ファイル3 『河童』の怪 【⑤】
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桜香たちは派出所に戻ってきている。戻ろうと言い出したのは桜香だった。
光男が姿を消してから数日経つが、いまだその行方はわかっていない。
しかし田処巡査は――
「もう一度、その辺を見回ってやるかな」
パトロールついでに家出をしたという村の若者を探すと言っていた。
この辺りの村は年寄りが多く若者が少ない。そんな村に、数日間も行方がしれない若者が二人もいるのは考えにくかった。十中八九、田処が探す若者とは光男のことで間違いないだろう。
桜香は、彼が何かしらの情報を持ち帰ってくるかもしれないと思ったのだ。
「それにしても、あいつはいつまでああなんだ?」
呆れたような山森のつぶやきに、長椅子に座っている桜香と河童が部屋の奥へ目を向けた。そこには、壁にもたれながら膝を抱えている溝淵がいる。
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派出所へ戻る時に気絶をしていた溝淵を起こしたのだが、彼は河童を見るなり傍にいた安那に抱きついた。
「あん。こんなに強く抱きしめられたのは久しぶりだわ」
そう安那はからかうが、怯える溝淵はそれどころではない。そこまで怖がらなくても……と言いたげな河童の視線から逃れようと必死だった。
「さ 崎守刑事、そいつから離れてください! か 咬まれますよ!」
河童の傍にいる桜香を心配してか、手首を振って「シッ! シッ!」と野良犬を追い払うようなしぐさが面白いらしく、タマモと住吉はお腹を抱えて笑う。
「俺は咬みついたりしないんだけど……」
困った河童のつぶやきが印象的だった――。
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「桜香ちゃん、おじいちゃんが戻ってきたよ」
外にいるタマモに呼ばれ、桜香は長椅子から立ち上がった。
「ほんとうに、大丈夫なんですかね。俺を見て驚いちまうんじゃ……」
隣に座っていた河童が心配そうに見上げてくるが、
「たぶん大丈夫ですよ。まあ、驚くとは思いますけどね」
桜香は微笑みを返して外へ出る。
大きく手を振るタマモが見つめる先には、自転車に乗って帰ってくる田処巡査の姿があった。
◇
派出所へ入る前、田処には河童がやった事件について一応の説明をした。
――子供じみたことをおっしゃる――そう笑われてしまうかと心配だった桜香であったが、
「ほうほう、そうですか。河童が来ているなら、ぜひ見てみたい!」
彼は少年のように目を輝かせて派出所へと入っていった。
そんな田処が、警帽を脱ぎながら目を丸くする。
「こりゃあたまげたな~。お前さん、本当に河童かい?」
訊ねられた河童は、少し恥ずかしそうに「はい」と答えた。
無防備に河童へと近づく田処へ、溝淵が声をあげる。
「げ 源さん危ないぞ、咬みつかれるかもしれない!」
「? 和生。なんでそんなところにいるんだ?」
部屋の奥の隅で、膝を抱えている溝淵を見た田処が首を傾げた。とはいっても、その表情はあきらかに笑っている。真っ青な顔で震えている溝淵が可笑しくて仕方ないらしい。
「俺、人間に咬みついたりなんてしないんだけどな……」
河童も溝淵へ目を向ける。何度同じ事を言ったのだろうと、その顔は少々呆れ気味だ。
「わわわ! た 頼むからこっちを見ないでくれぇ~」
目が合った溝淵があわてて顔を背ける。その様子に桜香たちは肩をすくめたが、田処は大きな声で笑う。
「よかった……」
桜香は、楽しそうな田処に胸を撫で下ろした。
