猫と反則ではない反則
「の……やろぅ」
ジュンは血が滴る鼻元を押さえながら憎憎しげにタケシを睨み付ける。
「良い所に入ったな、折れては居ないだろうがあれだけ血が出れば呼吸も難しい」
エックスがにやりと笑う。タケシの最初の一撃が鼻にヒットし、しかもそれがかなりのクリーンヒット。鼻血を出させ状況は俄然有利な立ち上がりとなった。
たかが鼻血と馬鹿に出来るものではない、戦いとはかなりのスタミナを消耗する。鼻で呼吸出来ない状態で戦うのは鼻詰まりで全力疾走する様なものだ。
「シッ!」
タケシのいきなりの左ハイキック、鼻から手を離し咄嗟にガードする。ジュンはガードと同時にタケシの軸足に向かってローキックを放つ。
しかしそれは空振りになった、タケシはハイキックをガードされると同時に前に倒れこむ様にジャンプし浴びせ蹴りを放っていた。
ローキックを空振りさせられたジュンは避ける事は出来なかったが何とかガードし致命傷は避けた。二人とも地面に倒れこむが、すぐさま立ち上がりまた構えを取る。
「良い感じに押してるな、行けそうだぞ」
「ですね。ほぼ互角の相手ですからね、最初の一撃がじわじわとスタミナを奪いそれが顕著に現れています」
シンゴとヒロシが押せ押せムードの中テンションを上げて応援するが、ここでジュンの構えが変わった。顔の上まで上げていた両手を肩の辺りまで下げ、握っていた拳が開かれ背筋を曲げ始めた。
「ぅるるるる……」
そして喉の奥から搾り出すかのような唸り声を上げ始めた。遂にきやがった、野獣モード。
タケシはいつもの構えに軽く飛び跳ねる上下のフットワークを取り入れリズムを取り始めた。
「があぁ!」
叫び声と共に飛び掛るジュン、タケシは冷静に攻撃一つ一つを大き目のスウェーでかわす。前は急に動きが変わり引っ掻きの後の裏拳や妙な角度からの攻撃を受け続けてしまったが今回はそれを踏まえて避けている。流石タケシだ、所見じゃなければあそこまで綺麗にかわせるものなのか。
かわしながらもジュンの攻撃の切れ目に拳を合わせ、的確にダメージを奪う。試合の後ずっと考えてたってのは伊達じゃないな。
「あの時はあまりのリズムの変化に戸惑っちまったが、冷静に見ればお前の爪攻撃は振り下ろす、薙ぎ払うの二択のみ。気をつけるのはその後の追撃だけだ……読みやすいぜ」
「ぐ……ぐるるる……」
すげぇ、ここまで圧倒的とは。一度やりあっただけで良くこれほど見切れるもんだ。
「諦めて降参するか、その狂犬モードは辞めるかどっちかにするんだな。さっきまでの方がよっぽど……」
「がぁぁ!」
喋っている最中のタケシにまたも飛び掛るジュン。
「へっ、話が通じるなら狂犬じゃねーもんな。仕方ねぇ、終わりにしてやるぜ」
ジュンの爪攻撃を避けたタケシ、だがその動きが急に止まり裏拳をモロに喰らう。
「がっ……」
「あああああ!」
一発喰らい動きの鈍った所を追撃される、爪と打撃の乱舞。見る間に血だらけになり両膝を地面に付くタケシ。
「はあっ……はあっ、トロイ奴だな思いっきり喰らいやがって。だが楽しかったぜ……こんなに熱くなったのは久しぶりだ。集中力を切らせなければ俺の負けだっただろうな……」
息が上がるまで攻撃し続けジュンが勝ち名乗りを上げタケシの懐から玉を奪い取った、何だよ一体何が……
「貴様、今何をした!」
急に隣で大声を張り上げるエックス。目線はジュンではない、キリンの陣営……オカマを睨み付けている。
