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SSSゲーム  作者: 和猫
高校二年編
78/113

猫に託された思い

 振り回す鎖を何とか躱し、致命傷だけは避けているが攻める手立てが見つからない。

間合いも取り辛く、遠心力で回っている鎖を人間の目で見切ることもタイミングも測るのも簡単じゃ無い。


「セブン、シックス……」


 打つ手も無いままカウントだけが無情にも過ぎて行く。仕方ないこうなったら一発喰らうのを覚悟の上で仕掛けるか。

こいつをやった後にはエックスが控えている。無駄な体力は使いたくないが、このまま時間切れで負けるよりはマシだ。

 ビュンビュンと風を切る鎖を見ながら、なるべく痛く無さそうなタイミングを見計らう。

よし、行ってやる!


 ガシャン!


 意を決した俺の目の前で鎖と木刀が絡み合い鎖が動きを止めた。

シノがその木刀の持ち主に目線を向けるとそいつは息も絶え絶えに喋り出す。


「武器……使っても良かったんですね……」


 木刀を絡み合った鎖から抜き取り杖代わりにし体を支えるユイ。


「ユイ、お前動けるようになったのか」

「何とか意識は取り戻しました。ですがそう長くは保たないかも知れません……ここは僕が引き受けます。ナオ先輩はリングに戻って下さい」


 ユイに促されリングを見ると腕組みをしリングに仁王立ちするエックスの姿。


「セブンティーン、エイティー……」


 ミッキーのカウントを聞き慌ててリングに転がり込む。危なかった、ユイが居なければ負けていたかも知れない。


「よく戻ってきたなナオよ」


 エックスがしゃがみ込んでいる俺を見下ろしながら言った。


「ユイとサトシの武器を奪い、不慣れなプロレスルール、タッグマッチ……ここまでこちらに有利に話を進めていながらもこれだけやられるとは思っていなかったぞ」


 腕組みをしている手を広げ構えを取るエックス、この寒空にも関わらず微かに立ち上る蒸気。休んでる間も体を冷やしていない証拠だ。


「誤算はシンゴの強さだな。彼があそこまでやる男だったとは。流石は猫の創立者の一人と言った所だろうか!」


 そう言うとエックスが仕掛けて来た。投げを狙っての動きでは無い、ワンツーを繰り出した後の下段蹴り。

今までの大技狙いでは無く、確実に体力を奪い、且つ隙の少ない反撃し難い攻撃方法だ。

基本に忠実で堅実な攻撃だがエックスがこれを行うと意外過ぎて面を喰らう。

 正々堂々と奇策を行うエックスの攻撃を受け流していると背後から炸裂音のような鎖の音とユイの嗚咽が聞こえてきた。


「ううぐぅぅ……」

「おい、ユイ!しっかりしろよ」


 リングの上からユイに声援を送るが、当のユイは顔を上げるのも辛そうな様子で項垂れている。


「ナオよ無茶を言うな。マットの上とは言え、こんな薄いマットだ。ほぼ路上と変わらん。そこで投げを受けたら普通はそこで終わりだ、今立ち上がって居るだけでも大したものだ」

「一発くらいどうってこと無いだろうが!俺だって喰らったぞ。根性見せろ!」

「普通の人間を君と一緒にするでない」


 まるで俺がまともな人間じゃないかの様に言うエックス、失礼な奴だ。


「……先輩、心配かけてすいません。ですが安心して下さい。この場だけは……シノさんだけは僕が食い止めてみせます」


 ふらつきながら何とか立ち上がるユイ、四肢をダラっとさせた雰囲気で力強さは全く無い。

いつもの居合いの構えでは無く、左手に逆手で木刀を持ち押せば倒せそうな感じだ。


「うあっしゃー!」


 シノはそのユイに止めを刺すかのように鎖を振り下ろす。

鎖が地面に叩きつけられ派手な音が響く。

ん?あのフラフラの状態で避けたのか?

