Db3
小屋の窓からは穏やかな午後の森が見えた。
暖炉の火のおかげで、部屋の中はまるで春の午後みたいな暖かさで。
小屋の近くに立っている一本の大きな木も。
心なしか気持ち良さそうに揺れていたんだ。
後ろの方からは、食事を準備している音が聞こえていた。
その時の僕はさ。
そんな素敵な時間なんて気にも留めずに。
ポケットに入ってるプレゼントをいつ渡そうか。
そればっかり考えていたよ。
これを渡して、なんて言おうか。
その台詞を何度も何度も推敲していた。
自分の頭の中ばかり覗いていてさ。
目の前の幸せな時間に気づけなかったんだ。
だから、背後の音が止んだのにも気づかなかった。
「何が、そんなに面白いの?」
いつの間にか、横に来てたあいつに突然話しかけられて。
情けないくらい驚いたよ。
すぐに答えられないで居ると。
「何が、面白いの?」
また、楽しそうにあいつがたずねてきた。
まさか「お前に囁く愛の言葉を探してた」なんて言える筈もなくてさ。
「いやさ、とっても綺麗な午後だなって」
なんて、意味の解らない答えを返しちゃったんだよ。
そんな僕の葛藤に気づいているのか、いないのか。
「ふーん」
って言いながら、あいつは僕の隣で窓の外を眺めてたよ。
その時、ちょうど天辺に来ている太陽からの光がさ。
あいつの緑の髪に当たったんだ。
それは髪の毛に反射して。
白々と光っていて。
ゾッとするほど綺麗だったんだ。
その瞬間。
遥か昔に、僕らの先祖が、崇めた理由が分かった気がしたよ。
それはさ。
きっと目に見えないものに対する信仰とかとは違うんだよ。
目の前に居るのに触れてはならない物っていうかさ。
自分から、引き下がってしまうような。
自分の手なんかじゃ、到底扱いきれないような。
そんな、底の知れない奥の深さみたいな物が。
得体の知れない、畏れを含んだ巨大な深緑が。
その時、見えたんだよ。
「ねえねえ。何が面白いのかは分からないけど、そろそろお茶にしようよ」
「あ、うん。そうだな」
本当に楽しそうなあいつの背中を見ながらさ。
僕は少し呆けたままだった。
今のは何だったんだろう、て。
……あの部屋には、鏡が無かったんだよ。
もし、自分の顔を見ることが出来たなら。
それが一体何だったのか。
その時、少しは気づけたのかもしれなかったのにさ。
テーブルの上にはそりゃもう見事な御馳走が並んでいた。
「これじゃあ、お茶って言うより、ランチ……いや、ディナーだな」
「そう? すぐに食べれちゃうよ。こんなの」
そんな能天気な声であいつは言うんだけどさ。
これを「お茶」と呼ぶのは絶対間違ってると思ったね。
でもそれらは。
どう考えても手間暇かけて作られた物だったんだよ。
それが本当に嬉しくってさ。
だから、気合を入れて目の前の山脈に取り掛かったんだけど。
「おいしー!」
……結局殆どを、あいつが食べちゃったんだよな。
あの時は、男としての自信を無くしたよ。
すっかり綺麗になったテーブルを眺めながら。
膨れたお腹を擦っていると。
「お茶のおかわりいる? デザートもあるよ」
ってあいつは言ってきた。
「いや、流石にすぐには無理……」
「情けないなあ」
結局、お茶のお代わりだけ貰って。
テーブルを挟んで向かい合う格好になった。
あいつは僕よりも、多く食べたくせに、全然苦しそうじゃなかった。
「料理、おいしかった?」
「ああ」
「良かった」
あいつはまた笑って、お茶を啜っていた。
プレゼントを渡すなら、絶好の機会だった。
でも。
僕はその時、15歳で。
こんな幸せなクリスマスなんて初めてで浮かれてて。
……いや、こんな言い訳はいいか。
そうだよ。
愚かだったんだ。
「そういえばさ。お前と同じ名前の怪獣が出てくる御伽噺があるんだぜ」
上手く言葉が紡げなくて。
代わりに出てきたのは、そんな台詞だった。
「えー。怪獣……」
あいつは困ったように笑った。
「そうさ。それも結構お前と似てるんだ」
「どういうふうに?」
そのままの顔で、僕の顔を見ていた。
「かなり、食いしん坊」
「……いっぱい食べる女の子は、可愛くない?」
そうやって、首を傾げて。
おずおずと尋ねてきたあいつの言葉に。
僕は聞こえない振りをしてしまった。
どうして僕はあの時、すぐに答えなかったのだろう。
ただ一言、「可愛いよ」って。
そう言えば良かったのに。
……ああそうだ。
「お前のことを、守りたい」
とか、そんな。
そんな、阿呆な台詞で着飾って、答えたいがために。
今まで触れてこなかった、あいつの傷に。
先ずは触れてやろうと思ったんだ。
勝手に。
「それはさ。この街の古い話で。こんな話なんだよ」




