猫とカポエイラ
「今宵もお集まりの皆様ありがとうございます!先日の折れぬ魂対猫の激闘から早2日、まだ興奮冷めやらぬ方も多いとお見受けしますが本日はまたもや伝説対決となります!」
あれから二日後、タケシと愉快な仲間達との試合当日となった。
エックスとの試合の次の日は全身筋肉痛で身動き取れず、体を癒す暇も無く今日という日が訪れてしまった。
「知っての通りチームタケシと愉快な仲間達のメンバーのタケシ選手とヒロシ選手は去年の猫のメンバーであります。猫最強と噂されたエックス選手を打ち破り、またしても元チームメイトと当たってしまったナオ選手の胸中は察するに有り余ります……時刻は間も無く零時、試合開始時間になろうとしております」
ミッキーの解説を他人事の様に聞き流しタケシが俺の元に歩いてきた。
「よう、この一昨日のエックスとの試合見たぜ。アレは凄かったな」
タケシが軽いノリで話し掛けてくる、とても今から戦う男の顔とは思えない。
「ルールは一対一で良いよな?」
俺はああ、と頷くとたったそれだけの会話だけでタケシは自陣に戻って行った。
「さて、コンディションは最悪だが……お茶を濁して何とかなりそうな相手じゃ無さそうだな」
シンゴが神妙に俺達を見回しながら言う。
「俺達もかなりキツイがナオよりはマシだ、今日は三人で何とかするしかないぞ」
シンゴが俺を無視しユイとサトシに話し掛ける。
「おいおい、俺だってやれるっての。勝手に怪我人扱いするんじゃねぇよ」
シンゴは俺の懸命の訴えを一瞥すると右腕を指先でツンとつついた。
「んぎごがががぐぐ……そこはいかん……」
余りの痛さにモノの例えでは無くのたうち回る、実はコレでもマシになった方で昨日は腱鞘炎が酷くて箸も持てなかったのだ。
「そのザマで戦力のつもりかよ……邪魔過ぎるぞ」
ぐぬぬ……それでもやるとか言ったら右手に蹴りでも入れ兼ねないから今は黙っておこう、ちょっと距離を取ってから物言いだ。
「ま、でもあいつらだって一、二回戦と戦ってきたんだ。条件は同じはずだ……」
シンゴが鼓舞するが、とてもタケシ達が負傷している様には見えない。
「あの……シンゴ先輩……」
「ん?どうかしたか?」
ユイが何かを言いかけたがサトシがそこに割って入る。
「いえ、何でも無いです。何とか頑張りましょう」
「そうか?そうだな……」
何かを言いかけたユイを気にしたが、目線をタケシ達に戻し真面目な顔付きになる。
向こうでは順番を決めている最中らしい。
「で、どうするんだリーダー。今回も一番に行くのか?」
「うーん、本当はナオとやってみたかったんだが既に満身創痍だしな……」
くそ、わざわざ聞こえる声で言いやがって。
だが確かに満身創痍と言われても返す言葉が無い、別に試合後の筋肉痛はいつもの事だ。取り立てて騒ぐことじゃ無い、だけど今日のは別格だ……本当に無茶をし過ぎて筋肉が悲鳴をあげっぱなしである。
「なら最初は僕が行きましょう、彼らの仕上がり具合いを探ってきますよ」
そう言うとヒロシが前に出てきた、厄介な相手だな……まぁコイツ等四人とも打撃格闘技のスペシャリストみたいなもんだ、誰が出てきても厄介なのだけど。
「まずは俺が行こう、全勝しなければ負ける状況だ。流れを作ってやるぜ」
両手を合わせパシンと音を鳴らしシンゴが前に出た、カポエイラと柔道……相性は相当悪そうだが一度も負けられない戦いの先陣を後輩に切らせる訳にも行かないってわけか。
シンゴにはいつも嫌な役目任せちまうな。
「いつの間にか試合形式も決まっていた模様です、では今夜も素晴らしい試合を期待させて頂きましょう。シンゴ選手対ヒロシ選手どうぞ!」
ミッキーの掛け声に合わせてヒロシが間合いに飛び込む。
かなり早い飛び込みだがシンゴは落ち着いて対処する、向かってくるヒロシの胸倉を掴もうと腕を伸ばした。
だが敢え無くその手は空を切る、ヒロシはゆったりとしたバク転の動きでそれを躱し蹴りで顎を跳ね上げた。
「ぐっ!」
シンゴはいきなりカウンターを喰らい一歩退がるが、そこで踏みとどまり構え直す。
一方ヒロシはジンガと呼ばれるカポエイラのリズムに乗った動きで付かず離れず距離を保つ。
改めて見ると遅い動きだ。一瞬で何発も連撃を喰らう事は無いのかも知れないが、その分一発の重みがありそうだ。
