猫の逃走
あれだけ賑わっていた観客も蜘蛛の子を散らす様に散り散りになり、辺りは数人の野次馬がいる程度だ。
それ以外に残っているのは猟犬とオカマの仲間位だ。
その二つの勢力は互いに凶器を振り回しながら暴れ回っている。
「セイァ!」
周りが混戦状態の中、その中心からタケシの掛け声が響く。
射程ギリギリからのローキックを当て直ぐさま飛び退き間合いを開ける。いつも正面からの突撃がメインのタケシにしては珍しくヒットアンドアウェイ戦法だ。
「別に何の考えもなくアンタ等に再戦を挑もうって訳じゃねぇよ、それなりの策の一つや二つは用意してある」
カツマは無言で摺り足で間合いを詰めようとジリジリと近付く、それを見抜いてタケシは容易には近付かない。
カツマの流派はサンボ、打撃系も有るには有るが一番の脅威は組んでからの締め、もしくは関節技だ。
不用意に摑まれば一瞬で骨をヘシ折られる。
緊張感が高まる二人の間にオカマが足を踏み入れた。
「ちょっと、あなた達が顔見知りなのは何となく理解したけど今は退いててくれない?アタシこのゲームに勝って賞金を手に入れないとならないのよ」
「だったら今回は諦めるんじゃのう、お前さん等は反則負けじゃ」
「な、何よ。何でアンタにそんな事決められなきゃいけないのよ!」
目線すらも合わせずにカツマが言い捨てると金切り声を上げオカマが地団駄を踏む。
「このオッサンがゲームの元締めなんだよ、ルールを破ったテメーを粛清に来たんだ。お前を守る気なんか毛ほどもねぇけどな、このオッサンには用事があるんだ。お前はもう帰れ」
タケシもまたカツマから目線を外さずにオカマに言い捨てる。
「そうはいかんのぅ。ルール違反者は粛清、儂等も仕事なんでな……今日ゲームに参加した全員病院送りにさせて貰う」
カツマの迫力……いや、殺気に気圧されオカマが数歩下がる。
「ちょっと待てよ。ルール違反はこいつ等だろうが、アンタの邪魔をする俺はまだしも何で他の奴等まで……」
タケシが焦った様子でカツマに喰ってかかると面倒そうに口を開いた。
「そうか、ボウズは知らんかったんだな。お前さんのチームメイトも五人以上で戦おうと企んでたんじゃ。そっちのオカマは知らんかったがのぅ」
カツマの言葉を聞き振り返りマサミチ達を睨み付ける。
「そのオッサンの言ってる事は正しいぜ、俺達もルール違反を犯そうとした。アンタをおびき寄せるためにな」
「それも解っとるわい、全部聞いとったからのぅ」
タケシの背後に付きながらマサトシが喋り出した。
玉の中にある盗聴器か、一年前カズがそんなのが入ってるとか言ってたな。
「ち……道理で来るのが早過ぎると思ったぜ。最初から今日ルールを破るのが解ってたって事かよ」
「ついでに言えば戦う場所もここで決まってるからのぅ。町中を見張っておかにゃならん去年と比べると楽で仕方ないわぃ」
ここで戦うのを後押しする様にミッキーに対戦カードを教えてたのも自分達が楽になる為だったって事か。
確かに戦う場所を最初から知っていればそこに居るだけでルール違反者がいたら即座に動ける。
「しかし自分で呼んどいて何だけど、こいつは想像以上だな。こんなの相手にやりあって勝算はあるのかよ?」
マサトシが油断なく構える。
「さぁな、少なくとも去年とは違ってお前等も居る、四対一なら何とかなるかもな」
「なるほど、多少卑怯な気もしますがこれ程の相手では一対一に拘っても要られませんね」
ヒロシとマサミチもタケシの近くに来て構えた、オカマが邪魔をしなければ完全に四対一の流れ。
確かに如何にこのオッサンが相手でも四対一なら勝機が有りそうだ、ここは俺も参戦して……いや、先にオカマの仲間を片付けてしまおう。幸い奴等は俺の事をただの観客としか認識してない、不意打ちで最低一人はやれるだろう。
丁度良い所に俺に背中を向けたまま鉄パイプを振りかぶった男がいる。誰かにトドメを刺すつもりだな、足元に一人転がって居る。
俺はそいつの背中を思い切り蹴り飛ばした。
「ナ、ナオさん。手を出さないで下さいって言っておいたじゃ無いですか」
さっき俺に事情を説明してくれた奴だ、寝転がっているそいつに手を差し伸べながら言う。
