猫と寒さと暑さ
「まさかこの前の試合を見てアタシに挑もうとする人が居るとはね、あの子のプッツンが無ければ常人にコレを回避する方法は無いわよ」
オカマはリングにあがりながら懐から水鉄砲を取り出した、やはり今回もあれを使うつもりか。
「ふん……男の勝負に小細工ばかり弄しおって。貴様がどんな手を使おうが全てねじ伏せ、タケシと部員達の無念を晴らしてくれよう」
エックスがリングの中央で手を前に出し腰を屈める構えを取った。さっきのジュンの野獣の構えと似ているな、飛び掛かるって意味では同じなのかな。
「それでは四回戦第三試合、エックス選手対ヨシノリ選手。試合開始して下さい!」
ミッキーの合図で緊張感が張り詰める。オカマが銃口をピタリと合わせ何時でも来いと言わんばかりに口元を緩ませる。
自分が圧倒的有利に立っている事を理解しての慢心の笑みだ。
「貴様のその攻撃方法は確かに恐ろしい技だ……いや技と表現するのも悍ましい。だが私にはそんなもの通用しないと言っておこうではないか」
自信たっぷりにエックスは言うがハッキリ言ってアレに対応する方法は想像がつかない。
飛び道具である以上徒手空拳のリーチの差は圧倒的だ、そしてその威力もある意味本物の拳銃よりもこの気温の中では驚異となる。
一発でも喰らえばそれまで……そして一発も喰らわずに躱し続けるのも不可能だろう、一体どうするつもりなのか。
「やけに自信有りそうだけどどうするつもりなんだ?何か聞いてるか?」
シンゴが俺達に向かって聞いてくるが全く心当たりがない、俺もヒロシも首を振って応えるしか出来ない。
「そう、それじゃどう通用しないのか見せて貰おうかしら。寒さに強いのはその格好を見れば解るけど、そんな程度の問題じゃ無いわよ」
オカマがニヤつきながら引き金を引いた。一体どう対処するのかと期待していた俺達は我が目を疑った、何と微動だにせず水鉄砲から発射されたアルコールを受けたのだ。
降りしきる雪がエックスの身体に掛かり一気に体温を奪う。
「おいおい、ただ何もせず喰らっちまった
ぞ」
シンゴが焦った声を出すとエックスは両手を組みしゃがみ……そして立ち上がった。それを繰り返す、スクワットだ。
「な、何してるのよアナタは……」
オカマの言葉を無視しエックスはスクワットを続ける。
「フン、フン、フンフンフン!」
「格好と言い意味の解らない人ね。もういいわ、終わらせてあげる。ゆっくり休みなさい」
オカマはスクワットをするエックスに向かって水鉄砲を発射し続けた、それでもエックスは一心不乱にスクワットを続ける。
事の異様さに気が付いたのは数分後だ、オカマの水鉄砲の中身が無くなったのだ。
「エックスが敵じゃ無くて良かったね……」
「うん……そうだね」
シンゴの言葉に心底同意してしまった、一度は戦った間柄だが本当にそう思う。
カシュカシュと中身の無い水鉄砲の引き金を引きながら呆然とするオカマ。
「そ……そんな馬鹿な……」
「フンフンフン……む、もう弾切れか?この程度の鍛錬ではヌルいわ。さあ、準備運動は終わりだ本当の闘いを始めようでは無いか」
「こ、このバケモノめ!」
戦闘の構えを取ったエックスを見て咄嗟に水鉄砲を捨て懐からフェンシングの剣を取り出す、取り出した時は柄の部分だけだったが振ると刃の部分が飛び出した。携帯式なんだな。
「一つ言っておこう、貴様の行って来た数々の反則行為。闇討ち、人質、人数過多、そのどれもが我々は去年経験している。最もそれをしてきた者は自分一人では矢面に立つ事も出来ない雑魚であった為貴様の方がまだマシではあるがな」
去年の経験、そう言えば偽イクオも色んな手で俺達の邪魔をしようとしてきてたな。
「そしてその水鉄砲は前の試合で見せた。所詮貴様は二番煎じの男だ、そんな程度で闘いの場に出て来るなど片腹痛いわ!」
エックスの言葉にビクッと一瞬身を竦めたが気を取り直しエックスに向き直った。
「ふ……ふふふ、あははは。そう、二番煎じね。アタシ以外にもちゃんと頭を使った戦いをしてた人が居たのは意外だったわね、アンタ達みたいな人種は考えるって事をしないと思っていたから」
急に笑い出したオカマの不気味さにエックスだけでなく俺達も観客すらも違和感を感じる。
「いいわ、奥の手を見せてあげましょう。こんなゲームで人死にが出たら面倒と思って手加減してあげてたのに……後悔なさい」
そう言いながら取り出したのはまたしても水鉄砲だ、偉そうな口ぶりとは裏腹にまたしても同じ手じゃないか。
「ふん、またそれか。そんなもの通用しないと先程教えてやったたろうに」
エックスは両手を握り締めスクワットの構えを取った。
オカマは無言でエックスに銃口を向けた。
「エックス!それを喰らうな!」
声が響いた。その言葉に反応してオカマは引き金を引き、エックスは何とか身を捩って水鉄砲を躱す。腹の部分に少し掛かっただけで済んだ。
声の主はあのヘルメット男だ、真意は解らないがエックスに助言したお陰で正面から喰らわずに済んだが今までと同じただの液体に見えるが?