一撃を与えたにも関わらず深追いはせず一定の間合いを取るヒロシ。アレもやり難い要因の一つだ、攻めれる時にも攻めず、かと思えば意外なタイミングで仕掛けてくる。
シンゴは構えを変え開手を握り拳に変えた、あののらりくらりとした動きを掴むのは容易じゃ無いと判断したのだろう。
しかしシンゴが拳を振るうがカスリもしない。ヒロシは上体を低く構えている上に常に大きく動いている、更には捉え難いあの動き……シンゴは柔道家だ、打撃の経験が無いわけでは無いがやはり畑違いの事をしても中々上手く行くものでもない。
せめて蹴りが使えれば対抗する手が無いことも無さそうだが路上での蹴り技なんてそれこそ素人が使いこなせるものじゃ無い。
ヒロシ相手に中途半端な蹴りを出した所で返り討ちに遭うのは目に見えている。
「ぐぁっ」
またしてもシンゴの攻撃を避けられ片手で倒立したヒロシの両足がシンゴの喉元に食い込んだ。
「クソったれ……」
「格闘技の選手は試合当日までの自己管理も試合の内と言います。どんなに調子が悪かろうが立ち合いの場にいる限り手加減なんてしませんよ」
圧倒的有利に立っているにも関わらず攻撃の手を緩めようとしないヒロシが体を揺らすリズムを上げ始める。
「上等だぜ、手加減なんかされたら恥ずかしくて明日から町歩けねぇよ」
口元を拭いながらシンゴが堂々と言いやる。
ヒロシはそれを聞き届けると回転し後ろ回し蹴りをシンゴに浴びせる、狙いは顳顬の辺りか?
打撃慣れしていないシンゴでも急な大技位は反応出来る。ガッシリと頭部をガードし致命傷は避ける。
だがヒロシはまたしても同じ軌道で後ろ回し蹴りを仕掛けて来た、何とかガードしたが体が浮くほどの衝撃を受け顔を歪めるシンゴ。
ヒロシは更に同じ軌道の後ろ回し蹴りを仕掛けてくる、これがカポエイラ特有の攻撃方法だ。普通の格闘技で後ろ回し蹴り三連発なんてまずあり得ない、しかしそれをするのがカポエイラという格闘技なのだ。
二発目の蹴りを何とか受け止めるのが精一杯だったシンゴは腕が下がり頭部がガラ空きになっている、そこに三発目の蹴りがヒットしてしまった。
ぐらりと体勢を崩したシンゴだが何とか踏み止まる、しかしあの重い蹴りをまともに喰らってタダで済むはずが無い。立ってはいるが意識は有るのか?
ヒロシはその状態のシンゴに更なる追撃を行う、四発目の後ろ回し蹴りだ。
それを喰らったら……いや、むしろもう終わっているのかもしれない。動きが止まっているシンゴは只々立ち尽くしている。
ヒロシの回し蹴りは容赦無くシンゴの頭部にヒットした……しかしシンゴはそれを受け止め足首を掴んでいた。
更に反転し足を背負い担ぎ上げたのだ。
「せぇぇぇい!」
足を背負われそのまま投げられたヒロシは顔面から地面に打ち付けられる。
だか投げられた瞬間に手を地面に付き後方に足を突き出す、シンゴはそれを顔面に受け吹き飛ぶ。
一方ヒロシは蹴った勢いを利用し前方宙返りで着地した。
「ふぅぅう……」
鼻血を拭いシンゴの方を見やるヒロシだがシンゴは動かない。
落ちたのが顔面だったから意識を奪うには至らなかったんだ、アレが後頭部から落とす投げだったのならば……
いや、恐らくそれも考えての攻防だったのだろう。
シンゴが柔道を使うのは解っていた事、そして蹴り技を使えば足を掴まれ投げに移行される事も。
それを踏まえて後ろ回し蹴りを出していたんだ、それを掴まれ投げられたとしても顔面から落とされるのみ、意識を奪う致命的な後頭部への攻撃は回避出来る。
投げられ鼻を潰されるのを覚悟した攻撃方法……周到に準備された肉を切らせて骨を断つ作戦だ。
もう立てない、少なくとも前の試合を見ていた者はそう思っていた。しかしシンゴはそれでも立った。
「こんな時格闘技をやってる人間は不便ですよね、絶対に勝ち目が無くとも意識がある限り立ってしまう習性が……シンゴさん、貴方ともう一度やれる日を楽しみにしてますよ」
そう言うと真正面からシンゴに近付き鳩尾にボディブローを突き立てた。
何も言わず崩れ落ちるシンゴ、その瞬間ミッキーの勝利を告げる実況が響き渡った。
駄目だ、 解っていた事だがコンディションが悪すぎる、並の相手なら誤魔化しも効くかもしれないが今日は相手が悪い。
これで一敗、ユイとサトシが勝ったとしても俺が出ないわけには行かなくなったな……