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5

カタカタと回っていた映写機が止まった。

サリーが静かに腰を上げて、部屋のカーテンを引いた。

部屋が明るくなる。

窓の向こうは相変わらず長閑な昼下がりの森で。

そこから零れてくる光が、ちょっと目に痛かった。

「本当に、何でもありだな。ここは。まさか自分が主役の映画まで見られるとは思わなかった」

「続きは、見なくて良いの?」

サリーがカーテンの端を握って、外を見たまま言った。

「この後はさ。すっごくつまらないんだ」

あの後。

生き残った街の人達は、都の方へと非難した。

当然、僕もその中に加わった。

あれから三年経って。

ようやく、僕らの街を取り戻すチャンスがやってきたんだ。

「愛しき故郷の鐘を鳴らすのだ」

なんて言ってさ。

ああ、こっちの方が映画になるかもしれないね。

でも僕にとっては空っぽの三年間だった。


馬鹿みたいだろ。

もう過去を振り返らない、なんて決めてさ。

そうしたら、空っぽになっちゃったんだよ。

あの日から僕は、自分が生きているのかどうか、判らなくなっちゃったんだ。

「早く誰か、終わらしてくれ」って。

そんなことばかり思ってたらさ。

ただ、目の前のことを処理していく、機械みたくなっちゃったんだよ。




「なあ、サリー。酷いんだぜ。あいつら、街を占拠している奴らのこと隠語で『sarry』って呼んでるんだ」

「それは酷いなあ。……でもね、ノエル。ずっと勘違いしてるみたいだけど、私の名前は『salley』だよ?」

「……ごめんなさい」

「ふふ。馬鹿だなあ。ノエルは」

「……なあ、サリー」

僕は無意識に胸ポケットを探った。

そこにはさ。

あの日渡せなかったプレゼントが入ってるはずだったんだ。

結局、僕はあの故郷を奪われた日からずっとそれを持ち続けていた。

大事に、大事に片時も離さずに、さ。

心臓の近くに、置いておいたんだ。

……近くに置きすぎて、見失ってしまっていたかもしれないけど。

「……あれ?」

でも、どうしてだろう。

僕の格好は森の中を歩いている時のまま。

しかもこの部屋では何でも出てくるっていうのにさ。

そのプレゼントに限って、無かったんだよ。

あるべきはずの場所に。

僕の心臓に一番近い場所に大切に置いておいた物が。

無くなっていたんだ。


そんなこっちの焦りを知ってか知らずか。

サリーはゆっくりと振り返って、またあの笑顔になった。

そして悪戯を思いついた子供のように言ったんだ。

「……ねえ、ノエル」

「……うん?」

「どうして、さっきは『sarry』が生きている終わりだったの?」

「……どうして、て」

記憶が無かったから?

……なんてね。

分かってるよ。

結局、僕はそう望んでいたんだ。


「まだ居て欲しかったんだよ。『sarry』に……いや、お前にさ」

空っぽになったって。

ただ、生きるしかなくたって。

帰る場所には。

故郷には。

僕の原風景には。

お前が居ないと、駄目なんだよ。

結局、さ。



「どうしてさっき話した時に言ってくれなかったんだよ」

なるべく、努力して、ふざけた声で文句を言う。

「だって……」

サリーがゆっくりと僕の方へ近づいて来て。

どこか意地悪な顔で覗き込みながら

「だって、嬉しかったんだもん。今度は一緒にドーナツ食べられるって」

そう言ったんだ。

その瞬間、僕はまた胸を撃たれたのかと思ったよ。

「……そうだな。ドーナツ、美味しかったよ」

涙がこぼれないように堪えながら、どうにかその言葉を絞り出した。

やっと僕はサリーにその言葉を伝えられたんだ。


そして、僕は気づいたんだよ。

本当馬鹿みたいな、当たり前のことにさ。


「僕はさ……生きるために、お前のことを忘れていたよ」

どうにかして、そうサリーに告げた。

当然、目なんか見れなかった。


三年前のあの日から、空っぽになってしまったのは。

ずっと死にたかったからじゃない。

生きるため、だったんだ。

抱えきれないほどの傷を負ったら。

今度はその傷から目を逸らしていたんだ。

瘡蓋になって、いつか痕が消えてしまうまで。

馬鹿みたいだよね。

ああ、本当に馬鹿みたいだ。

結局、僕は生きたかったんじゃないか。

自分で自分の命を終わらせる勇気がなかった?

