猫の時間稼ぎ
「タフな奴だな、殴ってるこっちの方がへばっちまいそうだぜ……」
「ぐぅぅ……」
始まってから十分は経っただろうか、エックスは攻撃を喰らい続けフラフラになりながらもまだ倒れずに踏ん張ってくれている。
「これはどうした事でしょう……あのミスターエックスが防戦一方で手も足も出ないとは。ダイヤモンドタートルズ、これ程の実力を持ちながら前回の行動は益々合点がいきません」
ミッキーは若干違和感を感じているかも知れないが観客は期待していたエックスの不甲斐ない戦いぶりにブーイングすらも起こっている。
「おい、もうそんな打たれ強いだけの雑魚は道具使って終わらせちまえよ。まだ四人も残ってんだぞ」
相手側から腹の立つ声援が聞こえる、クソ……普通にやってればエックスがお前等程度にやられるかよ。
「そうするか、もう疲れちまったしな」
相手が試合前に投げ捨てた鉄パイプを拾い上げエックスに近づいていく。
「もういい。エックス、降参しろ!」
俺の声に何の反応もせずに棒立ち状態のエックス。
「じゃあな、マスクマン」
「ぐはぁ」
エックスは腹の辺りに鉄パイプのフルスイングを喰らいダウンした。
「第一試合……勝負あり……のようです」
対戦相手はエックスのズボンのポケットを探り石を奪い悠々と自陣に戻った。
「ち……くしょう……」
タケシが悔しそうに声を絞り出す。
「タケシ、まだ何か思い付かないんですか?」
「無理に決まってんだろ、俺達五人は試合中で誰か一人でも居なくなったら直ぐにバレる。しかもアユミちゃんを見張ってる敵が何人なのかも解らない……せめて本人に自分が危険な立場だと認識させる事が出来れば何とか……」
タケシが頭を掻き毟り顔を歪める。
「そうだ、アユミちゃんは携帯持って無いんですか?知らせるだけならそれでも……」
ヒロシがパッと顔を上げるがそれに対し俺は首を振る。
「さっき俺も聞いたよ、あの子携帯持って無いらしい」
うちの親はそこそこ厳しいからな、中学生の女の子に携帯を持たせる考えなんてあるはずも無い。ついでに言えばこんな時間に外にいる事がバレたら相当な雷が落ちる事だろう。
「仕方ないな、次は俺が行ってくる。頼むぞみんな」
エックスをリングから背負って来たシンゴが地面に座らせながら言った。
「もう良い、次こそ俺が出る。シンゴは残ってくれ」
「カッコ悪い事言うなよ、もう諦めたのか?まだ時間も有るし玉も四つ残ってる、勝機は有るだろうが」
シンゴは俺の肩をポンポンと叩くとエックスと同じ様にリングに上がって行った。
どうにかしないと、このままじゃ俺の所為でみんなが……考えろ考えろ、どっかに手があるはず。
「シンゴさーん!まけるなー!」
アユミはまだ能天気に応援を続けている、お前が居なけりゃ負けないんだよ。どっか行ってくれ!
「何だ俺の相手はアンタかよ、ヨウイチさんかジュンさんをやった奴を打ち取れればチームでの俺の名も上がるってのによ……ま、順番だ。お前で我慢してやる。ちっとは反撃してくれよ?八百長だとか言われたく無いんでな」
シンゴの相手は威勢だけはいいがただの小太り、喧嘩どころかスポーツも経験なさそうな体格だ。
普通にやってればシンゴなら簡単に片が付くだろう。だが今は……
「では、第二試合開始して下さい」
ミッキーの掛け声が終わらない位のタイミングで相手がダッシュで間合いを詰め、その勢いを利用してのボディブロウ。
二発、三発、四発とシンゴのボディに執拗に攻撃を加えてくる。
左右の連打では無い、左手で襟を掴みモーションの大きい右手のみのボディ攻撃だ。
「お前も頑丈な体してやがんな。さっきのマスクといいどうなってんだ、勝負はもう決まってんだからとっとと寝た方が身の為だろうが……よ!」
喋りながら更にボディに攻撃を加える、シンゴは呻き声すらも上げず耐えている。
このままじゃエックスと同じくやられるのを黙って見てるだけだ、どうにかしないと……
不意にタケシを見るとアユミの方をジッと見つめている、何か思い付いたのかと俺も視線を向けると何処かで見た様な女の子がアユミに話し掛けているのが目に付いた。
「あの子って確かユイの彼女のリョーコちゃんか?」
タケシが呟く。そうか、どっかで見た事あると思ったらあの子か。
するとリョーコちゃんが急にアユミの手を引っ張り走り出した。
しかし、走り出した方向にもオカマの部下が居たらしく直ぐに囲まれた。
「な、何だ?どういう事だ?」
「解りませんがチャンスなのでは?僕等も仕掛けてアユミちゃんを取り戻しましょう」
