。この時の自分を客観的に見ていたら、なんとも情けない姿だったに違いない。


〈なに!? 女ッ、オレの姿が見えるというのか!?〉


 人間には見えないように気を配っているはずの大蜘蛛が、驚きながらも再び糸の束を飛ばしてきた。


「なにしてるの!? 糸が来てるんだから避けなきゃ!」


 私は動かない彼に声をかける。


「ピーピーうるさい女だ。少し黙ってろ」


 ……こんな返答をされました。大蜘蛛を探す様子はなくジっとあの巨体の方を見ているのだから、彼にもアイツが見えているに違いない。ならば、なぜ動かないのか?

 絶句した私がそんなことを思った次の瞬間――。


「かえんほうしゃ~!」


 子供の声と同時に炎が視界を横切った。それは迫っていた糸を焼き尽くし、大蜘蛛へと向かっていく。


〈チッ、また変なのが出てきやがった!〉


 大蜘蛛は高く飛び上がってそれを避ける。巨体とは思えない俊敏性だ。


「ジン! ナンパなんかしてないで、ちゃんと働かなきゃダメでしょ!」


 可愛い声で彼を『ジン』と呼び、駆け寄ってきたのは小学三・四年生くらいの子供だった。髪の毛が長く目がクリっとした女の子だ。


「ちゃんと働いていないのはタマモだろ」


 ジンは彼女を『タマモ』と呼び、呆れたような息を吐く。


〈お前ら……いったい何者だァァァッ!〉


 霞がかった姿を解き、ミニパトと黄色い軽自動車の間に降りた大蜘蛛が糸を出した。その糸をミニパトに絡ませると、信じられないことに車を振り回し、私たちへと叩きつけてくる。