『手長足長』の時もそうだったが、ある程度の年齢を重ねた人達にとって妖怪というのは、昔話などでよく聞いていた馴染みのある存在なのだろう。しかも、今回は地元で言い伝えられる『河童』である。その存在を信じているような口ぶりだった田処ならば、溝淵ほど大騒ぎしないだろうと思っていたのだ。
「あ あんた、人間なのに……俺が怖くないのか?」
田処は不思議そうな顔をする河童へ微笑む。
「実はな、ワシはあんたの姿を見たことがあるんじゃよ。まあ、当時ワシはまだ子供だったから何十年も前のことだし、見たのもほんの一瞬だ。あんたはスグに消えて見えなくなっちまったからのう」
「あ~、たまにいるねそういう子供」
タマモがぽんっと手を叩いた。
「タマモちゃん?」
不思議そうな顔をする桜香。
「理屈はわかんないけどさ、子供には〝姿を消そうと気を配っている〟妖怪が見えちゃうことがあるみたい。さっき話してくれた『からかさお化け』とも、桜香ちゃんがそういう子供だったから仲良くなれたんだろうね!」
タマモは親指を立てて――
「桜香ちゃんみたいに、大人になっても〝みる〟ことが出来るのはすごく稀な事なんだよ」
そう付け加えた。
田処が河童の隣に座る。
「しかしお前さんも大変だな。光男に皿を盗られちまったんだって?」
「恥ずかしながら……」
河童はバツが悪そうに皿のない頭を掻いた。
田処が腕を組む。
「もし光男が河童の妖力を使ったのだとしたら、あれは光男がやったことだったのかもしれんな……」
「え゛。光男ってやつは、もう河童の妖力を使っちまってるわけ!?」
住吉が頭を抱え、山森も「あ~ぁ」とチカラなく呻いた。
「先週の……というか、四日前なんですがね、商店街の近くで3台のバイクが川に落ちたんだろうっていう事故がありまして……」
「落ちたん だろう?」
はっきりしない田処の言い回しに桜香が反応する。
「人もバイクも水浸しだったんで。それに、あいつらは夜な夜なこの辺りを爆音で走り回る悪ガキどもでしてね。妙なことを言って事故を誤魔化しているのだと、誰もまともに取り合わんかったんですわ」
それを聞いた安那が、
「日頃の行いが悪いとそうなっちゃうんですよね」
ウンウンと頷く。桜香も同感だ。
「それで、妙なことって? その人たちはなんて言ってたんですか?」
「バケモノみたいな奴に、大きな水の塊をぶつけられたんだと……」
「あらら、決まりじゃないですか。ねえ桜香さん」
「そうですね。それが光男くんで間違いないでしょう」
妖力が足りていなかったものの、河童も桜香たちに同じような事をしてきた。
“ある奴らを懲らしめるために、その皿を貸してほしい”と言った光男。その標的は爆音バイクの三人組だったのだろう。
「おじいちゃん。光男くんは見つかったの?」
タマモが田処に訊ねた。彼が探すと言っていた村の若者が光男であるという事は派出所の外で確認してある。
「それがなあ、やっぱり商店街の方にはいないみたいなんだ――」
“おじいちゃん”と言われても、田処は嫌な顔一つせずに答える。やはり孫のようなタマモが可愛くて仕方がないのだろう。
「村にも戻っていないぞ。俺は何度も村中を探したんだから」
と河童。
「――となると、あとは山の中しかないな……」
「でも、山の中は河童の縄張りなわけ。とっくに探しきってるでしょ?」
住吉に言われて、河童は「あっ」と声を出した。
「もしかして、山の中は探してないのか?」
腕を組む山森へ河童は頷く。まだ妖力を使っていないことを前提に探していた河童にとって、自分が住んでいる山の中に隠れているというのは想定していなかったらしい。
「灯台下暗しってやつね。それならみんなで手分けして……」
「まあ待ちなさい――」
安那の提案を遮る田処。