「何をしたって……ああ、これの事かしらね?ただの赤外線ビームよ。当たっても痛くも痒くも無い。ただこの暗闇で急に目に当たれば一瞬は目が見えなくなるかもね。別にゲーム出場者のアタシが手を出しても反則にはならないものね」
ケラケラと笑いながらビームを向けるオカマ、赤い光がエックスに当たっている。
「キサマ真剣勝負を何だと……」
エックスが前に出ようとすると別の所からも声がした。
「おい……ヨシノリ、お前俺の戦いを邪魔しやがったのか」
ジュンだ、倒れているタケシを見下ろしながら震えている。
「そうよ、悪く思わないでね。総長の命令よ」
「俺は実力で勝てたんだ、それを……」
オカマの方に歩み寄るジュンだが直前でケンジに目線を変え話し始めた。
「総長、アンタの命令ってのは本当ですか」
しばしの沈黙の後ケンジが口を開いた。
「ああ、本当だ。俺は勝てと命令したんだ、いい喧嘩しろだなんて言ってねぇ」
ジュンはケンジに背を向けた。
「俺はもうあんた等を仲間とは思わねぇ」
玉を投げ捨て会場を出て行こうとした。
「ちょっとジュンちゃん!」
「ほっとけ……今は勝つことだ、チームを抜ける制裁はまた今度だ。それより……」
ケンジはジュンの捨てた二つの玉を拾い上げた。
「この場合はどうするんだ?玉は入ったが一人抜けちまった」
ヘルメットがそれに反応する。
「それならチームの誰かが預かればいいかと。こちらのチームにも勝ちはしましたが次の試合には出られそうもない人が一人いますしね」
「そうか、ならこの二つと自分の持ってた一つで俺を倒せば三つが持ってかれる訳だな。んで、そっちの二つはお前が持つのか?」
「いえ、うちはトシキさんに預けますよ」
ヘルメットがワタルから玉を二つ貰いそれをトシキに渡した。
「そうか、お前をやれば一気に三つか」
ケンジがにやりと笑う、トシキは無表情に目線を返した。
「タケシ、大丈夫か?」
シンゴに担がれ俺達の所に戻ってきたタケシ。切り傷の上に打撃を加えられ腫れが酷い。
「わ……負けちま……」
息も絶え絶えに声を絞り出すタケシ。
「案ずるな、いい試合だったぞ」
エックスがタケシに話しかけ立ち上がった。
「次は我等の番だったな、タケシの仇は私が取ろう。これ以上奴をのさばらせて置くと何をされるか解らん。この場で叩き潰す」
「待ってください、あのオカマをやっておくのは賛成ですがその役目は譲れませんよ。僕が出ます」
睨み合うエックスとヒロシ、二人ともタケシの無念を晴らしたいんだろうな。
「ヒロシよ、タケシに対する君の気持ちは解らんでもない、だがここは譲ってもらうぞ。私にはタケシだけでなく部員達の思いも背負って居るのだ」
うっと声を詰まらすヒロシ、プロレス部が襲撃されたときにその指揮を取っていたのはあのオカマだ。そしてあの事件があるからこそエックスはこのゲームに参加する事を決意した。確かに譲れない相手ではあるか。
「任せてやれよ、ヒロシはあのオカマ一回やってんだしよ」
「え?一回やったってなんの話です?」
シンゴの言葉を不思議そうに返すヒロシ。覚えてないのか、酒癖だけじゃなく記憶も飛ぶんだな。
「兎に角任せて貰おうか」
エックスがリングに上がると一気に観客が沸き始めた。
「遂に出ました最強の猫ミスターァァァエックス!我々は貴方の戻るときを待っていた!今宵も雪を溶かす程の熱い戦いを見せてくれるのか!」
ミッキーも観客に負けじと声を張り上げる。凄い人気だな。
「どうなってんのコレ、すっごい歓声だね」
シンゴが唖然とエックスの背中を見つめた。俺も初めて見た時は同じ反応してたなぁ……
「さぁ、リングに上がりたまえヨシノリよ。闘いと言うものを教えてやろうではないか!」