猫と新たな脅威
「遂に出て来やがったか、今までちっとも顔を出さなかったのが不思議なくらいだったけどよ」
タケシがリングの方を見ながら呟く。
オカマとの試合が終わり数日後。俺とシンゴ、タケシの三人は試合観戦に会場に来ていた。
因みにエックスは朝練、ヒロシは酒のせいか寝込んでいる為に来ていない。
「さあ、遂に出て来ました。この町の絶対王者にして唯一無二の存在……チームアイアンロッド。その存在を知らない方の為に情報を捕捉させて頂きますと、その内情はあの解散したはずのキゾクのメンバーが再結成した暴走族チームです!」
先頭を歩くのはシンヤか、あの目立つ赤髪は忘れ様にも忘れられない。その後ろには確かキゾクの副総長のシュウジ、その後ろの三人も同時トシキと共に悪名を轟かせ一度は見た事がある有名人だ。
「ち、流石の迫力だな。トシキが居なくても油断は出来ないな」
シンゴの言葉に俺とタケシが頷く、その言葉通り堂々としたその立ち振る舞いは土俵に上がる横綱の様である。
「そのアイアンロッドの最初の対戦相手はチームキリン?手元の資料には情報がございませんが県外からの参戦の様です」
ミッキーのアナウンスに反応してゆっくりとリングに向かう長身の男。どうやら一人しかいないみたいだが?
「妙ですね、チームキリンのメンバーは五人の選手名が登録されてるみたいですが現状は一人なのでしょうか?」
五体一の圧倒的不利な状況にも何のリアクションもしない、ある種余裕の長身の男に赤髪が噛み付く。
「おい、お前以外の四人は怖くて逃げちまったのか。律儀にお前だけ来なくても良かったんだぜ?」
シンヤがくっくっと笑いながら話し掛けるが長身の男は怯まずに立ちすくんでいる。
ただでさえ長身の男が上を見上げ表情は全く読めない。ライトも丁度影になっている。
その男が目線を下げ始めて口を開いた。
「別に一回戦くらい俺一人で充分だと判断しただけだ……それよりお前等キゾクの再結成したチームだと?だったらアタマはトシキの奴じゃねぇのか、アイツはどこ行きやがった」
対戦相手の口からトシキの名が出て若干狼狽えるシンヤ、その肩に手を置き今度はシュウジが前に出る。
「流石トシキだ。名前は県外でも知れ渡ってるらしいな、だが生憎とアイツは仕様で出てこねぇよ。運が良かったな」
「要するにトシキが作ったチームの名前に群がった負け犬共か。一回戦くらいと期待はしてなかったが予想以上にガッカリさせやがる」
その言葉にアイアンロッドのメンバーがひりつく、想いはトシキの居場所を守ろうとした行為なのだろうが実際は出て行ってしまったトシキが戻ってくる兆しは一向に無い。
そいつ等に対してトシキの名前を出す事は起爆剤以外の何でも無いはずだ。
「テメッ……!」
一番に飛び出そうとしたのはシンヤだがまたもそれを止められる。
「いちいち挑発されてんじゃねぇ。今のこのチームのアタマはお前だ、堂々としてやがれ」
そう言い諭され軽く深呼吸するシンヤ。
「で、では両チームのリーダーで勝負内容を決めて頂けますか?アイアンロッドのリーダーシンヤ選手とキリンのリーダー……この会場にいらっしゃってるのはケンジさんで宜しいのでしょうか」
ケンジと呼ばれた長身の男は一歩も下がらず左手をポケットに突っ込み右手の人差し指でコイコイと挑発する。
「勝負内容もクソもねぇよな。この場に居るのは俺だけなんだ、まとめて掛かって来いよ」
「この……どこまでもっ!」
我慢の限界を超えたシンヤが飛びかかる、ケンジは指を握り拳に変え素早いジャブを繰り出す。
しかし、シンヤも良く見ている。そのジャブを躱し懐に飛び込むが次の瞬間動きを止め、両膝から崩れ落ちた。
「な、何が有ったんだ?」
