猫への嫉妬
「う……ぐ……」
脳天を打ち付けられたユイは意識が朦朧とした様子で地面を見つめたまま唸り声を上げていた。
「ユイ、なんで反撃しなかったんだよ!」
サトシが焦り野次を飛ばすがユイには届いていない様だ。
「今のは手を出したんじゃ無い、出させられたんだ。ユイの制空権ってのは大したもんだが後の先を取るカウンター技。それを先出しして簡単に読まれちまった」
シンゴが今のやり取りを説明し、サトシは悔しそうに唇を噛んだ。
シノは片膝を付き項垂れているユイに対し容赦無く踏みつけで追撃を行う。
「シノ選手意識の定まっていないユイ選手にストンピングの嵐だ!」
ミッキーの実況の通りになす術もなくやられっぱなしのユイだったが、突如シノの袖を取り自分の方に引っ張り込んだ。
シノの体は重力を失ったかの様に宙を一回転し背中から地面に叩きつけられた。
「がっは……」
完全に攻めの考えしかしていなかったシノは受け身も取れず背中を強打する。
「多少変則ではあるが体落としか、そのダメージで良くやった。後は任せて戻って来い」
シンゴがユイに向かって手を伸ばす。
「すいま……せん、お願い……します」
ユイがフラフラしながら手を出すが、横からサトシがその手を受け取る。
「シンゴ先輩、次は俺に行かせてください」
シンゴは無言で頷くとユイと入れ替わりにリングインし、リングから出たユイはぐしゃりと崩れ落ちた。
相手を見るとシノは既にタッチし、リングに立っていたのはケースケ。確かジークンドーだかを使うんだっけか?
サトシはトンファーを持っていないが構えは変わらず左手を前に出す一般的な構え。
対してケースケはトーン、トーンと軽くジャンプする軽やかな構えだ。
数秒見合った後に両者同時に駆け出す。
「フワチャー!」
ケースケは奇声を発しながら跳び蹴り。
なんつうジャンプ力だ、サトシの頭を完全に捉えている。
サトシはその攻撃をしゃがんで避け、足にアッパーを合わせる。
「ぅぅアチャァァァ!」
空中で攻撃を当てられバランスを崩すも片足で着地しすぐさまバク宙しながら蹴りを放ちサトシの顎を蹴り上げた。
顎を跳ね上げられながらも一歩も退かずギロリとケースケを睨む。
「この程度でやられるかよぉぉぉ!」
雄叫びと共に間合いを詰め左右の連打。
トンファーが無くとも戦い方は変わってない、インファイトで流れを掴む。
「ホワァ!」
ケースケはサトシの右拳に合わせて首を捻り反転し、その勢いを利用しての裏拳。
ガゴッと鈍い音が響いたが、サトシはそれでも退かなかった。
ダメージは確実に有る。だが持ち前の根性とアドレナリンのお陰か来ると解っている攻撃には耐えられる様だ。
「ぐふ……」
サトシのボディブローが深々と鳩尾に突き刺さりケースケは足元をふらつかせた。
チャンスとばかりに更なる追撃をしようとするがケースケはここでタッチ。ヒロキが出てきた。
見るからに大男のヒロキ、ガタイだけ見ると熊みたいで絶対に戦いたく無い相手だが相撲ってのはそんなに強いのか?
