猫の一番槍
「最早感動すらも覚えます……去年の覇者であるチーム猫が本当の意味で再結成したのです。一時は敵となり何度か素晴らしい試合を見せてくれた者同士が一年の時を超えて手を取り合ったのです!」
観客が沸き立つ、相変わらず大袈裟な事を言う奴だ。
「一回戦は猫の名に恐れをなしたのか対戦相手が現れず不戦勝となりましたが、二回戦はその名が通用しない県外からの挑戦者。タケシ選手とヒロシ選手には因縁の相手となるダイヤモンドタートルズです」
ただの冷やかしの登録だったのかミッキーの言う通り名前にビビったか真相は定かでは無いが一回戦は例の如く不戦勝、そして二回戦の相手はまたしてもこのオカマだ。
「では両チームのリーダー、ナオ選手とヨシノリ選手前にどうぞ。試合ルールを決めて下さい」
ミッキーの合図を機に俺とオカマがリングの上に上がる、至近距離で見ると更にキッツイな。冗談抜きで気持ち悪い。
「ヨーちゃんがやられたって聞いて只者じゃ無いとは思ってたけどね。まさかアナタが噂の猫のリーダーだったとは……するとジュンちゃんとダイちゃんはアナタの手下にも歯が立たなかったと言う訳ね」
ヨーちゃんってのはヨウイチの事か。
「言っとくがな、あいつ等は仲間だ、手下なんかじゃねえよ。俺達の間に上も下も無いんだよ」
「アラそれは良かったわ。ならばアナタが一番強いからリーダーやってる訳でも無かったのね」
何が言いたいんだこのオカマ野郎。
「どうでも良い、とっととルール決めちまおうぜ、タケシとやった時の様に人数集めて来たか?構わねぇぜ、俺達五人揃ってる状態な
らジャッジメントが来る前に十でも二十でも叩き潰してやる」
「失礼しちゃうわね、同じ手を使う程馬鹿じゃ無いわよ。一対一でジックリ楽しみましょ」
今度は何を考えていやがる……このオカマが正々堂々ってのは有り得ない。何を隠してやがるのか。
しかし勘ぐっていても始まらない、どんな手を使われようが、その作戦ごと潰しちまえば良いだけの話だ。
実は次の相手がオカマと知った時点で何か企んでいるのは全員一致の意見だった。しかしどんな罠を仕掛けられるか解らない以上、仕掛けられてからそれを迎え討つしかないと言う結論に至ったのだ。
本当はこういうのを考えるのはカズの役目だったんだけどな……あいつが居ればもうちょっと作戦らしい作戦も思い付いたかも知れない。
「解った、一対一だな。依存はねえよ」
一刻も早くオカマを視界から消したい俺はそれだけ言うと背中を見せ仲間の元に歩き始めた。
しかしそんな俺の心情を嘲笑うかの様にオカマは俺に話しかけてくる。
「そうだ、ちょっといいかしら?」
「……何だよ」
こっちはとっととお前の射程内から消えたいんだよ、見た目だけでも気持ち悪いのに化粧の臭いがコレまた……
「あそこに居る子はアナタのファンかしら?応援してくれてるわよ」
オカマが顎をしゃくって指す方向を見ると両手をブンブン振り回し喚いている少女が視界に飛び込んできた。
「おにうえー、がんばれー!」
!?
「アラアラ、やっぱりアナタのファンなのかしら?良い所見せてあげないとね……お、に、い、ちゃん」
あれは俺の妹のアユミだ、何でここに?
