猫のスリーカウント
エックスは前にも増して激しい攻撃を仕掛けてくる。
しかし、その攻撃はモーションも大きく読み易い。
確かに今迄も大技を狙ってくる事は多かったがそれとは全く別物の動きだ。
拳を無茶苦茶に振り回し、自分の振り回した拳に引っ張られバランスを崩す……
エックスらしく無いのは勿論だが、これではその辺の子供の喧嘩レベルの動きだ。
これは焦っているのか?
急に動きの悪くなったエックスは体力を失いかけ、その足元も徐々に覚束なくなってきている。
「ナオよ、君は何故立っていられる」
エックスが肩で息をしながらもファイティグポーズは崩さずに聞いてくる。
「何故も何も今倒れたら情けなさすぎるだろ、後輩に頼まれて無様な姿を晒せるかよ」
俺だって体力はもう殆ど残ってはいない、喋るのだって一苦労だ。
「違う、そんな精神論を聞いているのでは無い。君はもう二度もジャーマンを受け、更には多数の打撃も受けている。しかも君自身もかなりの運動量だ、それなのに何故立てる」
お互いに話しながらも体力を回復させようと呼吸を整える。
「最初にジャーマンを決めた時から妙だとは思っていた。とっくに意識を奪う程のダメージを与えているにも関わらず瞬時に起き上がるその耐久力は天性のものと言うよりは異常だ」
「要は俺が打たれ強いって言いたいのか?こんなもんただの気合いだよ」
エックスが呆れた感じで首を振る。
「確かにそれも必要ではあるがな……そんな言葉だけでは納得し切れるものでも無いぞ。思えばトシキと戦った時もイクオ君と戦った時も君は普通なら立っていられない程のダメージを受けていたはずだ。一体君はどんなトレーニングを……」
いつの間にか荒く息をしていたのが落ち着きを取り戻していた。
エックスは興奮が収まらない様子でまだ肩で息をしている。
仕掛けるか、俺は両の拳をぐっと握りこみ一歩前に出た。
俺の動きを見たエックスもそれに反応して深く腰を落とした。
「行くぜ」
「済まんな、少々取り乱した。……来るがいい、この先に進むならば私を倒して見せろ」
俺がダッシュで間合いを詰めると前蹴りでこれを止められた。
酸っぱいものが込み上げて来るも必死に堪える。しかし俺も黙ってやられない、鳩尾を蹴られながらもその足を掴んだのだ。
しかしエックスは必死の奮闘を嘲笑う様に片足を持たれたままもう片方の足で飛び、俺の延髄を蹴り抜く。
倒れそうになるも足の親指に力を入れダウンを拒否する、倒れたら駄目だ。そこで限界が来てしまう。
「おおお!」
俺は気合いの雄叫びと共に蹴られながらも離さなかった足を両手で掴み思い切り振り回し、数回転した後に遠くに投げ飛ばした。
マットの外まで投げ出され地面の上をズザーっと転がるエックス。
俺もそうだがエックスももうそろそろ限界だろう、このまま寝ててくれ……
「場外です、カウントをさせて頂きます!ワーン、ツー……」
さっきはムカつく程の苦しめられた場外ルールも今は俺の味方になってくれるようだ。
後二十秒寝ててくれれば俺の勝ちか。
だがそんな思いを裏切る様にエックスは震える足で立ち上がろうとしている。
くそ、やっぱ駄目か。まだやるつもりだ。
上等だ来るなら来やがれ!……でも出来れば寝てろよ。
「ナイン、テン……」
後十秒、エックスは何度も倒れながら遂にはリングに手を掛ける所まで辿り着いた。
「ふふふ……さっきナオが言っていた言葉が身に染みるぞ、こんな負け方をしたらシノ達に会わす顔がないわ」
そう言うとリングに転がり込み場外負けを切り抜けた。
しかしリングインしたものの体力はもう残っていないのか大の字になって寝たままだ。
俺は重い足を前に出しエックスに近づいた。
ここまで歩くのすら一苦労だ、決して目の前で対戦相手が倒れているとしてもチャンスだと浮かれていられる状況じゃ無い。
俺はこの体力でも出来うる最大の攻撃方法のエルボードロップを鳩尾に決めた。
がっはと肺の空気を出し尽くし苦しそうに悶えるエックス。
如何に鋼の様に鍛えたエックスの腹筋でもこれだけ疲弊しきった状態では脆いもんだ。
しかし攻撃を仕掛けた俺も立ち上がるのが辛い、ブルブル震える足に力を入れる。
エックスも同じ格好で辛そうに立ち上がる俺を見据える。
「ハァァ!」
突如ダッシュして俺の頭を脇に挟みギリギリと締め上げる。
コイツまだこんな元気が……ヤバイ、痛みは感じないけど意識が朦朧としてきた。
「ナオよ、ここで君に勝てれば私にもう憂いは無い。自分の進む道が正しいと信じる事が出来る……私はここで絶対王者として君臨し、必ずこのゲームを終わらせてみせる」
頭がクラクラし、ボヤーっとした感じでエックスの声が聞こえてくる。
そっか、こいつはこれからも一人で矢面に立ってゲームを終わらせるって方法でジャッジメントに勝とうとしてるんだな。
お前なら出来るかも知れないな、カズの事頼んじゃってもいいかな……
そう思いながら視界が暗くなる刹那にエックスの夥しい程の傷が俺の目に飛び込んできた。
ヘッドロックを掛けられたままなのて下半身しか見えない、だがそれだけでも今迄の試合の過酷さが伺える。
きっと上半身も傷だらけの筈だ、俺はエックス一人にこんな思いさせない為に戦う事を決意したんじゃ無かったのか!