 シノがまた鎖を振り回す、ユイはその鎖をギリギリの動きで躱す。

持つ場所によってリーチを自由自在に変えられる鎖は間合いを見切るのが難しい……いや、不可能だ。

その筈なのにまるで言い合わせたかの様に無駄な動きを一切見せずにシノの猛攻を避け続けている。

 あまりにも無駄が無く優雅に避けるユイに苛立ったのかシノは鎖を若干短く持ち攻撃するスピードを上げた。

ユイはそれでも脱力した構えのまま避け続ける。


「シノさん、始まる前は貴方が格闘技の道に進んだ事を喜びましたがそれは間違っていたかも知れません」

「ああ?何だよこんな時に!」


 シノはユイの言葉に返答はするものの、その攻撃の手を緩めることは無い。


「やはりシノさんはこうで無くては……良いもんですね、暫く会っていない友人が変わっていないというのは」

「へっ、お前も変わってねぇな!今日こそそのスカした面を泣き顔に変えてやるぜ!」


 シノは鎖の中央を持ち両方の手で鎖を振り回し始めた。

ヒュンヒュンと顔の数センチ先を掠めても顔色一つ変えずに冷静に避けていたユイが突如動き出した。

 四肢をダラリと下げた状態からの急な抜剣。

ガイーンと無機質な音が響いた。


「あっ……ぶねぇ……」


 シノは鎖を縦に張りユイの一撃を受け止めた。完全に意を消した攻撃だったのに、それをも受け止めるとは……

反射神経もあるだろうが、ユイに対してどれだけ有利になっていようとも油断していない証拠だ。

 長年連れ添い、何度もやり合った仲だからこその攻防なのだろうな。


「ハ……アアアアァァァ!」


 起死回生の一撃を受け止められたが、お構い無しに乱撃を加える。

ガシャンガシャンと鎖をピンと張り防御するシノだが、いちいち防御の為に両手で受け止めなければならないので初動が遅れ始めている。

 オフェンスに関しては攻撃力も高く受けにくい武器だが防御に関してはまるでダメな武器だな……そもそも鎖ってのは武器ではないのだろうけど。


「ぐ…え……」


 遂にユイの一撃が脇腹を捉え、シノが苦しそうに悶絶する。


「うああぁぁぁ!」


 撃たれながらも鎖を振り回しユイを遠ざけ間合いを空けた。


「ふぅ…ふぅ…こんな簡単には終らねぇぞ」


 そう言うとシノは自身の脇腹に鎖を巻き始めた。

そして更にマットの下から長めの鉄棒を取り出した。


「お前相手にチャンバラで勝てるとは思ってねぇけどな……今の意識が定まってない状態ならどうよ?今負けを認めるなら勘弁してやるぜ」

「お気遣いありがとうございます。ですが遠慮は無用ですよ、お互い立会いの場成れば全力でお相手するのが礼儀……友人として、そして一人の武人として手加減するつもりもされる謂れもありません」


 その言葉を聞き、シノは鉄棒をグッと握り締め雄叫びと共にユイに突っ込んだ。

ユイの木刀は左手、そしてさっきの瞬時の居合いに繋げるつもりだとしても攻撃は左からのなぎ払い。シノはそれを理解して右の頭部を守りながら鉄棒を振り上げた。

あれなら先に攻撃されたとしても腕に当たり頭部への攻撃はなり得ない。胴は鎖を巻いてある為これも致命傷を与えるほどでは無い筈だ。

 この構えを見てシノの狙いは解る。敢えて一撃を喰らいそれに耐えてからの渾身の一撃を繰り出すつもりだ。

ユイは向かってくるシノを見ながら居合いの構えを取る。想定内と言わんばかりにシノはグッと奥歯に力を入れた。


「おおおおお!」


 ユイは満を持しての居合い抜きを決めた。打った場所は胴、チェーンで固めた脇腹に木刀がめり込んだ。


「う、ぬぉぉぉ!」


 シノはその一撃を耐え切りユイに鉄棒を振り下ろす。


「はあぁぁぁぁ!」


 ユイは更にそこから一回転し、シノの一撃が到達するよりも速くもう一撃を同じ脇腹にめり込ませた。


「う……が……」


 シノは口から血を吐き出しながら両膝を付き、前のめりに倒れこんだ」

歯を食いしばって一撃を耐え切るつもりだったがあの一瞬で二発、しかも遠心力を加えた二発目は一撃目の比では無かったはず。あれは耐えられん。


「よし、よくやったユイ!」

 

 しかし勝った筈のユイも俺の言葉を聞いた後に同じように両膝を付き前のめりに倒れた。


「くそったれ……また負けちまったか……この一年で少しは強くなったつもりだったんだけどな」


 シノが苦しそうに仰向けになりながらユイに話しかけた。


「僕の先輩から受け取った言葉を返しますよ。君は強くなんてなってない、出会ったその日から強い人でしたよ」


 その言葉を聞きシノはクックックと笑い出し、ユイも釣られて笑い出す。


「カズさんつったっけか?お前の先輩は。見つかるといいな」

「ええ、必ず見つけてみせますよ」


 互いにボロボロになりながらも、笑いながら語り合っている。一つ間違えれば命を失ってたかも知れない戦いの後なのに奇妙な光景だ。

 だがこれが武道家ってものなのかもしれないな、俺達はまだまだガキで武道家なんて大層なものじゃないとは思う。だが心の中は一人前のつもりだ。

 全身全霊を賭けて挑み、それが終れば称え合い笑い合う。きっと格闘技をやってない人間からみたら理解できない気持ちなんだろうな。


「部長……すいません、後頼みます」

「先輩、僕ももう身動き一つできません、後は任せます」


 シノとユイがリングの中の俺達に語りかけてきた。

俺とエックスは互いの後輩から思いを託され同じ言葉を返した。


「ああ、任せておけ」

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