サトシを見るとターゲットをヒロキに変え、やる気満々で仕掛けようとしている。
しかし、相手が変わり一息付いてしまったせいか息が荒くなっている。
テンションで攻め続けたが冷静になってその疲れが一気に来たようだ。
「ふんふんっ!ふんふんふんふん!」
相撲の仕切りの構えからの張り手。掌が俺の二倍くらいあるぞ。何を食ったらこんなに成長するんだよ。
だがヒロキの攻撃は空を切るばかりでサトシにはかすりもしない。
攻撃力は高いがその分遅いんだ。サトシの運動神経ならば見てからでも充分避け切れる。
「ワチャッ」
「ぐっ」
このままヒロキの体力が切れるまで余裕で逃げ切れると思っていたが背後からの思わぬ攻撃で足を止められる。
ケースケはタッチをしたがまだリングから降りていなかったのだ。
「しまっ……」
バチィィィィン……
サトシはヒロキの渾身の張り手を横殴りに喰らってしまった。
サトシの体は側転するかの様に一回転させられたが、何とかしゃがんだ体制のまま着地した。
「サトシ!」
傍目に見ても無事でいられるダメージではない筈だ。
俺は思わず声を上げたがサトシからは何の反応も無い。
うまい具合に着地は出来たが意識を持って行かれたか。
そんなサトシに向かって巨体が歩を進め、しゃがみこサトシの目の前で平手を振り上げる。
「サトシ!目を覚ませ!」
「起きろ!ソレを喰らうな!」
俺とシンゴの必死の声も空しく頭部に張り手を振り下ろされ地面に叩きつけられた。
ヒロキは潰れたカエルみたいになったサトシに対し足を高く上げる。
相撲の四股の構えだ。
そして動かなくなったサトシの背中目掛けて思い切りソレを振り下ろす。
ズッドッンと重量級の音が響きサトシが声にならない声を漏らす。
ヒロキは動かなくなったサトシの体を仰向けに起こし、軽くジャンプし全体重をサトシに預けた。
「サトシ選手凄まじい打撃の後にフォールされた、これは立てないか?……ワン…ツー……」
ミッキーと会場の声がカウントを唱える。
「うらああぁぁぁ!」
次の瞬間俺の体は勝手に動き、サトシの上に乗ったヒロキの体を蹴り飛ばした。
ゴロンと丸太みたいにサトシの上から転がり降りたヒロキは何事も無かったかのように立ち上がった。
改めて向かい合うととにかくデカイ。
縦のデカさはワタルのサイズとほぼ同じくらいでまだ見覚えはあるが、コイツは更に横もデカイ。
情け無いがまともに正面からやり合っても勝ち目は薄そうだ。ここはさっきのサトシと同じ様に守りに徹して体力を奪う作戦で行こう。
俺はゴクリと唾を飲みヒロキを見据え構えを取った。
「おい、次の相手は俺だぜ」
すると背後からシンゴが喋り出した。
振り向くとシンゴの足元には最後の力を振り絞りシンゴとタッチしたサトシが横たわっていた。
「すいませ……あと……」
サトシはそれだけ呟くと意識を失った。
それを見届けるとシンゴがリングインした。
「タッチを受け取ったのは俺だぜ、ナオは下がってろよ」
自信満々にヒロキの前に立ち塞がろうとするシンゴだが、これ相手にどう戦うつもりだよ。
どう考えても投げの通用する相手じゃ無いだろう。
投げに関してはシンゴの方が圧倒的に上手いが打撃なら俺のが上手い筈だ、ここは俺が出たほうが……
「言ったろ、タッチを受け取ったのは俺だ、リングから降りろよ」
そんな俺の心境を読んだかの様にシンゴが俺の体を軽く押しリングから降ろそうとする。
「願っても無いな、俺はあんたとやりたかったんだ。無名校でありながらたった二年でインターハイ常駐校にまでのし上げた柔道界の新星、シンゴさんよ」
「ん?俺の事知ってんのか?」
シンゴはヒロキの言葉に顔を上げ反応した。
「当然でしょうが、一年の頃既に名を馳せていた柔道界のエースを知らない奴はいないでしょう」
そこまで言うとヒロキは明らかに目付きを変えた。
「あんたみたいに鳴り物入りでチヤホヤされてる奴には解らないだろうな。キモいだの変態だのと言われて稽古する場すらも奪われた俺の気持ちなんかよ!」
ヒロキはサトシを踏み付けた時の様に足を高らかに上げて地面を踏み締めた。
地面が揺れる感覚に陥る程の力強い四股だ。
「俺はあんたを倒して本当に強い人間が誰かってのを見せてやる。女にキャーキャー言われてるだけの奴に俺は絶対に負けん!」
鼻からブモーっと息が漏れる、動機は何だがこいつのやる気は伝わってきた。
そしてこいつがシノ達みたいな連中とツルム理由も何となく理解した。
自分の好きな格闘技を偏見で否定され、練習する場も無くしたのではヒネてしまうのも無理は無いか。
「よーく解ったよ。何だか言い掛かりの気もするが、俺は逃げも隠れもしねぇ。全力で掛かって来い」
シンゴは両手を広げ構えを取った。
「あんたでは……柔道では俺には勝てねぇよ。相撲ってのはどんな相手にでも投げられない為の格闘技なんだよ」
ミシリとヒロキが不気味な足音をさせシンゴに近付いた。