そうじゃない。

ここに帰ってくれば、また逢えると思っていたんだよ。

僕がずっと帰りたかった故郷に。

サリーに、さ。

そして、やり直せるんじゃないかって。

もう一度、やり直せるんじゃないかって。

そんなありもしないことを、望んでいたんだ。


「……サリー。僕は、死んだのか?」

「……」

その僕の問いに、サリーは困ったように笑っているだけだった。

「なあ、サリー。僕は死んでいたって構わないよ。それでまたお前と一緒に居られるのなら。お前にさ、話したいことが……謝りたいことがいっぱいあるんだよ」

気づけば目から涙が溢れていた。

声も震えていた。

それはもうただの祈りだった。

そうあってくれ、ていうね。

「もう僕の故郷なんてどこにも無いんだよ。お前が居る場所が故郷なんだよ」

死んでしまうことで、その場所に帰れるのなら。

「愛しき故郷」に帰ることが出来るなら。

僕はもう、死んだって構わない。




「ノエル」


でもさ。

サリーは笑って言ったんだ。


「生きて。ノエル」



僕はそれにいじけた子供のように答えたよ。

「嫌だ」って。

それでもサリーは笑ってた。

そしてこっちへやってくると、まるで子供をあやすように、僕の頭を抱きしめて、もう一度言ったんだ。

「生きて。ノエル」

残酷だと思った。

どうしてこんなに残酷なんだろう。「生きる」って言葉はさ。

傷を抱えることも、忘れてしまうことも。

そして、それをやり直したいって気持ちも。

そのどれもを「いいよ」って言うくせに。

その先は、答えは用意してくれないんだ。

自分で、納得するか、しないか。それとも迷い続けるか。

それすらも、「いいよ」って言うんだ。

たった一つ「死ぬ」ってことだけは駄目って言うくせにさ。



「……ノエル」

頭上から優しい声が降ってきた。

それと同時に、遠くから鐘の音が聞こえる。

更には、外から銃声や、誰かの怒声も響いてきた。

「……サリー?」

子供のようにしがみついていたサリーの身体から僕はゆっくりと離れた。

そして目を見開いたんだ。

僕が顔を押し付けていた辺りに、赤い染みが……それこそ銃で撃たれたような傷があったんだ。

サリーはちょっと困ったように笑った。

「ノエル」

サリーの白くて細い綺麗な手が僕の手をとった。

そして、そのままその傷口へと僕の手をあてがった。


暖かった。

まるでさっきのサリーの腕の中のように。

脈動していた。

その身体に空いた穴の向こうの心臓に直接触れているようだった。

僕は、サリーの傷に触れた。

その傷に、二人で手を重ねていた。

「……痛い?」

震える声で、そう尋ねた。

「……うん。痛い」

まるで泣き顔のようにサリーが笑った。

でも、それは悲しそうには見えなかった。

「痛いよ、ノエル。……でもね」

今度はサリーが僕の腕の中に、そっと身を寄せた。

その小さい身体を、なるべく優しく抱きとめる。

「……でも?」

緑の髪に顔を埋める。

「……私は、こんな傷じゃ、死なないから」



――だからね、ノエル。



生きるということは。

きっと難しいことじゃない。

愛するということは。

きっと難しいことじゃない。

それはきっと。

木の葉が緑から朱に枯れて。

また、緑の葉をつけるように。

ドーナツを、ただ「美味しい」と言うように。

悲しい時には、ただ「悲しい」と泣くように。

嬉しい時には、ただ「嬉しい」と笑うように。

ありのままで、良いんだよ。

後悔も、目を逸らしてしまうような傷も。

全てはちゃんと、消えないで此処に在るから。

また緑の葉をつけて、良いんだよ。


だからね……。


「生きて、いいんだよ。ノエル」

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