そして桜の季節
「カツマさん、その子が今回の最重要人物なんですよ。何をしてるんですか」
「うるさいのぅ、ちこっと捻ってやっただけだろうが」
ヒデさんが立ち上がりカツマを問い詰めるが当の本人はどこ吹く風だ。
「う……ぐ、くく」
カズは右脚の脹脛の辺りを抑え痛みを堪えている。
「テメェふざけんな!」
タケシがカツマに殴りかかろうとするが、その間にヒデさんが割って入る。
「どきやがれ」
目標をヒデさんに変えタケシが右拳を突き出す。
ヒデさんはその拳を避け、避けざまに肘と手首に打撃を与えた。
「うが……これはマーシャルアーツか……」
普段は突いた速さと同じ速度で手を引くのが手技の基本だが、今回はヒデさんの奥に居るカツマが目標だった為にタケシはヒデさんに攻撃を加えた後そのまま直進するつもりだった。
その際に手を引く事を怠り殴り抜いてしまったのだ。
ヒデさんはその隙を見逃さず、肘が伸びきった瞬間に手首を押さえ肘の関節の逆側から打撃を加えた。
タケシの右肘はその刹那に破壊された。
カズを見るとカツマが首をチョークスリーパーの様な形で締め上げ落としていた。
意識を失ったカズを肩に担ぎカツマが言う。
「そんじゃ儂は一足先に行っとるぞ」
「させるかよぉ!」
俺はカツマに飛びかかろうとしたが鳩尾に衝撃を受け両膝を着いた。
見上げるとそこにはトシキが立っていた。
「俺にも立場がある、任せておけとまでは言えないが出来る限りはするつもりだ」
そう言いながら俺の顔面にヒザ蹴りを決めた、俺は抵抗する間も無く仰向けに倒れた。
「じゃあな……もう休め」
トシキの足の裏が俺に迫って来る。
ヤバい。俺の体、動け動け動けぇぇぇぇ!
俺の意識はそこで途絶えた。
次に目が覚めたのは見慣れた病室の天井。
この冬はここに世話になりっぱなしだな、入院も二回目でシンゴやヒロシの見舞いにもずっと足を運んでた。
「目覚めたか、気分はどうだ?……これ聞くのも二回目だったっけか」
カズの声が聞こえてきた、俺は前と同じ様に答える。
「最悪だ、それより無事だったんだな。悪い、何も出来ずにお前を連れ去られちまった」
「気にすんなよ、別に取って喰われる訳でもあるまいし。それよりちょっと行くところがあってな。ナオの無事を確認出来て良かった……後頼むぜ」
「後って……何のことだ?行くって何処にだよ」
カズは何も答えない、代わりに眩しい光に包まれる。
「おい!どこに行くってんだ!」
俺はベッドから飛び起きた。
「うお、びっくりした……目覚めてたんだな、おはよ」
隣のベッドからタケシが横になりながら俺に話しかけてきた。
「お、ナオさん起きたんですね」
対面のベッドからヒロシの声、マサミチも居る。ここはヒロシの病室か。
「何にせよ、これでみんな目覚めたね。一安心だ」
唯一入院の必要無かったのかベッドでは無く椅子に座ったユタカも話しかけて来た。
だが入院では無いが治療の跡があり体中に包帯やシップみたいなものを張られている。
俺達全員病院送りにされたって事か。
「粗方の事情は聞いたよ。大変だったな、でも怪我の方は全く酷くは無いそうた。骨が折れた部分もあるが、綺麗に折られ治った時には逆に太くなる位だと医者が言ってたよ。この病院の人は良くしてくれるな、素人目に見てもかなり献身的に治療してくれてたぞ」
もうすつかり元気になったシンゴも部屋の中に居た。
「あの時イクオ君が言っていた、奴等は警察どころか病院まで丸め込んでゲームで怪我した人が警察沙汰にならない様に手を回しているらしい。その代わり入院費を負担してくれるのは有難いけどね」
ユタカが力無い笑顔で付け足した。そうか、その治療も奴等の差し金か……
「負けちまったな……」
タケシが寝転がりながら呟いた。
「ああ、しかも完膚なきまでにな。カズも無事だと良いけど」
ユタカも空を仰いだ。
え、カズも無事だと良いけど?あいつだけそんな酷い状態なのか?
