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昔々。
ある地方に寂れた街があった。
「街」と言っても、栄えている都市ではない。
どちらかといえば「村」とでも言ったほうが良いかもしれない。
ただ、ずっと大昔、ここは街道の要所だった。
そのころの名残で未だに住んでいる人々はここを「街」と呼んだ。
今では別の大きな街道が出来てしまい、すっかり寂れてしまったが。
それでも、住人達はここを「街」と呼んだ。
今では都から遠く離れてしまったその街では。
若い人間が次々と出て行ってしまい。
気づけば老人だらけになってしまった。
そのまま忘れ去られてしまうかに見えた街だったが。
ある日、一人の魔法使いがやってきて、こう言った。
「私に木と、土地と、海を下さい。頂ければ代わりに素敵な魔法をこの街にかけてあげましょう」
街の人たちは悩んだ。
と、言うのも。
その街では木も、土も、海も、本来誰の物でも無かったからだ。
しいて言うならば、木は木の神様、土は土の神様、海は海の神様のものだった。
「でも、この魔法をかければ、この寂れた街も、また活気を取り戻しますよ?」
魔法使いは続けた。
決して、力づくで奪おうとはしなかった。
あくまで、その街の人達に木と、土と、海を差し出させたかったのだ。
「私は、人が恋しい。活気が恋しい。あの、賑やかだった時代が恋しい」
一人が、そう呟いた。
それが決め手になった。
街の人たちは、木と、土地と、海の一部を差し出した。
「ありがとうございます。これで私も貴方たちも、幸せになれますよ」
早速、その日の晩に魔法使いはその街に魔法をかけた。
すると、空には月が出ているような晴れた夜だったのに、雪が降ってきた。
しかもその雪は雪のくせに、ぼんやりと光を放っており、触れれば暖かかった。
そして、地面に積もることもなく、吸い込まれるように消えていった。
それはその日から昼夜問わず、街に振り続けた。
初めは疑い深そうに見ていた街の人達だったが、すぐにその魔法の効力を知ることになった。
めずらしい魔法を見物しに、都から人々がやってくるようになったのだ。
しまいにはその魔法を研究するために、街に居住する者も出てきた。
街は賑やかになった。
人で溢れかえるようになった。
街の人たちは満足した。
木や、土地や、海の一部を失ったが。
自分たちは何も失っていない。
それで、人もこんなに増えた。
「自分たちは、何一つ欠けることなく、何かを得たのだ」と思った。
ところが、ある日。
大きな風が吹いた。
それは木を薙ぎ倒し、家を薙ぎ倒し、海の水を巻き上げた。
魔法目当てでやってきていた人達はとても驚いた。
ただ、元々住んでいた人達にとっては、取るに足らないことだった。
何年かに一度、遠くの山脈から生まれ、海の近くのこの場所まで生き残るような大風が居るのだ。
それは時には人の命を奪うこともあるが、街全てを壊滅させる程ではなかった。
その日、までは。
突然、大きな音がした。
それと同時にキラキラと街を覆っていた魔法の様子が一変した。
それまでは、まるで雪のように優しく降り注いでいた光だったが。
大きな風に煽られると同時に、光の矢になったのだ。
それは雪の様な柔らかさを失い、まさに矢そのものの硬さになっていた。
それは街に、動物に、木々に、海に、そして次々と人々にも突き刺さった。
更に、悪いことが起きた。
その光の矢には毒が塗られていたのだ。
致命傷を免れた人々も、その矢で掠り傷を受けてしまえば、病気になった。
その病気は人によっては直ぐに、また別の人にとっては時間が経ってから発症した。
しかもその病気は触れれば動物、木々、土地、海、全ての物に感染した。
当然、街の人達は逃げ出した。
そうして、街は無人になった。
しばらく経ってから、街の人々は魔法使いを見つけ出した。
その頃にはもう光の矢は降っていなかったが、毒が全然消えてくれなかったのだ。
「おい魔法使い! あの矢と、毒は一体どういうことだ!」
「ごめんなさい。まさかあんな大きな風が吹くなんて、知らなかったんです」
「そんな、たかが風ぐらいでおかしくなる様な魔法を、街にかけやがって!」
「魔法というのは、自然に逆らっているんで、結構脆いんです。あれでも丈夫に出来たほうですよ!」
「黙れ! どうにかしろ!」
街の人達に脅されて魔法使いはしぶしぶ一匹の怪獣を魔法で作り出した。
その怪獣の名は「sarry」と言った。
まるで深い森の様な、緑の毛並みを持つ、毒を喰らう怪獣だった。
早速、街の人達はsarryを街に放り込んだ。
魔法使いと、共に。
それからしばらくして。
大分毒も消え、街の人達も街に戻り始めた。
しかし、そこに居たのは、sarryの毛並みと同じような緑色の髪になった魔法使いだった。
魔法使いは街の人々に言った。
「約束どおり、毒はsarryが喰っている。ただ、この怪獣は毒が無くなったら、今度は人を喰いはじめるぞ。作った私が言うのだから、間違いない。私を殺しても、無意味だ」
唖然としている街の人達に向けて、魔法使いは更に、こう付け足した。
「毒が無くなったら、年に一度、生贄を寄越せ。もちろん人間だぞ。そうすれば一年間、sarryを大人しくさせてやる。何も失わずに、元に戻れるなんて思うな」
それ以来、その街では、毎年冬のある日になると、生贄を木に吊るすようになった。
意外にも街の人達はこれに従った。
深く考えずに、神の物である木や、土地や、海を差し出した罰だと思ったのかもしれない。
あるいは、そうまでしても、生まれ育った街を離れたくなかったのかもしれない。
やがて、魔法使いが死ぬと、その子供が代わりに生贄を木から下ろしsarryに与えた。
子供の髪も、また緑だった。
その子供が死ねば、またその子供が仕事を受け継いだ。
必ず、髪は緑色だった。
そうやって緑の髪の一族は、代々sarryを抑え続けていた。
街の人々は、世代を経る毎に罰の意識が薄くはなっていたが、渋々と生贄を差し出し続けた。
どこかで「どうして俺たちが」と思いつつも。
ところが、ある日。
とうとうsarryが死んだ。
当然、それを知った街の人々は、緑の髪の一族を……。




