猫の激戦
「タケシでさえあのザマだったんだ、俺達も気合い入れ直さ無いとな」
「そうですね……」
俺達はチーム結成の祝いも込めて、その日の夜のゲームを四人で観戦しに行くことになった。
夜の闇の中、トボトボと家に帰る途中シンゴとユイがさっきの惨状を思い出し呟いた。
決してこのゲームを舐めていた訳では無い。だが覚悟していたにも関わらず、タケシの試合は凄惨の一言だった。
ー数時間前ー
「皆様、お待たせ致しました。今宵もSSSゲームの時間がやって参りました……さて、今日の参加選手は私もこの目で見るまでは信じられませんでしたが、遂に!遂に!エックス選手以外の路地裏猫の方が参戦を決意して下さいました!」
ミッキーの大袈裟な煽りに観客も大盛り上がりだ。
「タケシ選手率いるチームタケシと愉快な仲間達の入場です。ご覧下さい、まさに威風堂々!これがあのキゾクを潰し猟犬をも壊滅に追いやり、去年このゲームで優勝を果たした伝説のその人であります……そして、その脇を固めるは同じく路地裏猫のメンバーだったヒロシ選手です。一説によりますとタケシ選手と戦った事があり、更にはそれを打ち倒したと言われていますが真相は定かでは有りません」
どこからの情報だろう、噂どころかマジ話じゃないか。
「更に更に!その後方に控えるは元、猟犬のマサミチ選手とマサトシ選手です。彼等に関しては皆様もご存知の方も多いのでは無いでしょうか、ただでさえ秩序の無かった猟犬の中でも更に残虐な二人。正直私も因縁を付けられ何度かシメられた事があります!」
軽く会場から笑い声が漏れる。いや、笑ってられる内容でもないだろ。
「何故、過去に賞金を狙いその首を取ろうとした猟犬と狙われる立場であった路地裏猫が共にチームを組んでいるのかは不明です。ですがこれだけは言える!最強の犬と猫が手を取り合った時、そこに敵は無いという事です!」
おおぉーと、観客が吠える。中にはマサミチとマサトシに罵詈雑言を浴びせるのも少なくはないが、二人がジロリとそちらを向くと急に黙る。
あいつらって結構名が売れた奴等だったんだな。
「対するはジュン選手率いるチーム雀の皆様です。手元の資料にも詳しい情報はございませんが、どうやら他県からの参戦の様です。遠い所わざわざ有難う御座います、素晴らしい戦いを期待したいと思います。では、両リーダーのルール設定をお願いします」
タケシがリング中央まで歩み寄ると相手チームからも一人前に出てきた。
他のメンバーはいかにもヤンキーといった風体に対しそいつは普通の奴に見える……むしろいじめられっ子?みたいな雰囲気だ。
ボサボサの髪が目を隠し、体格も決して大きくない。こいつがリーダーなのか?
「タイマンでどうだ?先に三勝したほうの勝ちだ」
タケシの問いにゆっくりと顔を上げボサボサ頭が答える。
「ああ、それでいい。だが勝ち抜き戦でもいいか?こっちは俺一人で良い」
「へぇ……解った勝ち抜き戦だな」
タケシはそれだけ言うとくるりと踵を返し自陣に戻って行った。
一方ジュンと名乗るボサボサ頭はその場に残った、宣言通り自分たけで戦うつもりだろうか。
「最初は俺が行ってくる、構わないな?」
「はいはい、解りましたよリーダーさん」
やる気満々のタケシを説得するのも面倒だと思ったのかマサトシとマサミチが素直にリングを降りた。
「気を付けて下さいね、何か不気味な雰囲気を感じます」
「解ったよ。ほら、お前も降りろ」
忠告するヒロシをも追いやるタケシ、そして振り向きジュンを見据えた。
「どうやらいきなり両チームのリーダー対決となったようです。では、一回戦第一試合……試合開始!」
ミッキーの掛け声に両者同時に突っ込む。そんなに大きいリングでもない、互いにダッシュで飛び込んだらアッと言う間に射程距離だ。
お互い先手を打つつもりで飛び込んだのだろうが見事に考えが被り面食らう、しかしそれでも一瞬で足を止め同時に拳を繰り出した。
ガゴッと鈍い音。
「くっ」
「チッ」
二人の拳同士がぶつかったんだ、普通実戦で偶然拳同士がぶつかるなんて事はまずあり得ない。
どちらかが狙ったのだとしたら凄い技術だが、もしかしたら二人共狙っていたのかも知れない。
一瞬二人共痛みで拳を下げるが、すぐさまジュンが左手でタケシの髪の毛を掴む。