そう言えばカズが見当たらない、ついさっき会話していたのに。
「カズはどうしたんだ?あいつは別の部屋なのか?」
俺の問いにみんなキョトンとした顔を見せる。
「カズはあのままカツマってオッサンに担がれて連れて行かれちまったよ」
タケシが答える。
「そんな、俺はついさっきカズと話を……」
「記憶が混乱してるみたいですね、もう少し休んだ方が良いですよ」
あれは夢?いや、そんな馬鹿な。
俺は携帯を取り出しカズに電話を掛けた。
お掛けになった番号はーー味気の無いガイダンスが流れる。
俺は立ち上がり体に貼り付いている点滴などを乱暴に剥ぎ取った。
「おい、何してるんだよ」
「決まってるだろ、カズを取り返しに行く」
俺は横になったまま冷ややかな目で見ながら言うタケシに対し若干イラつきながら吐き捨てる様に言った。
「落ち着けよ、そんな体で何処に行くつもりだよ。市役所に乗り込んで市長出せとでも言うのか?会えもせず追い返されるだけだ」
「う……ならヒデさんやあのカツマってオッサンに……」
「何処に居るのか知ってるのか?」
「……」
タケシの言葉に何も言えず立ち竦むしか出来なくなった。
「そんな事言ってるタケシも目が覚めた時はナオさんと同じ事言って出て行こうとしてたんですよ」
ヒロシの言葉にバツが悪そうに背中を向けるタケシ。そっか、冷静そうに見えるけどタケシも慌てふためいた後だったんだな。
それを聞き俺も落ち着くことが出来た。
「とにかく今は休んでろ、どうせ他にする事も無いんだしもうゲームも終わった。治療に専念して、その後の事はその後考えよう」
シンゴが立ち上がりながら言う。ゲームが終わった……そうかゲームの開催期間は冬の間だけ、もう参加登録もできない。
あのオッサン達に会うのはゲームで会うしか思い着かない。トシキだってそうだ。
そうだ、イクオなら?
ユタカに視線を向けると俺の考えを理解たかの様に首を振った。
「イクオ君は人事等は全く聞かされてないそうだ、それに聞いていてもバイトしてる身としては人に情報を簡単に流す訳にはいかないらしい」
手は無いのか、何か見落としが……
すると肩にポンと手を置きながらシンゴが話しかけて来た。
「別に取って喰われる訳でもないだろ、アイツがそう簡単にどうこうされる奴じゃ無いのは付き合いの長い俺たちがよく知ってる筈だろ」
取って喰われる訳でも無い、ついさっきカズに言われた言葉。
「……そうだな、アイツの事だ。すぐにでも戻ってくるか」
だが、その予想は完全に裏切られた。
あれから数ヶ月が経ち俺達は無事二年生に進級した。
それだけの月日が流れてもカズからの連絡は全く無いままだった。
家にも戻って無いらしく母親にも何も伝えず急に消えるように居なくなってしまったと。
「お掛けになった番号はーー」
学校の屋上で俺はまだカズに電話を掛けていた。
もうすっかり春だ。屋上から見下ろす景色は桜が絨毯のように敷き詰められている。
「連絡くらい寄越せってんだよ……」
相手の出ない電話口に呟く。
下を眺めながらボーっとしていると背後から声を掛けられた。
「ナオ先輩、カズさんはまだ戻ってこないんですね」
カズの中学の時の後輩、ユイだ。その後ろにはサトシも居る。今年からうちの高校に入学してきた、ひょっとしたらカズを追ってきたのかもしれないが見事にすれ違ってしまったようだ。
「ああ、お前らの所にも連絡ないんだな」
ユイとサトシは黙ったまま頷く。
「全く、どこで何をしているのやら。昔からあの人は秘密主義な部分がありましたからね」
「その上放浪癖もある」
二人は深く溜め息を吐いた。アイツ中学時代もそんなんだったのか、変わってないんだな。
「いつか戻ってきますよね」
「そのうちひょっこり帰ってくるさ。戻ってきたらアイツ出席日数足りなくて進級出来ないから、同級生として接してやれよ」
「ははっ、それは良いですね」
ユイは笑いながら答えた。
後輩の手前そうは言ったが、アイツが今何処で何をしてるのかサッパリ情報は入ってこない。やはり手掛かりはSSSゲームのみ。もしこのまま一年経っても帰ってこないなら俺は……
確たる決意をし、櫻の舞い散る景色を眺めた。
始めまして和猫です。ここまで読んでくださって有難う御座います。
恐らく読んで下さった方は「え、これで終わり?」と思われているかも知れませんが……はい、中途半端です。
ですがこれで終らせるつもりではありません、第二部に続かせる予定です。
今回急遽二部構成にしたのには理由が有りまして、あれは七月の始め辺りの話なのですがブックマークを付けて頂いた方が一人減ってしまいました。
理由は当然の事ながら和猫の力量不足です。
ですが未熟が書くのを辞める理由にならないのは知っています。ですので和猫は少し勉強をしようと思っています。
幸いここまで何も考えずに行間の空け方やプロットの作り方は愚かプロットの存在すらも知らなかった和猫は様々な人のエッセイを読ませて頂き色々勉強させて頂きました。
当初誰も読む人が居ないだろうと自分が自分の為だけにテンションのまま書いていましたが読んでくださる方が一人でも居て下さるならちゃんとした物を書かねばと思った次第であります。
まだまだ未熟な和猫は読んで下さる方が一人でも居るならば……等と贅沢は言いません、例え一人も居なくとも最後まで責任を持って書くつもりです。
ですのでここまで読んで下さった方は暫くお待ちください。プロットなるものがどれくらい掛かるのかは想像も出来ませんが、そんなにお待たせする事は無いと思っています。
では皆様、次回続編の一話「猫の解散」でお会いできる事を祈っております。