「――光男が山の中にいるのなら、隠れられる場所は限られとります。昔、マタギの連中が使っていた小屋があるので、そこから行ってみたらどうじゃろうか」
「マタギ?」
聞きなれない言葉に、桜香は首を傾げた。
「はは。崎守刑事のような若い方には馴染みがないでしょうが、昔は熊から村を護るための〝マタギ〟という連中がおりましてな。山の中には、そいつらが使っていた小屋がまだ残っておりますのじゃ」
笑顔で教えてくれた田処。
他に探すあてのない桜香たちは、最初にその小屋まで行ってみることにした。
◇
田処と溝淵を派出所に残し、桜香たちは山の中を歩いている。
だいぶ西日になったオレンジ色の空。木々が屋根となっている山の中も少しずつ薄暗くなってきた。
整備されているわけもない山中を歩く桜香たち。その中で、河童と並んで先頭を少しうつむきながら歩く桜香の息だけが上がっている。体力には自信のある彼女だが、やはりこれが『妖怪』と『人間』の差ということなのだろうか。
どこからか水の音が聞こえた時、顔を上げた桜香の目にマタギが使っていたという小屋が映った。
「どうしたんですか?」
小屋まであと少しというところで、桜香は急に立ち止まったタマモたちへと振り返る。
「いるね」
そうつぶやいたタマモに安那も頷く。
「ええ。いますわね」
「いるって、光男くんがですか?」
「河童と同じ妖気を感じるからね。あそこにいないわけがないわけ」
住吉が答えて小屋を指差した。
桜香が小屋の引き戸をノックしたが返事はない。開こうとしたのだが――どうやら内側から閂がかけられているらしい。
「おい光男、いるんだろ? 開けてくれよ!」
河童が声をかけると、
「み ミドか!?」
中から物音と一緒に若い男の声が返ってきた。
「ミドってなに?」
タマモの素朴な疑問。
「あ 『ミド』ってのは、光男が子供の時に付けた俺のあだ名なんだ。体が緑色をしているから『ミド』って付けたらしくて、“河童って呼ぶより仲良くなれる気がするね”ってそりゃあ可愛い笑顔で……」
当時を思い出しているのだろう。説明する河童が綻んでいる。
閂を外しているのか、ガタガタと慌ただしく引き戸が動く。そして開かれた戸から、高校生にしては身体の小さな光男が飛び出してきた。
「ミドぉぉぉ! 助けてくれよぉぉぉ!」
泣きながら河童にしがみつく彼に、桜香たちは声をかけることが出来ないまま僅かに顔を背けた。
木々の隙間から漏れてくる西日。
その柔らかな日差しを受け、彼の頭が――――
「うわ……。人間が、河童になったみたい……」
タマモのつぶやき。その言葉通り、光男の頭には麦わら帽子の〝つば〟だけを残したような円盤が装着されており、髪の毛を失ったその頭頂部がキラリとまぶしいくらいに輝いている。
「ねえ河童さん。アレがお皿なの?」
安那が疑問を口にした。それは想像していたような『お皿』ではなかったのだ。もし帽子のような役目を兼ねているのだとしても、〝つば〟が短いので十分に日差しを遮ってくれるとも思えない。
「それはな、俺たちの皿はお前たちが思っているようなモノじゃなくて……」
「うるさいッ! 誰が『シャンプーハットのてっぺんハゲ』だ!」
説明しようとした河童の声を、立ち上がった光男の怒声が遮った。
「あら。私、そんなこと言ってませんわよ」
安那は目を丸くしながら手の平を向ける。
「お前らいったい誰なんだよ!? あ まさか……」
ゆっくりと河童から後退る光男。
「ミドっ、お前あの手紙を真に受けて仲間を呼びやがったな!」
「は? 光男、何を言ってるんだ?」
「とぼけるなっ! 取れないこの皿のせいでな、俺にも妖気を感じる事が出来るんだぞ! 仲間を集めて仕返しにきたんだろっ!」
興奮が止まらない光男。それを見かねた桜香が止めに入る。
