猫の力比べ
「ユイ、サトシ、久しぶりだね。今回はこっちのやり方に合わせてくれて有難う。M高に入ってから俺も鍛錬に鍛錬を重ねた、今では二人にも引けを取らない筈だよ。……良い試合をしよう」
和かな笑顔で近付き、スッと片手を出し握手を求めてくるシノ。
ユイはその手をガッシリと握り返し、負けじと爽やかな笑顔を返す。
「シノさん、久しぶりですね。君が本気で格闘技の道を歩んでくれた事は素直に嬉しいですよ。良い試合をしましょう」
それを横で見ながら軽く手を挙げて合図するサトシ。
「でも本当に平気かい?プロレスルールと言うからには武器の使用は認められないよ。ユイもサトシも本来は徒手空拳が専門じゃないのに……」
何だと?!そんなの聞いてないけど?!
「ん、そうだったのですか。でも仕方ないですね、受けてしまった以上撤回する訳にも行きませんし。シノさんこそ素手で平気ですか?君の本領は凶器殺法だったじゃないですか」
シノはユイの問いにニヤリと笑い悠々と言葉を返す。
「まぁ期待してくれよ、ガッカリさせるような事はしないさ」
ユイは全く慌てる様子も見せず言い放つが、サトシは明らかにヤラレタって顔をしている。
実際マズイな。こっちのメンバーの内、二人が武器使いだ。
天然……じゃないな、仕組まれたか。こっちとしてもこの会場の盛り上がり方では撤回は難しい。
「伝説対決に相応しい戦いです!チキンでは多対一、多対多が主流でしょうがビーフのルールで……少なくともこのマットの上では多対多の戦いは初なのでは無いでしょうか!」
いつもの一対一形式では無い為かいつも以上のテンションで会場を盛り上げるミッキー。エックスを見ると俺を見ながら不敵に笑っている。
戦う前から戦いは始まっている。エックスの心の声が聞こえてきそうだ。
「ここで簡単では有りますが説明させて頂きますとスリーフォールとは相手の両肩を三秒間押さえつける事であり、タッグマッチとはリングに上がり闘うのは一人だけですがタッチによって試合中何度でも交代出来るシステムであります」
なるほど、三秒で良いのか。意外と楽そうだな。
「僭越ながらカウントはこのミッキーが務めさせて頂きます」
ミッキーの実況中継を聞き流しながら目の前の相手を見据える。
相手はエックス……言い合わせた訳では無いが最初から出て来る気はしていた。そしてその相手は俺がすべきだという事も。
カァーン!
いつから用意していたのか鐘の音が鳴り響く。
腰を落とし両手をスッと上げる、組んでこいと言う合図だな。
上等だ、俺は単純な力比べではワタル以外に負けた事は無い。
良い機会だ、ここでどっちが上か決着付けてやる。
俺はエックスの差し出した手を取り思い切り押した。
「ふん……んんんん……」
「ぬぐ……おおおお」
リング中央で小細工無しの力比べ。
流石エックスだ、俺を相手に真正面から力強く押し返してくる。
だがな……
「ぬおおおお……」
毎日部活で鍛えてるんだろうが、腕力だけなら俺も負けてねぇ!
力任せに押し切り、エックスを仰け反らせる。
勝てる!少なくとも腕力勝負では俺の勝ちだ。そう思った瞬間フッとエックスの力が抜けた。
俺は急に支えを失いバランスを崩した、何とか踏みとどまったものの背後に組みつかれる。
次の瞬間には後ろに引っこ抜かれ景色が歪んむ。
俺を照らす光が棒状の線になりシンゴ達が細長くみえた。
「……ン!……ツー……」
遠くから声が聞こえ自分が逆さまになっている事に気が付く。
「うっお!」
慌てて暴れエックスを振りほどいた。
「カウントはツー、ナオ選手いきなりのジャーマンを喰らいましたが流石にそう簡単には決まらない!」
ミッキーの実況を聞き、やっと自分が何をされたのか理解する。
ジャーマンスープレックスを喰らってそのままフォールされてたんだ、しかも一、二秒程意識を失っていたみたいだ。
危なかった、咄嗟に暴れて無ければ今ので終わらせられていた。
冷静になった途端に後頭部がズキズキと痛み出した。
「流石だな。プロレスのイロハも知らずによくも今のを返せるものだ。闘いに関しての君の勘の良さは天才的だ」
褒められて悪い気はしないが、今し方後頭部を地面に叩きつけた奴の言う事なんか聞く気は無い。
俺は今日のこのリングに上がる前に覚悟は決めてきた。全力で闘い友人を打ち倒す覚悟を。
そしてそれは俺だけでは無くエックスも同じ気持ちだというのを再認識させられた。
「君は良き友人だ、だが私はその気持ちをリングの外に置いてきた。半端な気持ちのまま私の前に立ち塞がるつもりなら怪我では済まんぞ」
「ああ、そうだよな。覚悟は決めてきたつもりだったけど少し甘かったみたいだ。今の一発で目が覚めた。今度はコッチから行くぜ!」
俺は掛け声と共に間合いを詰めた。……ん?いつの間に間合いが空いてたんだ?
