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第5幕 〜邂逅〜

民宿に戻って来たのは20時だった。玄関で出会った主人の奥さんに「早っ!」っと言われてしまった。普通最低でも2時間は帰って来ないらしい。私は部屋に戻りショルダーバックを置いて、用意されていた寝間着を持って、民宿の大浴場へと向かった。そこにあったのは大きめな家庭用浴槽だった。いや失礼、普通の家庭にあるにしては立派だった。大浴場だと思って来たのが行けない。民宿はこんなものである。森での汗を拭えればそれでいい。私は簡単に入浴を済ませ、用意されていた全身黄色い花柄のとっても可愛い寝間着に、袖を通した。私は先日39歳になったばかり。細い体でお腹も出ていない。着替えた自分を脱衣所の鏡で見るとこれが中々の……ノーコメント。

「私は恥ずかしくない」

そうつぶやきながら私は自分の部屋の前まで辿り着いた。そして、ドアノブに手をかけ扉を空ける。

「ん?」

部屋の真ん中には、これまた時代錯誤なちゃぶ台が置かれている。部屋を出る時には、電気を消しておいた。そのおかけでくっきり、はっきり見える……ちゃぶ台の上に淡い光。自分の眼がぼやけてピントをずらされているような錯覚に陥る光。私は少し眼をこする。ついさっきもこれを見て眼をこすったはずの……シイノトモシビタケ。

ちゃぶ台の上に、シイノトモシビタケ。しかし、何かがおかしかった。それは……顔。そう顔があることに、まずは気がついた。髪の毛がキノコの傘のように見えるのか、傘が髪の毛のように見えているんだろうか。よく見ると、ロングドレスのワンピースに、胸元には光るペンダント。ちゃぶ台の上に正座をして、鮮やかな緑色の一層強く光っている瞳で、私を見ていた。キノコではなく、これは小さな娘さん?と思った時、その娘さんが両手を前に揃え、ペコリと一礼をした。私は少し混乱したがペコリと返した。まず、この娘さんは小さすぎやしないか?という疑問。そして、シイノトモシビタケと同じ発光。

「…………してます……」 

ん?娘さんが口を動かして、語りかけてくれているが、声がか細くて聞き取れない。私は部屋の扉を閉めて、電気をつけた。

「キャ!」と娘さんが少し大きな声を上げた。

明るい部屋の中では、淡い褐色をしている髪と肌から、光を放つ事は無く、胸元のペンダントだけが光を放っていた。そして、娘さんの側には、なぜか小さなカンテラが置いてあった。私はちゃぶ台に近づき、娘さんの前に同じく正座をして座った。娘さんはモジモジしながら俯き、上目遣いに私を見ていた。