「光男くん落ち着いて。私たちは警察よ。河童さんはね、あなたを心配してずっと探してくれてたの。お皿を盗られた仕返しなんて考えてないわ」
光男は桜香の説得を鼻で笑う。
「な~にが警察だ。警察なんて無能の集まりじゃないか! そういえば、化けるのが上手い妖怪は、人間に成りすまして油断させることがあるって聞いたことがあるぞ。さてはお前らっ、ミドをこの土地から追い出そうとしている妖怪だなッ!」
光男は桜香に掴みかかろうとするが、素早く動いた山森が桜香を救い出して飛び上がる。
「空を飛ぶなんて汚いぞッ!」
桜香を抱えながら、黒い翼で旋回する山森を罵る光男。支離滅裂な今の彼に説得は通じそうもない。
「うわ~、言ってることがメチャクチャだよ」
「何か大変な目に合ったのかしら」
「いや、急にあんな頭になっちゃったのなら、それだけで精神崩壊しちゃうわけ」
呆れるタマモたちの傍に、山森は降り立った。桜香を下ろした彼は、光男に同情の目を向ける。
「彼にはいろいろあったんだろうが、ああなっている大きな理由は、空腹と疲労と睡眠不足だろうな。ここ数日はまともに食ってなさそうだし……」
その指摘通り、光男の目の下には大きなクマがあって頬もこけている。
「お前らみんなッ、俺がまとめて懲らしめてやるッ!」
声を荒げる光男が手をあげた。すると小屋の向こうにある小川から、大量の水が宙を流れて来る。河童が水を操った時はドラム缶ほどの塊だったが、光男が操る塊は貨物列車のコンテナほどもあった。
「お おい光男。やめろ、やめてくれ!」
オロオロする河童の声も光男には届かない。
「く・ら・えぇぇぇッ!」
光男が手を振り下ろすと、頭上まで来ていた塊からマシンガンのように水の礫が発射された。その勢いはまさに銃弾のようで、木の枝を折り、地面には穴をあけている。
「ほえ~。〝道具〟さえあれば、人間でもこんな芸が出来ちゃうわけね」
住吉が水の礫を避けながら感心した。
「ちょっとスンくん、感心してる場合じゃないでしょ! なんとかしてよ!」
桜香の手を引いて木の陰に隠れたタマモが叫ぶ。
「なんとかしてよって言われても……力づくでやってもいいわけ?」
「いいわけないでしょ。妖力を使えても、彼は人間なのよ。下手に力を入れちゃっ
たらケガじゃ済まないんだから。妖力が尽きるまで待てばいいんじゃないかしら」
安那の提案に住吉も同意するが、
「とはいってもなぁ……。このままじゃ結構な被害になっちまうぞ――」
山森は困った顔で口を曲げた。
自分の力ではないからなのだろうが、光男が繰り出す水の礫に正確な狙いはつけられないようで、礫は四方八方へと撒き散らされている。だからこそ、山森たちは自分に迫ってくるいくつかの礫を避けるだけで済んでいるのだが、他の礫が山の木々に与えている被害は甚大だ。多くの枝が折られたせいで、木の葉が紙吹雪のように舞っている。
「――仕方ない。やってみるか……」
山森は、その手に一メートルくらいの扇を出現させた。
「な なにをするつもりなんだ!? もし光男にケガをさせるつもりなら……」
『友達』を心配する河童が敵意を見せる。
「心配するな、ケガはさせない。ちょこっとふっ飛ばしてやるだけさ」
山森はそう言って微笑み、扇を下から振り上げた。
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読んでくださり ありがとうございました。
更新が遅くなってしまい、読んでくださっている皆様には本当に申し訳なく思っております。そして、我慢強く待っていてくださった皆様に心からお礼申し上げますm(__)m
次話の⑥で『河童の怪』は終わりです。(長いなぁ……)
最近、更新不調ではありますが、どうぞこれからもお付き合いください(^-^;




