Db2
あいつの家は森の中にあった。
家を抜け出して、街外れを超えて、そうすると見えてくる、あの森だよ。
その森の中の丸太で出来た小さな小屋があいつの家だった。
そこに一人で住んでたんだ。
昔はお婆さんも居たんだけど、気づけばあいつ一人だった。
街の誰も、気づかなかったんだよ。
お婆さんが居なくなったことに。
つまり、そういう扱いだったんだ。
僕だって、あいつと知り合った頃。
何回か会っていたはずなのに。
全然居なくなったことに気づかなかったんだ。
結局僕も、街の人だったのかもしれない。
あいつの家はさ。
代々、髪が緑色なんだ。
そう、それが、そんな扱いを受けている理由なんだ。
その「緑色の髪」っていうのはさ。
大昔に、この辺りに居た神官だが、精霊だが、妖精だがの象徴で。
そいつらは、まあちょっと過激だったんだな。
例えば、今で言うクリスマスの日に、木に生贄を吊るして神に捧げたりとか。
そういう感じ。
生贄っていうのは、当然人間だよ。
だから、さ。
そんな話を子供の頃から聞かされているから。
皆、必要以上に「緑色の髪」を恐れてしまったんだろうね。
そういう「恐ろしいもの」に対して街の人がとった行動は。
「なるべく関わらない」
これだったんだ。
最低限目を向けなければならない時以外。
それは例えば、店での会計とか、さ。
そういう時以外は、居ないものとして扱ったんだ。
目に見えないもの、としてね。
でも、どうしても、石を投げることも、追い出すことも出来なかったんだよ。
それをしてしまえば。
「緑色の髪」を崇拝していた自分たちの先祖も否定することになるからね。
多分、街の人たちはそれも恐ろしかったんだ。
だから、居ることは認めるのに、居ないものとして扱う、なんて。
そんな状態だったんだ、あいつは。
そのことに本当の意味で気づけたのは、随分と後になってからだったんだけどさ。
約束の時間は昼だった。
その気になればそんなに時間もかからず着くことが出来るのに。
僕はその日、ちょっとだけ早く家を出た。
途中でプレゼントを買うためにだよ。
おかしな話だろ。
あれだけ、クリスマスに浮かれることを嫌っていたのに。
どうしても、その年だけはそんな自分を許してしまったんだ。
少しの絶望もあったよ。
あれだけ必死になって守っていた傷はこんなに浅かったのか、て。
でも、どうしてだろうなあ。
馬鹿になってもいいか、なんて思ったんだよ。
あいつに誘われた、あの日の夜にさ。
自分の部屋のベッドの中で。
何故か、違う生き方が出来ると思ったんだ。
その時には、僕もあいつの悲惨な状態とかさ。
そういうことを少しは知っていたから。
だから「守ってやろう」と思ったんだ。
「あいつを守って生きていこう」って。
そう思ったんだよ。
それはまるで、勇者にでもなった気分だった。
偉そうにもね。
……白状するよ。
僕はさ。この時、自分の傷だけじゃ物足りなくなっていたんだ。
「あいつを守る」なんて台詞はさ。
あいつの抱えている、僕なんかよりも何倍もでっかい傷を。
一緒に抱えて生きていくって意味で言ってたんだ。
それはさ。
今までの僕がそうしていたように。
その傷を弄りたおして、かさぶたを引っぺがして。
その痛みで生きているって実感する、そういうことを。
あいつの傷でもやろうとしてたんだ。
自分でも気づかないうちにね。
それが僕の最大の愚かさだったんだ。