「これは、まさか……」
エックスが自分の腹の辺りに掛かった液体をなぞりマスク越しにも分かる程顔色を変える。
その刹那オカマが火の付いたライターの様な物を投げつけエックスに当たった。
突如燃え出すエックス。
「クッ!」
エックスは前方宙返りをし、遠心力で火を消した。
「ちっ……余計な声のせいで少ししか掛からなかったわね。序でにその格好、衣服が燃えればそう簡単には消えないものを。良く考えてみると凍えさせるのも素肌だからこそ効きにくいってのもあるわね、服が濡れれば直ぐに凍りつきあんな手で対処出来るはずも無いわ」
オカマが銃口をエックスに向け引き金に手をかける。あれはガソリンか?何考えてるんだ、喧嘩に使う道具じゃ無いぞ、しかも脅しじゃなく躊躇なく火のまで付けやがった。
「おのれ……」
エックスも今度は近付けないでいる、アレに飛び込むのは自殺行為だ。
「寒さには強くても暑さには弱いのかしら?ふふ、この場合熱さかしらね」
ジリジリと間合いを開けるエックスに一定の距離を保つオカマ。
「さぁ、今度こそ終わりよ。祈りなさいな」
オカマがそう言うとパンと弾ける音が響いた、見るとオカマの持っていた水鉄砲が割れ中身が漏れている。
「く、アンタさっきから……何なのよ?」
オカマの目線はエックスでは無い、ヘルメット男だ。手にはエアガンだろうか、オカマの安っぽい水鉄砲とは違いしっかりとした形をしている。
「何か問題でも?確か先程貴方が言ったのはゲーム出場者が手を出しても反則にはならないと……そうではなかったかな?」
ヘルメット男は堂々と皮肉を言いモデルガンを懐にしまい込んだ。
「忌々しい……先にあの訳のわからないヘルメットを始末しておくんだったわ」
「おい、貴様の今の相手は私だろう。どこを見ているんだ」
オカマはいつの間にか近くに寄ってきていたエックスに驚き後退りしながら金切り声をあげた。
「あ、アンタは動くんじゃ無いわよ!少し穴が空いただけで別に壊れた訳でも無いんだから!」
「ふむ、そしてその手で火をつけるつもりか?」
オカマは自分のガソリンまみれの手を見て愕然とする、あれでは火を投げつける前に自分が燃えてしまう。
「真剣勝負に水を差しおってと言いたいところだか……先程のタケシの礼もある。正直胸が空いたぞ。だが貴様の真意は兎も角、今は敵同士。礼は言わんぞ」
ヘルメット男は無言でエックスを見つめている、最も目線はアイシールドで見えないのだが。
「さて、待たせたな。試合再開しようか」
「ち、近付くんじゃ無いわよ。アタシにはまだまだ奥の手が……」
もう使えない筈の水鉄砲を構えながら後退りするオカマ、それをズンズンと大股で追うエックス。
オカマの目の前でエックスは立ち止まり拳を握り締めた。
「あ、あうあうあう……」
エックスの迫力に身動き出来ないオカマは水鉄砲を地面に落とし棒立ちしている。
「これが、皆の無念の気持ちだ。受け取れい!」
オカマは渾身のフックを喰らい空中で一回転し地面に倒れこんだ。
懐を探り玉を奪い取るとエックスは回りを見回した。
「それでは皆様、久しぶりですがご唱和下さい。んー……エーックス!」
エックスは頭上に両手を交差させ声を張り上げた、観客もそれに反応してジャンプしながらエックスのポーズ。
はぁ、色んな意味でとんでも無い奴だ。