猫の決着
「キャアアア!」
最前列にいた女の子が飛び散る鮮血を見て悲鳴を上げる。
タケシは首を締めていた腕を解き、腕の上腕二頭筋の辺り……血が滴る場所を押さえ間合いを開けた。
「余所者って言ってたよな、どこの動物園から来やがったんだ」
ジュンはタケシの問いに答えず唸り声を上げる。
タケシの腕からは止め処なく血が流れ落ちる、あの出血量は噛んだだけじゃない。文字通り食い千切ったんだ。
「うるうううぁぁ!」
ジュンが襲い掛かる。タケシは血が流れる右腕を後方に置き半身に構えた。
「フッ!フッ!フッ!」
もう慣れたのか先程まで喰らい続けた引っ掻きからの連打を片手で器用に受け流すタケシ。
だがジュンは更に手を変え急にタックルを繰り出しマウントポジションを取った。
タケシは全体重を使い両肩を押さえつけられ身動きが取れない。
ジュン自体も重量系では無いだろうがタケシも意外と軽い部類だ。肩を押さえつけられては力任せに振りほどくことも難しい。
しかし上を取ったとは言え両肩を押さえつける為に使っては攻撃方法が無い……と思ったがタケシの腕を見て残った攻撃方法がある事を思い出す。
ジュンは大口を開けてタケシの首筋に噛みつこうとした。
腕すらも喰いちぎる奴に首なんか噛まれたら……
「うごぉぉぉ」
悲鳴とも雄叫びとも取れない声が響く。
「馬鹿やってんじゃねーよ」
タケシは大口を開けたジュンの口の中に拳を突っ込んだのだ。
そしてそのまま巻き込む様にしながらマットに叩き付ける。
「う、オエエェェェ」
喉の奥に拳を突き立てられたジュンは胃の中のモノを撒き散らす。
「うぇ……こ、このヤロウ」
「お、ようやく話せる様になりやがったか」
ポケットからハンカチを取り出し拳を拭きながら見下すタケシ、そのハンカチを投げ捨て屈み込んでいるジュンの顔面を蹴り飛ばした。
顔を蹴り上げ無理矢理立たせる体制にさせ、ローキックからのハイキック。
ジュンはなす術も無く倒れ込んだ。
「さて、お前みたいな奴はいつまで経っても負けを認めないタイプだろ。意識奪わせて貰うぜ」
うつ伏せになっているジュンの上に覆い被さる感じになり、今度は噛まれない様に注意しながらチョークスリーパーを仕掛ける。
「ううう……がぁぁぁ!」
「暴れてもこの体制から外せるもんかよ」
左右に揺れるジュンの上にバランス良く乗ったままで居るタケシ。
振りほどこうとしても無理と感じたのかジュンは動きを変えた。突如首を絞められたまま丸まったのだ。
絞められた状態で亀になったら余計締まる、だが振りほどくには一か八か賭けるしか無かったのだろう。
そしてその賭けは見事ジュンの勝ちとなった。急に腹に膨らみが生まれタケシの体が宙に浮く、その隙を見逃さず素早く前転した。
タケシは前転に巻き込まれマットに叩き付けられる、それと同時に肘を鳩尾の辺りに突き立てた。
「俺が!自分より!弱い奴としか!やった事が無いとか言ってたよな!」
ジュンが喋りながら寝ているタケシに肘を打ち付ける。
「俺だって負けた事はある、そんで今日また負けたら俺に生きる道は無い。もう後がねぇんだよ!」
馬乗りになり攻撃を肘から拳に変えタケシの顔面を打ち抜く。が、その最後の一撃を止め腕を引っ張り頭突きを決めた。
「なるほどな、その負かされた奴の下に着いてこのゲームに参加した訳か……くだらねぇんだよ!テメェの喧嘩の相手ぐらいテメェで決めやがれ」
タケシは馬乗りになられた状態で下から殴り飛ばした。
「うっく……」
今の頭突きとパンチの連打で鼻血を吹き出すジュン。
タケシもそうだがお互い血だるまである。
「情けねぇな。これだけやれる奴がただの犬かよ、白けちまった。トドメ刺してやるからとっととかかって来い。ついでにテメェの飼い主も片付けてやるよ」
「舐めやがってぇぇ!」
指で来い来いと挑発するタケシに突進するジュン。
「俺にこのザマのお前がアイツの相手が務まるかよ!」
「そいつが誰だか知らねぇが、牙の抜けちまったお前の上にいる奴の程度も知れてるってもんだ!」
互いに防御を忘れ言葉と拳を打ち合う。
互角の打ち合いに見えたがタケシの膝がガクッと抜ける。
血を流しすぎたんだ。ジュンはその隙に両手で首を挟みヒザ蹴りの連打。
ここに来て奇しくも自分の得意技を喰らうタケシ、顔を歪めるが倒れずに逆にジュンを抱きしめる。
「うらぁぁぁ!」
タケシは蹴られながらもジュンを持ち上げ後方に投げた。
顔からマットに突き刺さるジュン。
数秒顔だけで立っていたがズンと仰向けに倒れる。
「決まった!大技炸裂だー!ジュン選手立てるか?……いや、チームメイトが駆け寄る。どうやらここ迄の様です」
チームメイトが駆け寄りジュンを抱え起す。
「ジュンさん、しっかりして下さい」