エックスはダッシュで近付いて来た俺の片手を取り、もう片方の手でシノとタッチした。
エックスに片手を捻られ背筋を伸ばされる、その瞬間シノからのドロップキックを顔面に喰らった。
「うごふっ」
そのキックでリング中央まで吹き飛ばされた。
いつの間に自陣に戻ってたんだ。てか、今のもう一度俺とやる流れだったじゃん……タッチって……。
顔を抑え立ち上がろうとすると首の辺りに衝撃が走る。
どうやらシノのエルボーを喰らった様だ。
「先輩、一度戻ってください。一人じゃ無理です」
ユイが必死に手を伸ばす。
そうだ、これはタッグマッチだ。俺もタッチすれば……
と、ユイに手を伸ばすが右足を引っ張られその距離が離された。
リングの中央まで引っ張られるとシノが俺の脚に絡みつきながら足首を捻りあげる。
「いだだだだだ!」
何してんだこいつ?
自分が何をされているのかも解らないが足首が曲がっちゃいけない方向に曲がろうとしている。
「外せ外せ!」
シンゴが俺に向かって言うが外そうにも手が届かない。
そこで急に捻りあげていた手が外れた。
見上げるとサトシが立っていた。
タッチはしていないが助けてくれたのか。
俺は転がりながら自陣に戻りユイとタッチした。
ユイは俺からのタッチを受け取ると悠々とリングインしシノに話し掛けた。
「さあ、シノさん。見せてもらいますよ。成長した君の強さを」
自信満々に言うが木刀無しで大丈夫なのか?
足首を摩りながらリングの二人を見つめた。
シノは両手を挙げリズミカルに身体を上下に揺らす構えを取った。
対してユイは剣こそ無いが抜刀の構え、剣の代わりに手刀を使うようだ。
シノが一歩前に出て拳を振り下ろす。ユイはすり足のまま間合いを空けそれを避ける。
その後も同じ様に拳を繰り出すが避け続ける。しかしあっという間にリングの隅に追いやられ下がって避ける事が出来なくなった。
「さぁ、この後はどうするよ!」
シノは下がる事の出来なくなったユイに乱打を繰り出した。
パンパンパン!
子気味の良い音が鳴り響く。なんと退くことの出来なくなったユイは刀に見立てた右手一本でシノの猛攻を防ぎきったのだ。
「うっく……」
攻めていたシノが手首を抑え半歩下がる。
ただ防いだだけじゃ無い、拳に合わせ手首に打撃を加えていたんだ。
「ふわー、すっげぇな……」
シンゴが思わず感心の声を漏らす。
全く同意見だ、木刀が無くても充分強いじゃないか。
「ユイの得意技ですよ、剣の間合いと同じ様に自分の射程内の物を全て叩き落とす制空権。正面からの攻撃である限り、防御に徹したアイツを破るのはほぼ不可能です」
サトシが自分のことの様に自慢する。
するとシノがニヤリと笑い構えを解き、ゆっくりとユイに手を伸ばす。
シノはそのゆっくりした動きのままユイの奥襟を掴んだ。
そこまで動かなかったユイだが、我慢出来なくなったのか自分から手刀を繰り出す。
しかしその手刀は手首を掴まれ止められてしまった。
「ふんっ!」
手首と奥襟を掴まれたユイはそのまま脇に頭を挟まれ全体重を掛けられマットに叩きつけられた。
「決まったー!シノ選手のDDTだ!」