そう思うと沸々と消えかけた闘志が湧いてきた……何情けない事考えてたんだ、カズの事頼むだ?エックスなら出来るだ?
コイツにばかり格好つけさせてたまるか!
「んおおぉぉぉ」
俺はエックスの腰と足を掴み持ち上げようとした。
だがエックスも堪える、持ち上げられないように必死に踏ん張っている。
「むぅぅぅん……この私にバックドロップか?甘く見られたものだな……」
バックドロップか、プロレスに疎い俺でも聞いた事くらいはあるな。
雰囲気的にこのまま後ろにぶん投げれば良いんだろうな、どうせこれで駄目ならもう打つ手はない。残りの全体力ここに注ぎ込む!
「うおおおぉぉぉ!」
「むぅぅぅ……そ…そんな……」
エックスの足が徐々に浮き始める。
「バカなぁぁぁぁ!」
エックスが叫び声を上げると同時に思い切り背面越しに投げ飛ばした。
ズシンと音が響き大の字になり動かなくなるエックス、俺は這うようにエックスの体にのしかかった。
「フォールです!カウントさせて頂きます!ワーン……」
カウントが長い……とっととしやがれ。
「ツー……」
まだツーか、後一秒……もし返されたらもう無理だろうな。
「スリー!エックス選手返せない!激闘の末、勝利を手にしたのはナオ選手です!」
勝ったのか……俺はエックスの上から退く事も出来ずにミッキーの中継と歓声を聞いていた。
「完敗だな……プロレスで負けてしまってはグウの音もでんわ」
エックスが俺の下から苦しそうな声を出す。
「悪りぃ、すぐ退くからよ……いてててて」
身体中が軋む、今日ばかりは無茶をし過ぎたかも知れない。
「ナオよ……私は君を信じてこのゲームから退く事にする、カズの事頼んだぞ。君を信じて託したんだ……奴らに不覚を取り私を友を見捨てただけのピエロにしてくれるなよ」
俺は上半身を起こしエックスを見ないで答えた。
「もう人の願いを託されて戦うのはゴメンだよ、今日で懲りた……でも、ダチの頼みは聞くのが当然だからな。一応任せとけとは言っておく」
俺の言葉を聞き満足したのかしていないのかクックと含み笑いを漏らすエックス。
「同感だな、こんなキツイ戦いはもうしたくないものだ。だが楽しかったぞ……フンッ」
エックスは掛け声と共にハンドスプリングで立ち上がった。まだそんな元気が……本当に化け物だな。
「すまん、みんな……負けてしまった。だが俯向くな!胸を張りこの場を去るぞ!」
その言葉を聞きシノ達は押忍!と掛け声を返しゾンビのようによろよろと立ち上がるが、しっかりと自分達の足で地面を踏み締めこの場を去って行った。
その後ろ姿に観客は惜しみない拍手を贈る。
強かった……
だがその強敵との勝利の余韻に浸る間もなく次の日には次戦の通知が届いていた。
猫対タケシと愉快な仲間達。
しかしこのタケシ達との試合は意外な結果で幕を閉じる事となる。