猫の思い
次の日、俺はヒロシ達に会いにM高に来ていた。
マサミチとマサトシは二人とも病院送りにされた事をヒロシから電話で聞き、その報を受け病院に向かったが面会謝絶で家族以外は会うことすらも出来なかった。
俺は何となくその足でトボトボとヒロシ達の居るM高に向かったのだ。
「アイツ等、勝手な事しやがって……」
タケシが口惜しそうに壁に握り拳を押し付ける。
「二人とも大丈夫ですよね」
「大丈夫に決まってる、一発ぶん殴ってやらなきゃ気が済まねぇ……」
苛立ったタケシは尚も拳に力を入れミシミシと音が聞こえそうな程だ。
「これからどうしましょうか。マサミチ君はもうゲームに関わるなと言ってましたが、彼等は粛清対象になってしまいました。この先延々と入院を繰り返させられるなんて黙って見てられませんよ」
一年前ヒデさんが言ってたな。殺す様な真似はしない、ただこれから先退院する度にもう一度入院して貰うと……
「そんな真似許せるわけねぇよ。やるぞ、ヒロシ……俺達だけでもジャッジメントを叩き潰す」
「そうですね、やるしか無いですよね。例え勝算が限りなく低くとも、友達を犠牲にしてのうのうと生きて行くのはゴメンです」
タケシもヒロシも心は折れてない、それどころか今迄以上に……今迄見た事が無い程の殺気を放っている。
「ナオさん、良ければですが……」
ヒロシの言葉を制し代わりに俺が口を開く。
「皆まで言うなよ、俺だって同じ気持ちだ。元々敵ではあったが去年あの二人には助けられてるんだ……俺にも手伝わせろよ」
「有難うございます」
大袈裟に頭を下げるヒロシ。水臭いんだよな、自分と一緒に死んでくれくらい言っても良いのによ。
「シンゴも来てくれるかな?」
タケシがソッポを向いたまま呟く。
「ああ、きっと助けになってくれる筈だ。後でメールしとくよ」
「ならば後一人ですね、勝算は低い……ですが、それを一パーセントでも上げるためには一人でも戦力が欲しいです」
神妙な顔をしながら俯くヒロシ。
「やっぱアイツしか居ないよな。今の時間はランニング中か?」
「いえ、この前部長になったせいでランニングに出る暇も無いとかボヤいてましたから部室にいるかもしれませんよ」
アイツか。思い当たる人物は一人しか居ない、俺達の中で最も頼りになる仲間だ。
だけどアイツは俺との試合が終わった時にゲームから退くとか言ってたな、アイツ頑固そうだしどうやって説得するか……
俺達三人は期待と不安に胸を膨らませプロレス部の部室に向かった。
「邪魔するよー……って何だその様は。いくら部活だからって気合い入り過ぎだろ」
「こんにちは……これは酷いですね、身体を痛めつけるのと鍛錬は似て非なる物ですよ。もっと効率を考えた鍛え方をしないと……」
二人に続き俺も部室に入るとタケシ達の言っていた言葉が良く分かる。
部室内には二人しか居なかったがその二人共身体中に生傷を拵え、息も絶え絶えの状態で倒れ込んでいた。
「タケシ先輩、ヒロシ先輩……自分等はランニング中に変な奴らに襲われまして。何とか逃げ出して部長を呼びに来たんです」
「な……それでユタカは?」
余りの予想外の展開に俺は絶句したが、タケシが何とか声を絞り出す。
「直ぐに向かってくれました、あいつ等急に後ろから襲い掛かってきてマスクを出せとか訳の解らない事を……」
マスク……エックスを狙ってM高のプロレス部に仕掛けてきたって事か。
「おい、俺達も行くぞ!」
タケシがドアを蹴り飛ばし外に出た。
「全く、行くのは解ってますが焦り過ぎですよ。それで場所は何処ですか?」
「近くの公園です。お願いします、部長とみんなを助けて下さい」
ヒロシはそいつの手を握り返しニッコリと微笑んだ。
「任せて下さい、これ以上友達を傷付けられるのを黙って見ている気は有りません」
握り返したその手を置きヒロシも部室を出た。俺もそれに続いた。
「なにしてんだよ、早く行くぞ」
「場所も聞かないで飛び出しておいて何処に行く気ですか。近くの公園です、行きますよ」