そして痛めている右拳で二度三度とタケシの顔面を撃つ、更に髪を下に引っ張り膝蹴り。
タケシは大の字になって後ろに倒れ込んだ。
「まず一人だ、次はどいつだ?何なら三人まとめて掛かってきても良いんだぜ?」
ジュンが目線をヒロシ達に移し挑発する。
「次は僕が相手します。ですが勝ち名乗りを上げるのはタケシにちゃんとトドメ刺してからにして貰いたいですね」
「トドメ?……やれってならやってやるけどよ……」
ヒロシに促されタケシに目線を戻そうとした瞬間、寝たままのタケシが足払いでジュンを転ばせた。
「くっ、まだそんな元気が……」
転んだまま悪態を吐くがそこにはもうタケシは居ない。肘を立てて空中に飛んでいる。
慌てて横に転がりエルボードロップを回避した。
攻防が入れ替わり、エルボーを避けられたタケシが横になりジュンがもう立ち上がっている。
ジュンは寝ている体勢のタケシの顔面を思い切り蹴り上げようと足を振るう。
だがタケシも黙ってやられない、顔面にヒットする寸前で避けきれないと判断したのか拳をスネに目掛けて打ち込む。
「くっ……このヤロゥ」
想像以上に痛いのだろう、今度はスネを打たれた逆の足で踏み潰そうと足を上げる。
タケシは踏み付けを避けると同時に、なんと両手で立ち上がり逆立ちの状態でジュンの顔面を逆に蹴り抜いた。
大技のヒットに沸く観客。
「すげぇ、あれカポエイラ……ヒロシの技だよな?」
隣に座るシンゴがタケシに見入りながら呟く。
この一年でタケシ達もあの四人でスパーリングをしていたに違いない、その中で人の技を見て覚える事自体は珍しくは無いと思う。
だが驚くべきはその技の完成度だ、ただ技を「出せる」のと「使える」とではその意味合いが大きく違う。
少なくとも今の技は先生の教えを受けてその身に刷り込んだ物ではなく、ヒロシとのスパーリングで見て覚えただけの物の筈だ。
それをあんな見事に……しかも実戦で。
「変な技使いやがって」
リング上のジュンが打たれた鼻からフンと息を吐き出し血の塊が地面に落ちる。
ジュンが間合いを詰めローキックで足元を狙う。タケシは下段受けでそれを受け、受けた足を地面に下ろさずにそのままハイキックで返す。
「うがっ」
ハイキックをもろに受けて足元がふらつくが、何とか踏みとどまりダウンは免れた。
「中々の動きだがお前とは経験が違うんだよ、お前自分より弱いのとしか戦った事ないだろ?そんで自分が最強とか思ってたんだろうが……世の中には人の首根っこ掴んで自販機ごと押し倒す化け物もいるんだぜ。一回負けてみるんだな、そんで心が折れなきゃもっと強くなれんよ!」
そう言いながら今度はボディからのアッパー、さっきのハイキックはマサミチの蹴りだったし今のはボクシングか。
元々色んな事をする奴だったけど今のタケシはその一つ一つの完成度が高過ぎる。
「あの人あんなに強かったんですね」
「そういやユイはタケシと試合経験あったんだったな、去年と比べてどうだ?」
関心したように試合に釘付けのユイに聞いてみた。
「とてもじゃ有りませんが勝てる気がしません。外からも内からも手数と技のレパートリーが多過ぎて見切れませんよ」
ユイが深くため息を吐くとリング上のジュンが四つん這いのまま唸り声を上げている。
「うぅ……ううぁぁ……ぁぁぁあああ!」
「何だよ気持ち悪い奴だな、もう降参するのか?」
タケシが話しかけると四つん這いのジュンが立ち上がり爪を振るってきた。
そう、爪だ。拳でなく開手でもなく、爪で引っ掻くかの様にブンブンと腕を振るう。
だが明らかにそれは悪手だろう。当たれば痛みは有るだろうが、あれでは芯に残るダメージとはなり得ない。
「キレやがったか……バーカそんな頭に血が上って振り回すだけの攻撃に当たるもんかよ」
余裕を見せ付け、タケシが振り下ろす爪攻撃に合わせカウンターの右フックを入れようとする。
しかし、爪は途中で止まり裏拳へと派生しタケシはモロに顔面に受けた。
「このっ」
すぐさま反撃するがそれも避けられ、また爪からの裏拳を喰らう。
「この、いい加減にしやがれ!」
上手い。今度は振り下ろす腕を取り、背後に回り首を締めた。
「急に妙な動きになりやがって……このまま絞め落としてやる」
ジュンが締められながらも動物の様な唸り声を上げると今度はタケシが悲鳴を上げ、リングの上に赤い血しぶきが飛び散った。