「わ、わたしはちゃんと働いてるもん! 見てなさいよ~……」


 タマモちゃんは、どこからともなく出現させた大槌おおづちを手にすると、


「ピコピコハンマーでピッチャー返しだ!」


大きく振りかぶってミニパトを打ち返す。

 今はどうでもよいことなんだけど、大槌に「ピコっ」と鳴るモノがついていないのを、言うべきなのかどうか気になってしまった……。


 大蜘蛛は自分へと打ち返されたミニパトを脚で弾くと、今度は十数本の糸の束を撃ち出してきた。両端が槍のように先端が尖っているそれが彼女へ迫る。

 タマモちゃんは長い柄の真ん中を握り、大槌を扇風機の羽のように回転させた。その〝槍〟は大槌に触れたとたん、固く鈍い音を出して弾かれる。


「そんなのムダムダ――あ、マズイ……」


 ほとんどの槍を弾いたのだが、そのうちの一本が回転する大槌を通り抜けた。その先には私たちがいる――。


「誰が働いてるって?」


 ジンは難なく右手で槍を受け止めると、それを大蜘蛛へと投げ返した。まるで弾丸のように速く飛んだ槍が、大蜘蛛の右眼に突き刺さった。


 絶叫を上げた大蜘蛛は、私たち――というより、主にジンとタマモちゃんを交互に睨む。


〈腹が減ってチカラが足りないに違いねえ。そうでなきゃ、こんなヤツラに……〉


 そう呻った大蜘蛛が、足元にいる彼に気付いてしまった。


〈なんだ。こんなところにえさがいるじゃないか〉


 それは強盗犯のことである。大蜘蛛は気絶をしている彼に糸を絡ませると、黄色の軽自動車から引きずり出した。


 待ちなさい! の声を上げる間もなく、大蜘蛛が離脱していく。


「逃がしてやるわけないでしょ!」


 タマモちゃんが後を追うが、大蜘蛛は尻部から玉を撃ち出した。空中で広がった玉は蜘蛛の巣のような網となる。


「こんなモノっ!」


 タマモちゃんは大槌を振る。しかしその網は大槌にへばりつき、彼女の身体にも絡んでいった。

 この隙と言わんばかりに、大蜘蛛は廃工場の中へと姿を消してしまう。


「もぉ~ッ、こんなベタベタしたのいらない! これだから『土蜘蛛』の相手は嫌だって言ったのにぃぃぃ!」


 イラ立つタマモちゃんが張り付いた糸を取り除く。


 この間、私はことの成り行きをただ見ていたわけではない。


「いい加減に放してください! あの『妖怪』の後を追わないと!」


 強盗犯とはいえ、あの若い男性を救うべく『土蜘蛛』の後を追おうとしているのだが、ジンが私を抱えたまま放してくれないのだ。


 ボサボサ頭を掻いたジンが面倒くさそうに私を見た。


「お前、姿を消そうとする妖怪まで〝見える〟タイプの人間だった――のか……」


 私と目が合ったとたん、彼は驚きの表情を見せる。なんだろう? と思ったが、今はそれどころではない。


「今はそんなのどうでもいいでしょ! 早く放してくださ――きゃ!」


 抗議が終わる前に私は解放された――というより、落とされた……。


「痛った~……」


 私は打ちつけたヒザを擦りながら立ち上がると、土蜘蛛が逃げていった方へと走り出す。


「あぶないッ、止まって!」


 タマモちゃんがそう叫ぶ。


 私に向かって言ったのだということは判ったが、急に止まれと言われても止まれるわけがない。そんな時、私の首に何かが触れた気がした――。


「まあ、そう慌てるな」


 首にちょっとした熱さを感じた次の瞬間、私は後ろから呼び止めてきたジンに襟を掴まれて勢いよく引き倒された。


「いきなり何をするんですかッ!」


 四・五回せき込んだ私は今度こそ強く抗議するが、彼の目は冷ややかだった。


「死ぬよりはマシだろ? 自分の首を触ってみろ」


 その冷たさに圧倒されながら首を触るとヌルっとした感触があった。手についていたのは赤い血――どうやら、首が少し切れてしまったらしい。


「よく周りを見てみろ。土蜘蛛が放った置き土産があるだろ」


 そう言われた私は注意深く自分の周りを見てみる。すると、ワイヤーよりも細い糸に囲まれていることに気がついた。


「これは……」


 ボールペンで触れてみると、何の抵抗もなく切断されてしまった。

 もし彼が止めてくれなかったら……。落ちたボールペンではなく、私の首が切断されていたに違いない。そう思うと血の気が引いた。


「タマモの炎を避けた時、土蜘蛛がこちらの動きを封じるために放ったものだ」


「だから、私を放さなかったんですか?」


「下手に動かれると迷惑だからな。特殊な状態の妖怪が見えるとはいえ、少しは自分の力量をわきまえろ」


 言い返したい……けれど、何も言えなかった。彼の言う通り、私は迷惑にしかなっていなかったのだから。


「まあまあ。そんなに気落ちしなくてもいいよ。同じ警察官なんだからさ、仲良くしようよ」


 タマモちゃんがワイヤーのような糸を炎で焼きながら微笑んでくる。


「なにが仲良くだ。タマモがちゃんと結界を張っていれば、こんなヤツらが入ってくることもなかったんだぞ」


 こんなヤツらというのは――やっぱり私と強盗犯のことなんだろうな……。ん?


「結界はちゃんと張ったよ! でもさ、張り終わる前にこの人たちがわき道に入ってきちゃったんだもん。廃工場だけを囲む、二つ目の結界も間に合わなかっただけだい。わたしはがんばったんだからね!」


 タマモちゃんが口をとがらせている。この途切れた間に、私は今思った疑問を放り込んでみた。


「ねえキミ。いま、“同じ警察官”って言った?」


 私の解釈が正しければ、彼女も彼も『警察官』ということになるのだが……。


「むむ、疑ってるな~。それなら――」


 タマモちゃんは首から下がっているポーチをあさり、黒い手帳を取り出した。


「これでどうだ!」


 印籠のように掲げたそれは、警察手帳に間違いない。


「ほら、ジンも出しなさい」


 彼女はジンにとびつき、懐から彼の警察手帳を取り出して広げた。


 川霧刃に那須野玉藻、その所属は――。


「け、警視庁刑事部!?」


 私は我が目を疑う。

 警視庁刑事部といえばエリート集団である。〝刑事〟に憧れている私にとっては雲の上の存在だった。


□◆□◆

 読んでくださり、ありがとうございました。

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