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Db7

あの日の朝はよく覚えている。

カーテンから朝日がきらきらと入り込んできていた。

クリスマスの月から、三ヶ月と十一日目の朝。

僕は、覚悟を決めた。

今までの自分を全て捨てようと思った。

あいつに会って。

謝ろうと、思った。

「ドーナツ、食べれなくてごめん」って。

馬鹿みたいだろ。

でもさ。

それが、その時の僕の。

精一杯の誠意だったんだよ。

あいつのドーナツを食べてさ。

二人でドーナツの屑を飛ばしながら。

「おいしー!」

なんて笑えたらさ。

もう、大丈夫だって。

何故かその日の朝は、そんな気がしたんだよ。


なのに。


靴紐を結んで、家から出ようとした僕の耳に聞こえたのは。

何かが爆発する音。悲鳴。悲鳴。銃声。

そうだよ。

この日だったんだ。

僕らの故郷が奪われた日は。

その日突然、丘の向こうから戦車やら、兵隊やらがやってきてんだ。

それは黒い壁が迫ってくるようだった。

あちこちで銃声が聞こえてきてさ。

街が、人が、おもちゃみたいに壊れていったんだ。

僕は必死になって走った。

街外れの森を目指して。

途中で何度も死体を見たよ。

酷い話でさ。

緑の髪じゃない死体を見る度に、ほっとしながら走ったよ。

そうして安心してるとさ。

今度は人の肉が焼ける臭いがして。

「ああ、これはどこどこのおじさんだ」

なんてことに気づいて。

吐いて。

それでも、あいつに会いたい一心で。

とにかく無我夢中で、あいつの小屋を目指して走ったんだ。



小屋の前まで来ると、僕は絶句した。

普段、誰も近づかなかったあいつの小屋がさ。

逃げてきた街の人でごった返してたんだ。

「早く! 怪我人を中に入れろ! 邪魔な家具は外に放り出せ!」

そんな怒声がそこかしこで響いていた。

あいつと一緒に座った椅子が。

目の前で地面に叩きつけられて、壊れた。

「サリー!」

僕は大声であいつの名前を叫びながら、小屋の周りを走った。

倒れている人たちは怪我人なのか、死体なのか、区別はつかなかった。

「サリー!」

もう一度、叫んだ。

「ノエル!」

すると、小屋の中からあいつの声が聞こえてきた。

あいつは、大人たちと一緒に、自分のテーブルを小屋の外に出そうとしていた。

「サリー! どうして!」

「怪我人を、一度小屋の中に運び込むの!」

そう言って、なんの躊躇いも無く、森の中へとテーブルを投げ捨てた。

また、小屋の中へ戻ろうとするあいつを引き止めた。

「サリー! どうして。あいつらは今までお前のこと」

それ以上は言えなかったんだ。

サリーの唇が僕の口を塞いじゃったから。

怒声や悲鳴や銃声が聞こえてくる中。

そんな地獄みたいな場所であいつは笑って言ったんだよ。

「ノエル。私ね。やっぱり、この街が好きよ。この森も、人も、全部が好きよ」

そしてさ。

今まで見た笑顔の中で、一番の笑顔でこう言ったんだ。

「そして、一番、ノエルが好きよ。それだけで良いの」

そう言うや否や。

あいつはまた小屋の方へと走っていった。

「サリー!」

その時、遠くから街の鐘の音が聞こえた。

ついに陥落したのだ。

それと同時に焦げ臭い臭いも漂ってきた。

兵士たちが森に火を放ったのだ。

もうここも危ない。

あいつを連れて逃げなくちゃ。

地獄絵図の中、サリーの緑の髪を追った。

その途中で、誰かを踏んだ。

それが死体だったのか、怪我人だったのかは判らない。

僕はこの期に及んで、あいつが愛した街の人達なんかどうでも良かった。

何よりも、あいつを連れて逃げ出さなきゃと、思った。

「お前が、生きていないと駄目なんだよ! サリー!」


その見慣れた、綺麗な緑の髪が小屋の中に消えた時だった。

何かが飛んでくる音が聞こえた。

それは余りにも間抜けな、甲高い音だった。

次の瞬間、小屋は炎に包まれた。

何が起きたのか、一瞬理解できなかった。

あんなにうるさかったのに、辺りはしんと静まり返っていて。

目の前で燃える小屋の炎を、その緑の森を焼き尽くす赤を。

何故だか僕の目は、懸命に焼き付けていた。


「あああああああああああああ!!」

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