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ファイル4  『土蜘蛛』の怪 【①】 ~桜香の回想・最初の事件~

□◆□◆



 警視庁刑事部独立特殊捜査班――特殊事件広域捜査室。私、崎守桜香がここへ配属されて一ヶ月が過ぎた。近年、全国で続発している『原因不明』・『正体不明』の事件の捜査を主な職務とするのがこの部署である。

 優秀な捜査員を集結しても解決できない『事件』を、警察内部では――


   〝あやかし〟


――航行中の船を難破させたり動かなくさせたりする原因不明のものを、捜査の行き詰まりに例えてそう呼んでいた。

 この部署は、それに業を煮やしたとされる警視総監の鶴の一声で発足した。管轄にとらわれることなく捜査することが出来るのが特記すべき特徴である。しかし、警視総監が直々に集めた人材とはいえ、素性のよくわからない者達への薄気味悪さや反感は強い。それ故に警察内部では、皮肉を込めて『妖部屋』と呼んでいる者達がいるそうだ。

 それでも、今の私にとっては『妖部屋』と呼ぶ方がしっくりくる――そう言ったら怒られてしまうのかな?

 配属後に私が担当して解決に至った事件は三件。それは〝万引き〟や〝傷害〟それと……〝痴漢容疑?〟(これは数えなくていいかもしれない)である。

 この三件全てに共通していたのが“人で非ざる者たち”……はっきり言ってしまえば、『妖怪』が関係していた事件であった。

 一件目――『手長足長』

 二件目――『幽霊』

 三件目?――『河童』


 『妖怪』というのはそれほど珍しい存在ではないのだが、彼らの多くが人間との直接的な接触を避けているのでなかなか出会う事はない。しかし、私は幼い頃から人間には見えないように〝姿を消している〟妖怪を見ることが出来た。そのほとんどはホラー映画に出てくる幽霊のように、半透明で霞がかって見えることが多いのだけれど、稀にはっきりと見える場合もある。

 この変な能力のせいで嫌な事はたくさんあった。でも、嬉しいことや楽しいこともあった。なにより、私の念願だった刑事になれたのもこの能力のおかげだと考えれば感謝しなければいけないのかもしれない。


 なぜ、改めてこんな話をファイルに記すのか……。それは、私が『妖部屋』に配属されるキッカケとなった出来事があるからである。

 刑事になる前の事だから、記す必要はないと思っていたのだけれど……。昨日、私は安那さんにその『出来事』について訊ねられた。それに答えているうちに、正式な文書ではないが、やはり記憶だけではなく記録として残しておこうと思い立ち、私は自室の机に向かい、こうしてパソコンのキーボードを叩いている。


「ふう……」


 手を止めた私は、パソコンの横に置いてあるグラスを掴んだ。揺れた透明の液体がこぼれないようバランスを保ちながら口をつける。

 のどを通った液体が全身に行き渡るような感覚に、背もたれに身を預けながら少しだけ酔いしれた。とはいっても、グラスに入っているのは水。昨日はお酒を飲み過ぎてしまったので、今は冷たくて味のないお水が一番おいしく感じる。


「昨日……で、合ってるよね?」


 机に伏せてあるスマホを手に取って時間を確認。

  〝0:34〟

 うん。日付が変わっているから昨日で間違いない。


 再びキーボードに手を置いた私は、あの出来事をどのように記すのかを整理するため、『昨日』の会話を思い出す――。




 店員さんが、個室のなっている座敷に飲み物を運んできてくれた。


「それではもう一度。桜香ちゃんの配属に、かんぱ~い!」


 タマモちゃんが、手渡されたグラスを元気よく持ち上げる。隣に座っている私はきっと、“しかたない”という顔をしてそれに付き合っていたと思う。


「か、かんぱ~い……。タマモちゃん。気持ちはうれしいけど、もういいんじゃないかな」


「そう? これ飲んだらもう一回やりたいんだけど」


 炭酸が入った緑色のジュースを、タマモちゃんは一気に半分飲んだ。


「でも、もう六回目の乾杯だよ?」


「まだまだ足りないよ。なんたって、今日は桜香ちゃんの歓迎会なんだから!」


 満面の笑顔で答えたタマモちゃんに、私は困った笑顔を返していたに違いない。


 ここはとある居酒屋さん。

 『今日』は〝崎守桜香の歓迎会〟ということで、代田五郎室長がこういう場を設けてくれた。

 私が『妖部屋』に配属になった時、ふたりの捜査員が出張していた。


  「本当はすぐにでも歓迎会を行いたいのですが、全員そろっている方が

  良いと思いまして……。待ってもらっても構いませんか?」


 申し訳なさそうな代田室長に、私は快く了承した。そういう場を設けてくれる気持ちだけでも嬉しかったのだ。



 『妖部屋』の捜査員は、私以外の全員が『妖怪』で構成されている。


 私の二つ隣で、山森捜査員と熱燗あつかんを交わし合っているのが代田五郎室長。いつもニコニコしていてメタボなお腹を気にする50歳を過ぎたのオジサン。――に見えるけれど、その正体は『ダイダラボッチ』。

 足跡が湖沼になったとか、山を作ったという伝説を持つ心優しい巨人の妖怪。


 その向かいでお酒を飲んでいるのが山森からす捜査員。トレードマークのように着ている茶色のスーツはいつもシワだらけで、その格好と五十歳くらいの見た目は、まるでTVドラマに出てくるやり手のベテラン刑事のようである。

 山森さんも妖怪で、その正体は『烏天狗』。背中に黒い翼を持ち、大きな扇を使って突風を巻き起こす。現場捜査員のなかでは一番落ち着いていて、代田室長を家に例えるなら、山森さんはお父さんという感じかもしれない。



