猫と全国制覇
「正面からの一対一勝負ならこんなもんだぜ」
「ですね、今更こんな連中に負ける気はしません」
俺達の前にはフルフェイスのヘルメットを被りライダースーツの下には雑誌の鎧を身に付けた奴等が五人横たわっていた。
チーム猫の三回戦の相手は、去年散々やられたかぐや姫だったのだ。
「どうする、ヘルメットを剥ぎ取って正体を知っておくか?」
「ほっとけ。借りは返した、もうこんな奴等に興味はねーな」
一番でかい借りがある筈のシンゴがそう言うならと、皆横たわるかぐや姫に背を向けた。
「強い強い強い!因縁の路地裏猫対かぐや姫、始まってしまえばほんの五分程度の試合でした。これで路地裏猫は一足先に四回戦進出の切符を手に入れました、おめでとうございます」
ミッキーが賞賛を送る中その意味を重く捉える面々。
「遂にここまで来たな。後一勝でジャッジメントに会える」
「後一勝……やはり勝ち上がって来るのはキリンでしょうね、噂では二回戦も一人で勝ち抜いたとか」
タケシとヒロシが眉間にシワを寄せながら口を開く。
「もう一つ警戒しなきゃならないトコもいるだろ、ストレイキャット……あのヘルメット男とユイとサトシのチームだ。あそこも三人で勝ち抜いて後の二人は姿も見せていないらしい」
シンゴの言葉に皆口をつぐむ。
ヘルメット男か、アイツには聞かなきゃならない事があるな。
コイツ等と違って確実にヘルメットを剥ぎ取ってやらなきゃならん相手だ。
俺は足元に転がるかぐや姫を一瞥した。
「一番良いのは三回戦辺りでその二チームが潰しあってくれる事だな」
エックスの言葉に複雑な表情を浮かべながら頷く、勿論勝つ為には強敵と当たらない方が良い……だがアイツだけは、ストレイキャットだけは正体と目的を知りたい。
俺だけではなくみんな同じ気持ちの様だ、そう言ったエックスでさえもなにやら思い詰めている。
「明日は三回戦、キリン対ブルズの対戦となります。驚異的な強さを誇るキリンのケンジ選手。他の四人の選手は姿すら見せていない事も自信の表れなのでしょうか。ではまた明日お会いしましょう」
ミッキーの締めの挨拶を聞き観客が散り散りになる、もう見慣れた光景だが改めて考えると凄い事だな。
夜な夜な喧嘩してそれを見に来る観客達は殆どが高校か少し上程度。
少し前には考えもしなかった非日常が日常となる……妙な感覚だ。
「取り敢えず潰し合ってはくれないらしいな、明日どうする?俺は見に来るつもりだけど」
タケシがジャンパーを羽織りながら俺達に聞いてきた。
「そうだな、私も来る事にしよう。噂のケンジとやらの力量は戦う前に是非とも観ておきたい」
「僕も来ますよ、タケシがそこまで警戒する人、興味があります」
余り観戦には来ないエックスとヒロシがわざわざ見に来るとは、タケシから余程の事を聞いて居るんだろうな。
俺とシンゴも勿論見に行くつもりだ。
「おし、帰ろ帰ろ。また寒くなって来たからな、風邪引いちまう」
そう言いながらわざとかぐや姫の一人を踏みながら帰ろうとするシンゴ。
うぇっと小さく悲鳴をあげたかぐや姫を尻目に俺達も帰路に着いた。
ほぼ間違いなく、見るまでもなく明日の試合はキリンが勝つだろう。弱点……とまでは行かなくとも癖や戦闘スタイルは研究して置きたい、一分でも長くブルズとやらが粘ってくれる事を願うしか無いな。
次の日の深夜、俺達五人は昨日自分達が立っていたリングを見つめていた。
「もう何がなんやら……」
「たった一人で五人まとめてですか、本当に強過ぎますね」
試合が始まってから数分だ、左手をポケットに突っ込んだまま右手でストレート。
右拳がブルズの一人の顔面に突き刺さり、たった一撃でそいつは動かなくなった。
いきなり仲間の一人が戦闘不能になり狼狽えているとその隙に右拳を打ち下ろし、返す拳を裏拳気味にそれぞれ一人づつ撃ち抜いた。
それぞれ一発づつでダウンを奪い早くも三人が倒れている。
そこで要約一人が動き出しケンジに突っ込むが間合いに入る前に滅多打ちにされ前のめりに膝を落とした。
その光景をみた最後の一人は逃げ出した、逃げる奴に興味は無いと言わんばかりにダウンした奴等の懐を探り玉を奪い取った。
「これでチームキリン、四回戦進出となります。まさか三回戦までもたった一人で勝ち抜くとは……正直信じられません」
ミッキーが驚愕の声を上げる、同感だな。多対一の場合単純に敵が増えると言うだけでなく戦略も大きく広がる。
タイミングをずらす為の軽い打撃を与えるだけで集中力は乱れ一人でも背後に回られるだけでプレッシャーとなる。
それをモノともせず一瞬で四人を戦闘不能に追いやるのは強いなんて言葉では表現し切れない程だ。
「ん?おい、あれって……」
タケシが観客席の方を指差す、そこには席から立ち上がりゆっくりとした動きでリングに向かう長身の男の影が見える。
「おう、お前か。この町に居るのは知ってたんだがやっと挨拶しに来やがったか」
チャリチャリと奪った玉を手の中で遊ばせながらケンジが長身の男に話しかける。トシキだ!
