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どこから用意したのか、女の子は二人分のカップを小さなテーブルに置いた。
いや、気づいたら、彼女の両手にカップが二つあったんだよ。
まるでマジックみたいに。
そして、次の瞬間にはもう茶葉の入ったティーポッドまで出てきたんだ。
ますます、ここはあの世なんじゃないかと思ったね。
そうすると、目の前のこの子は天使なんだろうか。
でも、髪が緑の天使なんて見たことがないしなあ。
お茶をカップに注ぐ彼女のつむじを見ながら、そんな馬鹿なことを思ったよ。
そうしたら案の定。
「何か頭についてる?」
なんて言われてしまった。
「いや、輪っかが無いなあ、と思って」
「輪っか? あ、そうか。お菓子が無かったね」
そう彼女が言うや否や、またどこからか、今度はドーナツが出てきた。
それを見て、もうとりあえずお茶を楽しむことにしたよ。
でもさ。ここで一つ問題が起きたんだ。
いや、なんだか問題だらけなのは分かってるんだけどさ。
とりあえず、差し迫った問題が起きたんだ。
すっかり準備も整って、テーブルの上には湯気の出ているカップが二つとドーナツが並んでいた。
そしてその向こうには例の緑の女の子だ。
正直、とっても可愛い。
窓の外は穏やかな午後の森で、そうここまでは何も問題なんて無かったんだ。
「さあ、どうぞ」
彼女に進められるまま、お茶を口にしたときだった。
まったく味がしなかったんだよ。
ドーナツも一口齧ってみたんだけどさ。
こいつも味がしないんだ。
もう散々不思議な事は起きているし、別に味がしないくらい、どうってことはないんだけどさ。
「どう、美味しい?」
なんて、目の前で笑顔で聞かれてみろよ。
困っちゃうだろ。
「うん。美味しいよ」
なんて笑顔まで作っちゃってさ、そう答えたよ。
なにやってるんだろうなあ、なんて思いながら。
でも、もう死んじゃったし良いかなあ、なんても思いながら。
「本当? 良かった。口に合わなかったらどうしようかと思った」
そう言って、彼女はまたにこにこ笑うんだ。
窓からの日差しで、緑の髪がきらきらと光っててさ。
ずーっとにこにこと笑ってるんだよ。
どうしてだろうね。
こんなに幸せな時間なのに。
気づいたら僕は、泣いていたんだ。
「どうしたの?」
なんて困った顔で尋ねられてもさ。
自分でも、なんで泣いているのか分からないんだ。
味のしないお茶を飲んで、味のしないドーナツを食べただけなのに。
なんでか、胸がいっぱいになってしまったんだ。
「ごめん、ごめん。なんでもないよ。大丈夫」
そう言って、情けなく目をごしごしと拭いて、なんとか笑顔を作ったよ。
ただね、その時。
一瞬、本当に一瞬なんだけど。
彼女の服に大きな赤い染みがあるように見えたんだ。
まるで、銃で撃たれたような、そんな感じのだよ。
驚いて、それで涙が一瞬で引っ込んでしまったんだけど。
瞬きする間に、そんなものは消えてしまったんだ。
女の子は何事も無かったかのように、ドーナツを頬張っている。
見間違いだったんだろうか。
でも。
「おいしー!」
なんて長閑な顔をしてるもんだから、そのことを聞く前に笑っちゃったんだ。
本当、ここ最近で一番顔の筋肉が働いた時間だったと思う。
ただ、女の子とお茶を飲むだけなのにさ。
作り笑いして、泣いて、また作り笑いして、驚いて、安堵して今度は本当に笑って。
ほんの短い時間に、こんなに気持ちがころころと変わったのなんて子供の時以来だったよ。
その理由のほとんどが、原因不明なんだけどさ。
だからなんだろうか。
何も考えずに笑っちゃったんだ。
「変な人だね」
なんて彼女も笑い出すもんだからさ。
二人でドーナツの屑を飛ばしながら、ずーっと笑ってたよ。