タケシは冷静な物言いに何とも言えない表情を浮かべつつもヒロシの後に続き走り始めた。
「なぁ、その公園って遠いのか?」
「いえ、直ぐそこですよ。三分も掛かりません、あそこに見えて来たのがそうですよ」
短距離ではあるがほぼ全力疾走の為、息を切らせながらも前方を指差すヒロシ。
あれか、確かに胡散臭そうな単車が何台が止まってるな。プロレス部に不意打ちを仕掛けてきた奴らの乗って来た物に違い無い。
「おい、ユタカ!無事か?!」
公園に入るなりタケシが大声で叫ぶ。そんなに広くない公園だ、園内の人間の視線を集めるには充分過ぎる。
「あら、あなた達……」
そこに居たのは横たわっている部員たち、そしてシノを抱き抱えるユタカ。更にその相手は先日のオカマだ。
「お前は……会いたかったぜ」
イクオ……じゃない、その双子の兄のヨウイチか。更にはタケシの腕を喰い千切った狂犬ヤローも居る、確かジュンとか言ったっけ。
「ちょっとヨウイチさんもジュンさんも今は余計な連中に構ってる暇は無いっスよ。ヨシ姐も何とか言ってやって下さいよ」
こいつも見覚えがある、エックスと一回戦で戦っていたダイスケとか言う奴。この県外からのチームってみんなグルだったのかよ。
「折角会えたんだ……黙って帰るなんて出来るかよ。ジュン、お前もそうだろ?」
隣ではボサボサ頭の間から目を光らせ、ジュンが「グルルル…」と低い唸り声をあげながらタケシを睨み付けていた。
「ちょっとアンタ達、今日の作戦はボス直々の命令よ。アタシの言う事を聞かないならボスに言いつけるわよ」
その言葉を聞きヨウイチとジュンは俺達を睨み付けながらも動きを止めた。
「さて、聞きたい事はたった一つ。アンタ達のリーダーのミスターエックスの居場所を教えなさい。SSSゲームの最大の障害になり得るあの人はどうしても潰して置きたいのよ」
「だから知らねえって言ってるだろうが。それにあの人はもうゲームには参加しないんだよ!」
ユタカに抱えられたまま、シノが叫ぶ。
やはり目的はエックスか、このオカマ次から次へとロクでもねぇ事考えやがって。
助けに向かいたいが目の前にはヨウイチとジュンがいる、ボスの言いつけとやらで仕掛けては来ないがこっちから攻めたら流石に動く筈、迂闊に動けないな。
「そ。ならばもうここには用事は無いわ、退くわよ」
「ちょ、何でだよヨシ姐。こいつ等が折れぬ魂のメンバーなのは間違い無いんだ。あのマスクヤローだって絶対この近くに居るはずだっての!」
ダイスケが慌てて取り繕うがオカマは涼しい顔で歩き出す。
「だとしても仕方ないわよ。この後どれだけ痛めつけても言いそうに無いし、更には余計なお客様までいらっしゃったしね」
ダイスケが俺達を睨み付ける。
「それに仲間がこれだけやられて出て来ないって事はただの腰抜けか本当に居ないかのどっちかよ。最早相手にする価値は無いわ」
オカマは単車に乗りエンジンを掛けた。
「さ、帰るわよ。アンタ達……タケシ君と言ったわよね。貴方とはまた会える気がするわ、またね」
オカマは投げキッスをタケシに送った。
「ナオ……だったな、次に会った時がお前の最後だ、楽しみにしておけ」
ヨウイチは親指で自分の首を掻っ切るポーズをし、背を向けて単車に乗り込んだ。
ジュンも口惜しそうに唸り声をあげながら背を向けた。
オカマ達が爆音と共に去った後、ユタカがシノを抱えながら声を絞り出した。
「ゴメン、シノ、みんな……俺は……俺のせいで……」
「マスクしてないアンタになんの期待もしてねぇよ……きっとこの場にエックスが居たら……」
シノは話の途中でガクリと崩れた、意識を失った様だ。
プロレス部で鍛えられた連中でもあいつ等相手では手も足も出なかったんだな。全身ズタボロだ、多分ユタカが来るまで部員を守ろうと必死に戦ったんだ……
ユタカは意識を失ったシノの手を取りながら呟いた。
「ナオ……頼みがある。俺とチームを組んでくれ」