いや、それよりもこのオカマ今お兄ちゃんて……俺とアユミの関係を知っている。
背中に冷たい汗が流れるのが解る、嫌な予感を必死に追い払おうとするが更に追い討ちを掛けられる。
「可愛い子ね、食べちゃいたいくらいに。偶然あの子の隣に居るのはアタシの知り合いなのよ、声掛けちゃおうかしら?」
「てめ……」
馴れ馴れしく肩を組んでヒソヒソ声で話しかけてくるオカマの腕を払い除けた。
「あら、怒りっぽいのね。そんなんじゃモテ無いわよ……それじゃ正々堂々と闘いましょうか」
余裕たっぷりに自陣に戻って行くオカマに対し俺は拳を握り締める事しか出来ないでいる。何と悔しい事か。
「後半は何を話していたのか聞き取りにくかったですが、どうやら一対一の闘いに決まった様です。前回は反則により会場を滅茶苦茶にしたダイヤモンドタートルズ、猫への応援に力が入ってしまうのは私だけでは無いはずです!」
呑気に大声で俺を応援するアユミを一瞥した後、ミッキーの声を聞き我に返り俺も仲間達の元に戻る。どうしたら……
「どうしたんですか?何か言われてたみたいですが……」
心配そうなヒロシを見ながらアユミの事をみんなに話すと一堂に黙ってしまった。
「クソ……相変わらず姑息な事を……」
タケシが拳と掌を合わせギリギリと力を入れる。
「これは問題だな、まず第一にアユミちゃんが人質の自覚が無いこと。第二に目の前でゲームが行われる以上何か不審な行動を起こしたら即座に……」
シンゴも腕組みをし考え込む。
「とにかく女の子を危険な目に合わせる訳にはいかねぇ、一回戦は俺が出る。心配しないでも手は出さねぇよ」
タケシがそう言うと黙っていたエックスが語り出した。
「待て、タケシよ。その前に一つ確認して置きたい……ナオはこの勝負を諦めアユミ嬢を助ける事に集中するのか、それとも多少危険でも助けた上で奴に一発ぶち込みたいのかどっちなのだ」
「ちょっとエックス、家族が人質に取られて居るのにそんな事……仕方がないじゃ無いですか」
ヒロシが俺との間に割って入り庇ってくれようとするがシンゴがそれを止めた。
「ヒロシ、エックスが言いたいのはそう言う意味じゃ無いって」
一呼吸置いて俺は答える。
「あのオカマ許さねぇ……必ず後悔させてやる」
俺の言葉を聞くと四人全員が頷いた。
「よし、ならばタケシよ、やはりお前は出るべきでは無い。一回戦は私に任せて貰おう」
「何か考えが有るんだな、聞かせろよ」
みんなの期待の眼差しを受けエックスは堂々と言い放つ。
「無い!」
緊迫した場面であるにも関わらず全員ズッコケた。
「あ……あのなぁ……」
「無いからこその判断だ、手は今からお前が考えるのだタケシよ。いつもこんな場面ではカズの悪知恵に助けられて来た、奴が居ないのならば頼れるのはお前だけなのだ。なーに任せて置きたまえ、作戦を思い付くまでの時間稼ぎくらい耐えて見せる」
エックスはそう言うと背を向けリングに上がろうとした。
「待てよ、これは俺の妹の問題だ。時間稼ぎなら俺がする、俺にやらせてくれ」
肩に手を掛けた俺の手を下ろさせながらエックスが喋り出す。
「水臭い事を言うな、お前の家族は我々の家族も同然だ。そしてナオのタフネスぶりは身を以て知っているが攻撃を耐えるのはレスラーの本文と言うもの。皆の代わりに攻撃を受けるのも、猫の一番槍も譲る気は無いぞ」
「でもよ……」
自分の代わりに仲間がやられるなんて我慢出来る訳が……俺が喋り出す前にエックスが歩き出す。
「ナオはあのオカマを倒す事だけ考えろ。タケシよ、頼んだぞ」
タケシを見ると周りを見渡しながら何かを探している、何か手は無いかと画策しているんだ。
「早速出ました!現役引退を取り止め舞い戻ってきてくれた猫最強の男、ミスターエックス!また我々に血の沸き立つ戦いを見せてくれるのか!」
エックスがリング中央に行くと既に相手も立っていた、鉄パイプを肩に担いだガラの悪い金髪男。
「光栄だね、ダイスケさんに勝つような奴とタイマン張れるとは。正々堂々と楽しみましょうか」
「外道が……」
そう言うと持っていた鉄パイプを後ろに放り投げカランカランと音が響く。
「タケシ、何か思いつきましたか?もう始まっちゃいますよ!」
「うるせー、今考えてんだ。ちょっと待ってろ!」
ヒロシとタケシが言い争っている中ポツリとシンゴが呟く。
「カズのあの人を喰った思考があれば何とかなるかも知れないのに……」
カズの考え……そうだ、アイツなら……カズならどう考える……
「では二回戦第一試合、開始して下さい!」
無情にもミッキーの試合開始を告げる声が響いた。