「う~ん……もう飲めないわけ……」


 壁に向かって横になり、寝言を言ったのは住吉創志捜査員。口癖なのだろうか? 語尾が「~なわけ」になる事が多い彼の年齢は私と同じくらいに見える。――けれども、その言動は出来の悪い弟のように見えてしまう。

 その彼もやはり妖怪。その正体はなんと、あの『一寸法師』なのだという。〝御伽草子〟という物語があることを知らない人はいるかもしれないが、そのなかに登場する小人の主人公のことは多くの人が知っているだろう。腰につけた、キーホルダーにしか見えない〝打ち出の小づち〟を使えば身体の伸縮を自在に行える。ただし、本来の大きさ以上には出来ないらしい。



「スンくん、それって嫌味なの!?」


 ピコンという可愛い音がした。タマモちゃんが、愛用しているピコピコハンマーで住吉くんを叩いたのだ。


「わたしなんて、何千年も生きてるのに飲ませてもらえないんだよ!」


 そう不満を漏らすが当然である。さすがに、子供の姿をしている彼女にお酒を飲ませるわけにはいかない。


 タマモちゃんは那須野なすの玉藻たまもと名乗っている。腰まである長いストレートヘアが自慢で、抱きつくと子供特有のいい匂いがする私のお友達である。

 見た目は〝小学生〟にしか見えないタマモちゃんなんだけど、その正体は『九尾の狐』。古代ではいくつもの国を滅亡に導いてきたとされる伝説の大妖怪なのだそうだ。



 ねるタマモちゃんに、安那さんがため息をついた。


「お姉さまが“子供の姿が一番楽なんだもん”って強情を張るからじゃありませんか。なんなら、今からでも大人の姿になればよろしいのに」


「強情じゃないもん! 安那が“身体が大きくなっても胸は小さいままですのね”ってバカにしてくるからでしょ! それに今から大人の姿になっても、着る服なんて持ってないよ~」


「だったら、我慢するしかありませんわね」


「ううぅ……」


 安那さんは、恨みがましいタマモちゃんの視線を、ウーロンハイに口をつけながらしれっとかわす。


 妖怪が人間に化ける時には、当人の精神年齢が関係しているそうだ。

 例えば、何千年も生きているというタマモちゃんが小学生のような見た目をしているのも、〝人間の年齢に置き換えた場合の見た目〟に化けるのが一番楽なのだという。――という事は、どれだけ長く生きていても、タマモちゃんの心は純粋な子供に近いのだろう。

 身体は人間に化けることが出来ても着る服は自分で調達しなくてはならない。この場で大人の姿になっても、タマモちゃんは裸でお酒を飲むことになってしまう。そんな姿は見たくない……。



「桜香さん。お注ぎしてもよろしいですか?」


 向かいに座っていた安那さんが、ビール瓶を持って隣にやって来た。


「あ、はい。いただきます……」


 私は残っていたビールを飲み干してコップを傾ける。

 トクトク……注がれるビールの炭酸が泡となって上昇。安那さんが絶妙のタイミングで注ぎを止めると、泡は水平に戻したコップのふちで見事に止まった。


「――ふう。なんだか、今日はお酒がすすんじゃいます」


 見た目にもおいしそうなビールを一気に飲み干すと、安那さんは嬉しそうに微笑んでいた。



 私よりも少し年上に見える葛葉くずのは安那やすなさん。プロポーションが抜群で、羨ましくなってしまうほどの美人である。けれど、その色気というか……柔らかくて大きな胸を武器に、男女問わずからかってくるのが彼女の悪いクセなのかもしれない。

 安那さんの正体は『白狐』という狐の妖怪。驚くことに、陰陽師で有名な〝安倍晴明〟のお母さんなのだという。ちなみに〝安那〟というのは、むかし恋に落ちた武士、〝安倍あべの保名やすな〟の読み名を使っているのだという。

 遠い昔に恋した男性の名前を取り入れるなんて、なんともロマンチックな話である。



「桜香さんも大変な目に合われたんですね」


 再び注いでくれる安那さんに言われたひと言。

 それが何を意味しているのかはすぐに解った。


「ええ。まあ……」


 ビールを半分飲んだ私の視線は、自然とある男性の方へと向かっていた。


 出し巻き卵を箸でつつくその人の名は川霧かわぎりじん。見た目年齢は私と安那さんのあいだくらい。身長も高くてものすごくかっこいいのに、いつも眠そうな目と寝癖のようなボサボサ頭のせいでその魅力は半減してしまっている。

 いざという時には頼りになるし、根は優しい人なんだろうけれど……。不愛想に加えて口も悪いというやっかいな人だ。

 彼の正体は『かまいたち』だと代田室長に紹介されたが、本人の口から聞いたわけではなかった。


 私が交通課にいた時に彼と出会い、おそらくその時に巻き込まれた事件がキッカケとなって私は『特殊事件広域捜査室』に配属されたのだろう。

 今思い出しても身震いするその事件も、やはり妖怪が巻き起こしたものだった。


 川霧さんが出し巻き卵を箸で三等分にするのを見ながら、私はその事件を思い返していた。そう、あの恐ろしい『土蜘蛛』という妖怪のことを――。



□◆□◆

 読んでくださり ありがとうございました。


 この『怪』は桜香の視点で進んでいきます。いつもと違う書き方をしているので、さらに読みづらくなっているかもしれませんが、最後までお付き合いください。


 申し訳ありませんが、相変わらずののんびり更新となってしまいます。お許しくださいm(__)m

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