「やられそうになりながら生意気言ってんな、見てるだけってのはやっぱ性に合わねぇや。こいつ等片付けて俺もタケシ達に参戦するつもりだ」
「今は助かりましたけど、それじゃ……」
助け起こしたばかりだが、喋っている最中のそいつを突き飛ばした。また別の奴が俺達を狙っていたからだ。
凶器を振り被るそいつの手首を押さえながらもう片方の手を脇の下に滑り込ませ一気に投げ飛ばす。
冬の地面に叩きつけられ呼吸もままならないそいつは呻き声も上げずに身悶えしている。
こいつ等数だけで大したこと無さそうだな、この程度なら猟犬の奴等と協力すれば十分もあれば制圧出来そうだ。
「な、何をするんですマサミチ君!」
ヒロシの声に振り向くとタケシの後頭部にネリチャギを決めたマサミチの姿だった。
「てめ……一体何を……」
何とか意識を保ったタケシだが、更にそこにマサトシのボディブローが入る。
「げは……」
今度こそ意識を失ったタケシが前のめりに倒れそれをマサトシが受け止めた。
「二人とも何をしてるんですか、こんな時に……」
声を荒げるヒロシにマサミチとマサトシが語りかける。
「お前等スゲーよ、こんな化け物じみた奴相手にまだやる気が萎えて無いんだもんな」
「ああ、四対一……確かにそれなら勝ち目はあるかもしれないけど、少し問題があってな」
マサトシが自分の足元を指差す。
「足が震えちまって駄目だ、俺と一緒に戦っても足手まといにしかならねぇよ」
「俺も同じだ、タケシを安全な所まで連れてってくれるか?」
「馬鹿なことを、逃げるなら一緒に逃げますよ!」
タケシを担がされたヒロシが叫ぶ。
「そうはいかねぇだろ、元々ルール破ったのは俺達だ。ケジメくらいは付けねぇとな」
「ああ、それに素直に逃がしてくれそうにも無いしよ……時間稼ぎくらいはしてみせるさ」
「ならば僕も戦いますよ、仲間の責は僕も負って然りです!」
ヒロシは一歩も退く気は無い様だ、例え勝てないとしてもマサミチ達を見捨てる気は無いと……
「だったらお前の背負ってる奴はどうなる?意識の無いままあんな奴にやられたらそれこそ再起不能になっちまうぞ」
「う……」
意識を奪ったのは言ってる本人だが見事に問題をすり替えたな。ヒロシは何も言えず立ち竦んで居る。
「直ぐに戻ります、それまで持ち堪えられますか?」
「いや、戻ってこなくていいぞ、俺達もタダでやられるつもりはないさ」
「ああ、適当に時間稼いだら逃げるからよ。その時お前が一人で戻ってきたら最悪だぞ。俺達の頑張りを無駄にする気か?」
背中を向けヒロシはポツリと呟く。
「必ず逃げて下さいよ、そうじゃなきゃ僕はまたマサミチ君を……」
「解ったから行けよ、ついでに一つ忠告しとくぞ。もうこのゲームに関るな。噂には聞いてたがジャッジメントがここまでとは思ってなかった……まさか見ただけで心折られるとはな。これは俺達みたいなガキにどうこうできる問題じゃない」
ヒロシは頷きタケシを背負ったまま走り出した。
「もういいんかのぅ?そろそろ始めさせて貰うぞ」
指をボキボキ鳴らしながら近づくカツマ。
「待っててくれるとは意外だったな、お優しいことで」
「ふん、ただの気紛れじゃ。この場の人間全員粛清しようがお前らだけにしようが鷲の給料はかわらんからのぅ」
その言葉を聞きマサミチはフッと息を吐き大声で叫んだ。
「お前等ここは退け!この場は元、猟犬の特隊マサミチと……」
「同じくマサトシが殿を引き受ける!」
夜の闇に二人の声が響きカツマが尚も歩を進める。
「いい度急じゃ、こいつらを逃がす時間が稼げるかどうかやってみせぃ」
それをジッと静観していたオカマもここで動き出した。
「アタシ達もこの隙に退くわよ!これ以上ここに居てもメリットは無いわ!」
あのオカマヌケヌケと……すると背後から声を掛けられた。
「ナオさん、俺等も行きましょう……」
「お前等良いのかよ、このままじゃマサトシも……」
首を振り俺にそれ以上言うなと目で訴えてくる。
「あいつが自分の身を捧げてまで逃げる時間をくれたんです。行きましょう……」
くそ……情けねぇ。俺があのオッサンと戦えるだけの力があれば。