ほんの二十メートル程の距離、十秒で辿り着ける。だがアユミは四方を囲まれている。もし刃物でも隠し持たれていたら……
不覚にも嫌な考えが脳裏を過ぎり初動が遅れた。
「それ以上近づいたらぶっとばします!」
リョーコちゃんが良く通る声で叫ぶ、観客はヒートアップした人同士が観覧席でも喧嘩を始めたのかと更に盛り上がる。
「へっ、お嬢ちゃんが何言ってやがんだよ!」
アユミとリョーコちゃんを取り囲んだ数名が一斉に飛びかかる。
「ぎゃ!」
俺が走り出した時には小さい悲鳴が響いていた。恐る恐るアユミの方を見ると……
「聞こえなかったか、ぶっ飛ばすと言ったんだ」
アユミの周りを取り囲んで居た数名はユイに倒されていた。
そしてその奥から現れたのはサトシとあのヘルメットの男。
「アイツ、何で……」
俺と同じタイミングで飛び出したタケシが隣で今の状況に戸惑っている。
アユミを取り囲んだ残りの数名も俺とタケシが辿り着き事なきを得た。
俺が小走りにアユミの元に駆け寄るが本人は「ん?」と言う表情で俺を見上げる、どうやらまだ今の状況を飲み込めていないらしい。
「お前な、何考えてるんだ。こんな所に来て!今だって……」
俺が危険だった事を伝えようとするとヘルメットが俺の顔に向けて掌を広げ言葉を遮った。
「もう済んだ事です、敢えて恐怖を与える事も無いでしょう。お嬢さん、もう真夜中です……今宵は私共が家までお送り致しますので帰りましょう」
「でもおにうえの応援しないと大変だって……大怪我しちゃうかもって」
きっとオカマかその手下にそう吹き込まれたんだな、俺を心配そうに見つめる。
「お兄さんなら心配無用です、この程度の奴等に負けるほど情けない人達では有りませんよ」
「さ、行こう。女の子がこんな時間に出歩いちゃいけませんよ」
リョーコちゃんが手を伸ばし、安心したのかアユミはその手を握り返した。
しかしアユミを連れ歩き出そうとするのをタケシが止めた。
「おい、待てよ。お前らなんか信用出来るわけ無いだろ、裏切り者が……アユミちゃんを置いてけ。試合が終わり次第俺が送ってく」
ユイとサトシが目線を落とし唇を噛み締めた。
「信用しろとは言いません、前も言いましたが貴方達と思いは違えど敵対するつもりは無いのです。それに彼等が裏切ったと考えるのも早計では?今回の貴方達の様に事情があるのかもしれませんよ」
「テメー……次から次へとポンポンと」
タケシがヘルメットに仕掛けようとするのを俺が止めた。
「おい、ナオ……」
「良いんだ、今はコイツ等を信じよう。アユミ、ちゃんと家に帰るんだぞ」
「うん……」
頷くアユミを見届け俺は背を向けた。
「心配なされなくても確実に家まで送り届けましょう。信じて下さって有難う御座います」
「テメーが俺の考えてる通りの奴だったらアユミに手出す真似は絶対しないって知ってるだけだ」
俺の言葉を聞き意味深な会釈で答えるヘルメットの男。
「誰と勘違いしてるのかは知りませんが一つ言わせて貰うと、ここで負けてしまう程度の人達ならば最初から何の興味も有りません。試合の応援も邪魔もする気は無いので存分に戦って下さい」
「けっ、この前は邪魔して置いて良く言いやがる」
納得行かない様子のタケシは未だも噛みつこうとしている。
それを無視し、ヘルメットとユイ達はアユミを連れてこの場から去って行った。
「えー……どうやら猫の関係者が観客席で人質に取られ、それを謎の人物と元猫のユイさんとサトシさんが助けたという事でしょうか?以前は猫の両チームを失格にさせた人物が今度は手を貸す行為を……全くもって不可解な人物です」
ミッキーが今の状況を解りやすく説明してくれ、観客からはオカマを非難する言葉で埋め尽くされる。
そして試合中のリングの上ではその一部始終に目を奪われていたシンゴが動き出した。
「おい」
対戦相手がシンゴの呼び掛けに反応し咄嗟に体を向き直り正面を向くがその瞬間……
ズドン!
シンゴのボディブロウが炸裂、その一撃で相手は腹を抑え「うぇぇぇ」と声を漏らしながら両膝を付いた。
「雑魚が」
両膝を付いたままの相手の顎を蹴り上げて、結果シンゴは余裕の勝利を収めた。
「全く、とんだ邪魔が入ったものね。良いわよ……アタシが策だけの人間じゃ無い事を教えてあげるわ」
ブーイングが飛び交う中、シンゴが蹴り上げた男を邪魔そうに蹴散らしながらオカマがリングに上がってきた。
遂にコイツが出てきたか……強かろうが謝まろうが関係無い。叩き潰してやる。