「お……じゃましております」

うむ、これは……かわいい。どうやら話が出来るみたいだった。

「娘さん?は……何なんでしょうか?」率直に聞いた。

「あ、えっと……キノコです」率直に返って来た。

「なるほど……キノコ」

「あ、いえ、そちらの世界では……私たちの存在をキノコって言うんですよね?」

「そうですね。まあざっくりまとめるとですが、もっと種類に分けて個別に名前がありますよ」

「そうですか……じゃあ私たちは……」

「シイノトモシビタケ」私はふいに言葉に出した。

「えっ?」

「いや、じゃないかと……思いまして」

「そうですか、そのような名前が……」

光りはシイノトモシビタケだが、姿形はちょっと変わった格好をしたミニマム人間の娘さんにしか見えない。

「では、シイノトモシビタケと私の事はお呼びください」

「なるほど……シイノさんにしましょうか」キノコとは思えない。

「では、シイノさん」

「は、はい」

「色々謎はあるんですが……とりあえず、どうしてここへ?」

シイノさんはちゃぶ台の上でモジモジしている。

「あの……助けて下さい」

「助ける?」

「……はい」

シイノさんはモジモジを止め、意を決したかのように背筋を伸ばして私を見る。

「百年に一度……私たちは月の光を浴びないといけないのです」

「百年に一度……」

「はい……満月が地球に最も近づく日」

「あっスーパームーン」

そういえば今朝のニュースで、明日は月が大きく見えるとか特集されていた。

「明日なのです」

「なるほど……明日……っで?」私は首を傾げた。

「それで……私たちが今いる場所では、その……月の光を浴びれません」

月の光を浴びれない……この娘さんは……

「シイノさんはあそこから」

「……はい」

「どうやってここまで?」

「あれに……乗ってです」

シイノさんが指差したのは、私のショルダーバックだった。

「すみません、無断乗車しました。空いていた物ですから……」

シイノさんは意外に神経が図太い。カメラを出す時に地面に置いていたからその時に乗り込んだんであろう。

「月の光を浴びれない場合、あなた達はどうなるのですか?」

「光を失うと聞いてます。私の子孫たちもまた次の百年後の月の光を浴びるまで失うと……。私はあそこに群生している代表者として、助けを求める役割を担いました」

「それがなぜ私に?」

「それは、たまたまです」

「なるほど……たまたま」

「代々言い伝えによりますと、月の光を浴びれない環境に陥った群生は、その中から代表者を選び、助けを求めに行きます」

「どうやって?というか、人の言葉をこんなにも流暢に話せるんですか?シイノトモシビタケ一族は」

気がつけば一番不思議な事だった。普通に会話が出来ている事が……。

「いえ……これのおかげです」

シイノさんは、明るい部屋でも胸元で淡く輝くペンダントを持ち上げた。

「私も言い伝えしか知らなかったので、初めての体験だったのですが……」

シイノさんは優しくペンダントを撫でた。

「百年に一度の前の日、私たちの体は新たな月の光を取り込むため、体内の古い光を放つ……というよりも感覚的にはこぼれ出る感じでした。いつもより光が……。そして、群生する私たちのこぼれ出た光が集まって、これが出来たんです。」

なんだか血と汗の結晶みたいな。しかし…

「……ファンタジー」ついつぶやいてしまった。

「これには不思議な力があります。月を浴びれない群生は、このペンダントをつける事によって、助けを求めたい相手の種族に関する情報や、話される言語を得る事が出来るのです」

もの凄い高性能で万能なペンダントだ。

「それであなたが選ばれたと」

「選ばれたといいますか……これが……側に落ちてたんです」

「え?」

「私たちは自分でその場所から動く事が出来ません。出来たこれが、自分の場所に転んで来たので……それをこう……体をくねさせて……」

シイノさんはちゃぶ台の上で体を曲げてクネクネさせている。

「分かりました。シイノさん大丈夫です」

シイノさんはクネクネを止めて、恥ずかしそうに元の姿勢に戻った。

「それでつけた後、初めにあった種族があなた様だったので、このような姿にもなりまして……」

野生に群生している場合に、この問題が起こったら、鳥になったり、後は狸、狐、猪、鹿、熊などなど……面白そうだ。その中で人という選択肢になったのは、とても稀でベストだとは思うんだが……。

「どうしましょうか?」

「天井を壊して下さい」間髪入れずにシイノさんは言う。

「これは中々私には……とにかく明日、ここの主人に相談してみましょう」

「……主人?」

「あそこの責任者の方です」

「あの……助けを求められるのは一人らしくて……私が話せるのはあなただけですので……」

そんな厄介な縛りがあるとは、最初に私と接触したのが運の尽きかもしれない……。私は部屋の時計を見た。もう深夜2時を回っていた。

「私は寝ます」私はシイノさんに告げた。

「あっ……はい」

「シイノさんは?」

「ええっと……ここで大丈夫です」

こことはちゃぶ台の上。本人がここで良いというなら止めやしない。私は立ち上がり、押し入れから布団を出して敷き、洗面所で歯を磨き、部屋の電気を消した。

……眩しい……。ちゃぶ台のシイノさんが眩しい。私はシイノさんに近づいた。

「移動しましょうか」

「え?」

私はシイノさんに、自分の手の上に乗るように差し出した。ここで一つの疑問が湧いた。

「すみません、一つ質問なのですが、どうやってこのちゃぶ台の上にいたんですか?」

この体の大きさで、到底ショルダーバックから出て、ちゃぶ台の足を登ったとは思えない。

「えっあの……粘着力があるんです」

シイノさんは私の手の上に足を置いた。確かに……私の手の上に乗ったシイノさんはネチョッとしていた。私は、どこかないかと部屋を見渡し、布団の入ってあった押し入れの襖を空けて、そこにシイノさんを置いた。

「ここでいいですかね?なんだか湿っぽい感じも」

「あ、はい……」

「でわ、また明日」

「はい」

シイノさんはずっと私を見つめてくる。私はそっと襖を閉じて、布団に潜り込んだ。私はシイノさんのいる襖を見つめる。ぼんやりと光が透けて見える。明日、ここの主人はどういう反応を見せるだろうか……。到底私の狂気じみた発言に、納得してくれるとは思えない。最初に会ったのが主人ならまだ良かったのにと、少し申し訳ない気持ちになりながら、私は眼を閉じた。

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