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目を開けると、そこは何だか見覚えのある部屋だった。
部屋って言うより、小屋の中って言った方がいいかもしれない。
ほら、子供の頃よく遊んだ森があったろ。
家を抜け出して、街外れを超えて、そうすると見えてくる、あの森だよ。
都市に住んでる人には、ちょっと分からないかもしれないけどさ。
田舎に住んでる人には、ちょっと分かってもらえるかもしれない。
僕の住んでた場所にはさ、そういう森が結構あって。
そして、その森の中には大抵、丸太とかで出来た小屋みたいなのがあるんだ。
子供の頃、友達と探検するにはうってつけだったんだよ。
とにもかくにも、僕が立っている場所は、そういう感じの部屋だったんだ。
当然、驚いたよ。
だって、つい今の今まで、僕は銃を持って、まさにその森の中で戦っていたんだ。
そういう時代だったんだ。
ある日突然、丘の向こうから戦車やら、兵隊やらがやってきてさ。
あっという間に僕らの街は奪われてしまった。
……その日にさ、僕は見たんだよ。
街の人達が逃げ込んだ、その小屋が、焼き払われてしまうのを。
だから、もうこんな小屋は残っていないはずなんだ。
あの日から大分経っているけど、小屋の焼け跡はそのままだったんだ。
だって、僕らはその焼け跡を踏みつけて、森の中を進んだのだから。
でも、僕はその小屋の中に居たんだ。
窓から見える景色は、間違いなく、僕の知っている森の風景だった。
見覚えのある、大きな木がたっていたからね。
でも、これまた不思議なことに、確かに知っている森だったんだけど。
というか、さっきまで銃を持って戦っていた森なんだけど。
そこは、平和な、それこそ子供の頃遊んでいた時のような風景だったんだ。
倒れている兵隊も、赤い水溜りも、へし折れてしまった木や花も。
そんなものが、一切なかったんだ。
おまけにさっきまでは夜だったのに、どうみても昼過ぎ位の明るさで。
まさに、子供の頃、無邪気に遊んだままの森だったんだ。
思わず笑っちゃったよ。
なんとなく、解ったからね。
ようやく死ねたんだなあって。
だって、こんなことあるはずないもの。
この窓から見える風景は、もう無いんだよ。
全部、どこかに行ってしまったんだ。
僕らは変わり果てた森を、歯を食いしばりながら前進したんだ。
目の前の、こんな綺麗だった頃の森を思い出しながらね。
「あーはっはっは」
気づけば、大声を出して笑っていたよ。
仲間たちへの罪悪感と、ようやく死ねた嬉しさと、それと。
このちゃちな天国の馬鹿馬鹿しさに、笑いが止まらなくなったんだ。
ちょっとおかしくもなっていたのかもしれない。
泣く代わりに、笑ったのかもしれない。
いずれにせよ。
涙が出るくらい、顎が痛くなるくらい、笑っていたんだ。
その時だった。
あの声が聞こえてきたのは。
「何が、そんなに面白いの?」
まるで小鳥みたいな声だった。
責める感じじゃなくてさ、小さな子供が、無邪気に尋ねてくるような。
そんな声だった。
でも驚いた僕が振り返ると、そこには。
僕と同じくらいの歳の女の子が立っていたんだ。
「何が、面白いの?」
女の子はまた同じような声で、にこにことたずねてきた。
「いやさ、とっても綺麗な午後だなって」
しどろもどろしながら、そんな意味の解らない答えを返すと。
「ふーん」
って、今度は興味があるのかないのか分からない声で、窓の外を見た。
その姿が、本当に幼い子供のようで、なんだか参っちゃったんだ。
胸の中の虚しさをちょっと忘れてしまったんだ。
ここのところ、こんな天真爛漫な感じの人には会ってなかったからさ。
僕の友達だって、それこそ僕だって昔はこんな感じだったのだろうけど。
今じゃ、みんな背伸びして、眉間に皺を寄せて話してばかりだったからね。
面食らったんだ。
「ねえねえ。何が面白いのかは分からないけど、どうせ窓の外を眺めているのなら、お茶に付き合ってよ。私、あなたとお話したい」
そう言って、また無邪気に笑うんだ。
当然、断れなかったよ。