「この前お前の作ったチームの残党らしき奴とやり合ったぞ、一人マシなのはいたが弱すぎる。ちっとは下のモンの教育くらいしてやれ」
そう言いながらタバコを咥えるケンジ。
「どうやら知り合いらしいな、どうなるんだ」
「トシキからしたら仲間をやった張本人に会いに来たって事だろ。そんなの決まってる、知り合いだろうと何だろうと……」
シンゴが呟く、その通りだろうな。トシキはあの赤髪達を守る為にジャッジメントの下に付く事を選んだくらいだ。
人に命令されるのが大嫌いな唯我独尊男がそう決断する程の仲間思いな人間だ、その仇を目の前にして只で済むはずが無い。
だがこれはチャンス、トシキがここに来た理由は良く解らんがあの二人が潰しあってくれる事ほど助かるシナリオは思い付かない。
しかしその後の光景は目を疑うものだった。
「おう、悪りぃな……」
無言でライターを近付けケンジのタバコに火を付けたのだ。
「で、この町はもうシメたんだろ?だったら兵隊ごと戻って来い。お前以外の幹部はもう殆ど町ごとシメて戻ってきてるぞ。とっとと全国制覇を終わらせる」
えっと……どういう事?
「つまりあのケンジってのがトシキに命令してこの町をシメに来たって事か」
「そして事実この町の暴走族チームを潰し、その勢力を拡大させながら唯一無二の存在となりました」
「その目的が全国制覇……マジでそんな事考えてるのかよ」
みんな信じられないと言った表現でリングを見つめている。あのミッキーでさえ息を呑み言葉を失っている。
するとそれまで口を開かなかったトシキが喋り出した。
「いつまで……俺の上のつもりで居るんだ?俺はキリンの幹部トシキじゃねぇ。キゾクのアタマのトシキだ、仲間の仇討たせて貰うぞ」
それを聞きクックと含み笑いを漏らし、やがては腹を抱えて笑い出すケンジ。
「ハッハッハ、下らねぇ。兵隊に情が移ったかよ。……今のは聞かなかった事にしといてやる。良いから戻って来い」
そう言い終わる瞬間にトシキが拳を突き出した、不意打ち気味の最短を射抜くストレートだ。
ケンジはそれを躱し同時に同じ軌道の拳を繰り出す、しかしトシキもそれを避け互いの肩の上に互いの繰り出した拳が置かれる状況となった。
「ほう、ちっとは腕を上げたか」
「いつまでも俺の上のつもりで居るなと言ったはずだ」
二人が拳を仕舞うとトシキが背を向けた。
「ん?どうした、やるつもりじゃなかったのかよ」
「今日はただの挨拶だ、アンタとは相応しい舞台で決着をつけてやるよ」
トシキはそう言い捨てると振り返らずに闇に消えて行った。
「クソが!」
横たわるブルズの一人を蹴り飛ばしケンジも逆方向の闇に消えて行った。
「相応しい舞台って五回戦って意味ですかね?」
ヒロシの言葉を聞き考える。
確かにトシキはジャッジメントに飼われている以上勝手に私闘は出来ない筈だ……多分。
そうすると堂々と戦えるのはキリンが五回戦に勝ち上がる事。
「舐めやがって……」
思わず声が出た、俺達が負ける前提で話進めやがって。こうなったら四回戦でケンジの野郎を叩き潰してトシキの鼻を明かしてやる。
「やる事が明確になったな、そう簡単に考えてる通りに事が運ばない事を教えてやるぜ」
シンゴの鼓舞に皆頷き決意を固めた。
五人共気合は十分、拳を合わせみんなと顔を見合わせた。
負けるか……負けてたまるか。俺達の目標はケンジじゃない、その後に控えているジャッジメントだ。
そして数日後四回戦の通知が届いた。
対戦相手はキリン、そしてストレイキャット……遂にこの時が来た。