思わず呟く、ずっと見ていたにも関わらず何が起こったのか理解出来ない。
そもそもたった一撃でダウンを奪うなんて……
「あれはラビットパンチだ」
「何だそのかわいいのは?」
タケシが口を開くとシンゴが素早く反応した。
「簡単に言うと後頭部を狙う反則打だ」
「反則技かよ……」
「ああ、ボクシングならな」
その言葉の意味は良く解る、ボクシングならと言うのは反則の存在しないこのゲームでは旨い技という事だ。
そもそも相手に拳を避けさせその返しの拳を後頭部に当てる技術はかなりのもんだ。
そして、俺はそのパンチの軌道を知っている……あの片手をポケットに突っ込んだまま鞭の様に拳を使うやり方。トシキとソックリじゃないか。
リングの真ん中で座り込んだシンヤの顎を蹴り上げ、また指でコイコイと挑発するケンジ。
「これじゃ折角こんな田舎まできた意味がねぇよ。下らねぇプライド捨てて全員で来いよ」
そこから先は只の虐殺だった、あのトシキと共にこの町を恐怖で統一したキゾクのメンバーがたった一人の男に手も足も出なかったのだ。
「お前は少しは骨があるな、トシキから俺の事聞いた事無いのか?」
唯一立っているのはハアハアと肩で息をするシュウジだ、対してケンジは余裕の表情。
「知らねえな……」
「そうか、お前等みたいな下っ端に言う事でも無いって事だな」
「へっ、テメーの事なんかわざわざ話す事でも無いって事だろうが」
その言葉を最後にシュウジは殴り飛ばされ動かなくなった。
「試合……終了です。何という事か、あのキゾクの精鋭がたった一人の男に倒されてしまった……強すぎる」
いつもは興奮して会場を盛り上げるミッキーも今日ばかりはテンションが低めだ。
この町の最強の一角であるキゾクがヨソ者に良いようにやられてしまったのた、内心穏やかである筈が無い。
「どうよ、アレ……」
「強いな、少なくとも喧嘩ではアレに勝てるイメージは湧かないな」
俺の問いに何時になく弱気な発言のタケシ、普通なら俺に任せろと言う奴なのに……
「あのハンドスピードは厄介だな、加えてあの長身から繰り出されるリーチ。懐に飛び込んで組みつくのはほぼ不可能に近い」
接近戦の第一人者のシンゴもお手上げと言わんばかりだ。
「可能性があるならヒロシの独特なリズムかエックスの訳の解らんパワーに託すしかないかな」
タケシは真剣に考えていた様に見えたが、要はここに居ない二人のどっちかに丸投げすると、そういう事らしい。
だが賛成かな、あんなのトシキだけで充分だ。あのタイプと喧嘩してたら体が保たん。
できればどっかで負けて欲しいが他の四人のメンバーは姿すら見せてない、確実に脅威となるだろうな。
「し、失礼致しました。余りの事に茫然自失となっておりました、明日の試合内容はチームストレイキャット対チーム桃太郎の対戦となります。では皆さんお気を付けてお帰り下さい」
ストレイキャットか、猫ネームなのは気になるが明日は来なくても平気そうだな。今日みたいなダークホースはもう現れないだろう。
「取り敢えず優勝に邪魔になりそうなのはキリンだな。てっきりキゾクが立ち塞がってくると思ってたんだけどな」
シンゴがそう言いながらリングを見るとフラフラになりながら五人が立ち上がろうとしている、意識は取り戻したんだな。
「帰るか……」
とてもテンションは上がらないが、試合が終わった今、ここに居ても寒いだけだ。俺達は新たな脅威のキリンの事を思い浮かべながら帰路に着いた。
しかしまだダークホースが隠れていた事を俺達は知らなかった。
明日の試合のストレイキャット、そいつ等はユイとサトシを引き連れたヘルメットの男だったのだ。
その事を知るのはまた数日後、風の噂で聞いたのだが次の日の試合を観に行かなかった事を後悔したのはまた別の話……