表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/54

ファイル0 プロローグ

□◆□◆




 月が隠れる雲の下、東都の闇夜に影が走る。

 一蹴りでビルの間を飛び交う人影。彼は自分の倍以上もある大きな影を追っていた。

 その大きな影は人の形を成してはおらず、四本足で地を蹴る動物のようなシルエットをしている。


 加速した人影が大きな影を飛び越えてその前へ出た。


「ここまでだ。おとなしく滅されろ――お前はやり過ぎたんだ」


 人影の声は男のものだった。

 彼は高層ビルの屋上に追い詰めた大きな影を見据える。


<お前……何者だ? 人間ではないな……>


 追い詰められたソレの低い声。


「人間なんかと同じに見るな。あんな奴らがどうなろうと、俺の知ったことじゃない」


 雲の切れ目から月が現れ、その月光が男を照らし出す。

 黒いスーツに白いシャツ。照らし出されたのは二十代半ばであろうかという若い男だった。

 眉間にシワを寄せているのは嫌悪感の表れなのだろう。男は鋭い視線をソレへと送っている。


<なぜだ……。お前も物の怪や妖怪と言われる類のモノだろう。なぜオレの邪魔をする。なぜオレを滅ぼしにくるのだ>


 月の光が照らしだしたソレはねずみだった。ただの鼠ではなく、子供の像ほどもあろうかという巨体をもった化け鼠――。怯えているのか、その鼠はジリジリと後退し、男から逃げ出す機会をうかがっているように見える。


 男が呆れたような息を吐く。


「言ったはずだ。お前はやり過ぎた――人間を喰い過ぎたんだとな。ちゃんと話を聞くクセをつけた方がいい……」


 説明するのが面倒くさいと言いたげに、寝癖がついた頭をボリボリと掻いた。


<それだけ? それだけのことなのか!? 古来より、妖怪が人間を喰らうことなど珍しいことではあるまい!>


 叫んだ化け鼠が大きく飛び上がった。

 男に攻撃しようというのではなく、この場から逃げ出すための行動だ。


「まったく、往生際の悪いヤツだ……」


 目を細めた男も飛び上がる。


 空中で化け鼠の尻尾を掴んだ男は、遠心力を利用してビルの屋上に化け鼠を叩きつけた。


<ぐはぁぁぁッ!――に、人間くらい喰ってもいいじゃねえか……。お前だって何人も、散々喰らってきたんだろうがよッ!>


 化け鼠は怒りの眼でもう一度飛び上がる。

 狙うは落ちてくる男。その爪と牙で切り裂こうというらしい。


 落ちてくる男は冷静な表情を変えず、一言ぽつりとつぶやく――。


「お前と同じに見るな――」


 男の右腕が怪しい光を放った。

 その光は肘から下のスーツを塵に変えて収縮し、右腕を刀身へと変化させる。


<ケッ、たかがつくがみじゃねえか。正体が判らなかったから警戒したが、大した妖怪じゃねえな!>


 化け鼠は余裕を表したが、次の瞬間にはその巨体を両断されていた。


<ハ!? そ、そんなバカなぁぁぁ!>


 屋上に下り立った男は、叫ぶ化け鼠を見上げる。


「付喪神か……ある意味じゃ、それも正解だ」


 男の言葉が終わるのと同時に、化け鼠が屋上に落ちてきた。


<た、頼む。助けてくれぇぇぇ……>


 虫の息で懇願する化け鼠。しかし男は、その様子を黙って見ているだけ。


<なんでだよ……。人間くらい、いいじゃねえか……>


 何度目だろうか。また同じ言葉を吐いた化け鼠は、ゆっくりと風に溶けるように塵となって消えた――。



 残った男の右腕が人の腕に戻る。


「人間くらい――か。同感だ。しかし、お前みたいな奴が人間に害をなすことでこの世の負気が高まる。それは『あの方』の力を増大させてしまうことにつながるからな……。それを阻止するために、俺たちはいるんだ――」


 名もなき化け鼠の消滅を見送った男が夜空を見上げた。

 切れ間から顔を出していた月はまた雲に隠れ、再び地上を闇が包む――。


 顔を下ろした男の傍に小さな人影が下り立つ。

 それは髪の長い小さな女の子のようだ。


「あーっ! またジンがスーツをダメにした~! もう、何着ダメにするつもりなの! スーツだって安くないんだよ! お給料がいくらあったって足りないんだから!」


 可愛い声の人影は、ジンと呼ぶ男にまくしたてた。


「このままでもよくないか?」


 ジンは肘から下のスーツとシャツが無くなり、半袖となった右腕を上げる。


「よくないっ! 人間社会では身だしなみが大切だって、ダイさんにも言われたでしょ!」 


「けどなタマモ。いちいちスーツを新調するのも面倒だぞ?」


「そんなの、いちいち袖を巻くればいい事でしょ!」


 ぴこんっという音が鳴る。

 タマモと呼ばれた女の子が、手の持つ大槌でジンを叩いたようだ。


「あ、そうだ。ジン、さっき新情報が入ったよ」


「新情報? 『あの方』の居場所がわかったのか?」


 声が低くなったジンに、タマモは手を横に振る。


「そうじゃなくて、ウチにね、新人さんが入ってくるんだってさ」


「新人? それはまた――どんな妖怪が入ってくるのやら」


「ううん。妖怪じゃなくてね、人間が入ってくるらしいよ。しかも女の人なんだってさ! どんな娘なんだろうね~。仲良くしてくれるといいなぁ~」


 期待に胸を膨らませるタマモとは対照的に、ジンはグッと拳を握りしめた。


「人間だと? あのオッサン……何を考えているんだ――」


 ジンの影が飛び上がり、宝石のように輝く街の灯りへと身を投げる。


「ちょっとジン! わたしを置いてくの!? せっかく新情報持ってきてあげたのにっ! 待ちなさ~いっ!」


 タマモの小さな影も、ジンの後を追い街の灯りへと消えていった――。




 朝の東都の街を、多くの人々が行き交っている。

 そして、緊張顔の彼女が入っていった建物は警視庁だった。


 警視庁――。この国の首都、東都を守る警察の要である。

 基本的な管轄は東都内になるが、全国の警察署に対して大きな影響力を持つ組織でもある。


 そんな警視庁内の一室。以前は解決済みの資料が山積みされた倉庫として、ほとんど人が立ち寄らない部屋の前に彼女は立った。

 擦りガラスがはめ込まれているドアには『特殊事件広域捜査室』のプレートがかけられている。


「ふぅ。今日から刑事、今日から刑事……。よしっ!」


 子供の頃から刑事になることを夢見ていた彼女は、緊張に負けないように気合いを入れた。


 ドアノブを握り、勢いよく開く。


「おはようございます! 本日付でこちらに配属されましたさきもりおうです。刑事としてはまだまだ新米ですが、よろしくお願い致します!」


 背筋を伸ばしたきれいな敬礼。


 目を輝かせている彼女――崎守桜香はまだ知らなかった。通称『妖部屋』といわれているこの特殊事件広域捜査室の捜査員に、『人間』は自分ひとりしかいないということを――。



□◆□◆

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