リングに上がりたまえ!
今回の開始時間は夜中の零時、後五分程で開始時間。場所は一回戦を不戦勝で勝った事のある公園で待ち構える事になった。
「さっむいなぁ、あ、雪降ってきた。もうカズの家で待ってようよ」
始まる前までやる気満々だったタケシは寒さには弱い様で、さっきから文句ばかりである。
「ざけんな、またオレの家が滅茶苦茶になっちまうだろ」
「もう家くらいどうでもいいよ」
「……試合前にお前を片付けてやろうか」
寒さのせいか眠いのか、腹でも減ってるのかカズはかなり気が立っているようだ。
「今日は本当に寒いですね、この雪も積もりそうですよ」
ヒロシが空を見上げながら呟いた。
「前の時は家の中で気絶してたから良かったけど、この雪の中で気を失ったらそのまま目覚めないかもな」
カズが不吉な事を言う。
「だったら尚更カズの家で待ってようってば」
往生際悪くタケシはまだカズの家のコタツが恋しいらしい。カズが何かを言いかけると発信機が鳴り出した。
「時間だな」
俺はそう言いながら上着のポケットにある発信機を取り出した、発信機の反応は自分たちの光が真ん中の辺りに五つ。そしてここから余り離れていない場所に五つ。
「近いな、歩いても十分掛からない距離だ、よしそろそろ準備しよう」
発信機を覗き込んだタケシがそう言うとヒロシがユタカを羽交い絞めにした。
「え?なになに?」
急に後ろを取られて身動き出来ないユタカにタケシが何かを被せた。
途端に大人しくなるユタカ、ゆっくりと羽交い絞めを解くヒロシ。
「ど……どうしちゃったの?」
遠慮がちにカズが聞いた、俺も同じ質問をしようと思っていた所だ。
その質問には誰も答えず、代わりにユタカは上半身の服を脱ぎ出した。
「えー!ちょっと待ってよ、今十一月だよ!雪降ってるよ!?」
カズが慌ててユタカを止めようとしたが
「ハアッ!私の相手はまだ到着しないのか!早くリングに上がりたまえ!」
止めようとしたカズを吹き飛ばし、そこに立っていたのは雪の降る真夜中に上半身裸のマスクを被った男だった。警察が来たら問答無用でアウトであろう。
「見事に人格変えたな」
俺がなんとか言葉を振り絞るとユタカは何の事かな!と腕を組んだまま答えた。ちなみにカズは吹き飛ばされたまま、まだ固まっている。
「よし、こっちは準備完了だ。カズいつまで凍り付いてんだ」
タケシの問いに我に返ったカズが、ああと立ち上がる。しかしまだ呆気に取られている様だ、目が泳いでいる。
この変わり様だ、それも無理は無いがそれ以上に驚いたのがユタカの身体である。
俺も毎日筋トレをして身体を作ってはいるが、こんなにムキムキになるものだろうか。普段がどちらかと言うとおっとりしているユタカなだけにギャップが物凄い。
「え、えっと……そうだ、相手は今どうなってる?発信機見せてくれ」
正気を取り戻したカズが俺に手を伸ばす。
「んと、五つの光全部こっちに向かってきてる、もうすぐここに来そうだ」
そう言いながらカズに発信機を渡した。
渡された発信機をカズ、タケシ、ヒロシが見る。ユタカは何故か腕を組みながら空を見ている。
「正面から向かってくるみたいですね、どう思います?」
ヒロシが聞く。
「余程の馬鹿か余程の自信家だろうな、小細工無しで玉取るつもりなら」
そう言いながらカズが発信機を返してきた。
その時けたたましいバイクの音が遠くのほうから近付いて来た。
「これ、そうかな?」
タケシが誰に聞くとも無く呟くと
「だろうな、オレこの音聞き覚えあるんだけど……」
カズが心底嫌そうな顔をしながら答えた。
カズの言わんとする事が解る、と言うよりみんな解っているだろう。
田舎町とは言えそれなりに不良と呼ばれる人種がいる、そしてその中でもバイクを乗り回し……いわゆる族と呼ばれる集まりだ。
この街ではそんな集団は一つしか無いので、都会や漫画みたいに毎日喧嘩と抗争を続けている訳ではないが一つしか無いが故にその集団が不良に取って唯一にして絶対の集団なのである。
公園の前にバイクが停まる、公園とは言え殆どグラウンドなので遮蔽物が無く向こうも簡単に俺達を見つけられたようだ。
「こっち来るって事はアレが相手で間違いないようだな」
タケシがうんざりしたように言う。
「余程の馬鹿で自信家って事か」
カズがそう言うとバイクから降りて来た男がこちらを見ながら言った、男の顔はバイクの逆光で見えない。
「おう、どっかで見たことある奴等ばかりだな。お前等が玉持ってるんだろ?大人しく渡せば帰ってもいいぞ」
顔は見えないが声で誰か解った、名はトシキ。この町で唯一の族にしてそこを仕切っている人……この町で敵に回したくない男ランキングで三本の指には入るであろう男である。
最悪だ……