「駄目だ、完全に白目向いちまってるよ」
どうやらジュンは意識がないようだ。
「タケシと愉快な仲間たち対雀、一回戦第一試合はタケシ選手の勝利の……む、ちょっとお待ち下さい。どうやらタケシ選手も意識を失っている様です」
見るとタケシの周りにもヒロシ達が駆け寄っている。
「一回戦から波乱が起きました、なんとダブルノックアウト。引き分けです!あの去年の覇者である路地裏猫が無名の選手に引き分けた!いや驚くべきはジュン選手でしょうか、完全アウェイの状況で見事下世話評価を覆しました」
観客から拍手が巻き起こる。
その拍手に押される様に両者が仲間に抱えられながらリングを降りる。
そんな中、ヒロシだけがリングの上で立ち止まった。
「約束通り次は僕が相手しましょう、そちらからは誰が出るんですか?」
堂々と言いやるヒロシにチーム雀の奴等が騒めく。
「おい、どうするんだよ?」
「だってジュンさんがやられるような相手……」
「じょ、上等だ!俺がやってやらぁ!」
上着を脱ぎ捨てヒロシの前に立ち塞がる男、身を屈めファイティングポーズを取る。
ヒロシもそれを見るとカポエイラの独特なダンスのような構えを取った。
「おっと、唐突に次の試合が決まったようです。では一回戦第二試合、初めてください!」
相手の男が初めて見るであろう不思議な動きに目を丸くするが規則性に気が付いたか一気に仕掛けようと前に出る。
しかし間合いに入る前にヒロシの前方宙返りと共に放った蹴りを喰らい仲間の足元まで吹き飛ぶ。
「おい、しっかりしろ」
「マジかよ、白目向いてるぞ」
一撃で吹き飛んできた仲間を揺すりながら相手チームの連中が騒めく。
カウンター気味に胴回し回転蹴りのようなものを顔に喰らえばそうなるだろうなぁ……
「確かルールは勝ち抜き戦でしたね。次の相手は誰ですか?」
シーンと静まり返った会場にヒロシの言葉だけが響く。
「つ……強い強い強い!すいません、私も一瞬実況を忘れてしまいました。ヒロシ選手たったの一撃で勝負を決めてしまいました!これが伝説、これが路地裏猫か!」
ミッキーの興奮したマイクパフォーマンスが終わると観客も一斉に沸き立つ。
「冗談じゃねぇ、こんなのやってられるか」
「おい、置いてくなよ」
「お、俺もだとっととズラかろうぜ」
残ったチーム雀の三人は気絶した二人を残し足早に去って行った。
「……やれやれ、友達甲斐の無い人達ですね。ま、こっちとしては一つ玉を貰っておけば良いだけですし」
そう言いながら自分がぶっ飛ばした男の体を弄り玉を手に入れた。
「何という幕切れでしょうか、生き残ったメンバーは逃走してしまいました。しかしそれも仕方がありません、チームリーダーを持ってしても引き分け、そしてヒロシ選手の圧倒的な強さ……伝説はただの伝説では無かった!たったの一試合で今大会の優勝候補となりうる人達なのではと思わずには居られない戦いぶりでありました」
観客から鳴り止まぬ拍手を貰い照れ臭そうに自陣に戻りタケシを担いだ。
「では皆様本日もお集まり頂き有難う御座いました。それでは明日の試合カードを発表させて頂きます。チーム猫対チームシャドウドラゴン。あの猫の名を堂々と使うとは……猫を知らぬのか、その名を使おうとする小物か……果ては本物の路地裏猫が現れるのか?それは皆さんの目でご確認下さい!」
え?猫の試合?今日登録でもう試合決まったのか。
シンゴ達が驚いた顔で俺を見る。
「いや、俺も知らなかったよ。試合決まるのはえーな」
俺の言葉にシンゴ達は何やら考え込む。
「ナオ先輩、そこじゃ無いですよ。何であのミッキーって奴が自分等より先に試合を知ってるのかって事ですよ。もしかしたらアイツはジャッジメントと関係があるのでは?」
「もしそうならわざわざゲームに乗らずとも、奴を締め上げればカズさんの情報を入手出来るかも知れませんね」
サトシが神妙な顔でミッキーに目線を送り、ユイが木刀の柄に手を翳す。
「落ち着けお前等」
シンゴが殺気立つ二人の肩に後ろから手を置いた。
「確かにその可能性はあるが、まずは明日の試合ってのが本当に俺達の事かだ。さっきミッキーが言ってたがただ名前が同じだけかも知れん、そこを調べずに問い詰めてもはぐらかされるだけかも知れないからな。折角情報を探れる可能性が出てきたんだ、慎重にいこう」
二人はシンゴの顔を見て深く頷いた。
そして試合を見終えた俺達は帰路に着いた。
家に辿り着いて一番にした事はあいつ等へのメールだ。
俺宛に小包が届いていた。中には玉と発信機。そして試合告知を告げる粗末な紙切れ。
対戦相手のチーム名はシャドウドラゴン……
あのミッキーってのが何者かは解らんが、確実に何かを知ってる筈だ。
明日の夜は初試合とミッキーの正体。いきなりハードなスケジュールになりそうだ。