自己紹介
ハッキリ言って市長と聞いてもピンとこないでいる……
見たことも無いし興味も無い、更に言えば名前すらも覚えが無い。
頭の中にボヤーっとブクブクに肥えた髭面の下品そうなオヤジが浮かんできた。
「へぇ、その市長さんが町で強いと評判の人間を集めて自警団を作ろうとしてると」
「ま、平たく言えばそう言う事だな。そんで今回のゲームでは君達猫……特にカズ君とヒロシ君が是非欲しいとうちの上司は言ってる訳だ。残念ながらヒロシ君はリタイヤしてしまったがね」
そう言えば前もそんなような事言ってたな、カズとヒロシに注目してるとか何とか。
「何でオレとヒロシなんですか?実力で言えばオレは五人の中じゃ一番弱い、ヒロシも喧嘩ってタイプじゃない。強さ以外に何が求められてるんです?」
カズの問いに含み笑いを交え答える。
「ふむ、良い目してるね。確かにカズ君はスピード、パワー共に他のみんなより若干下回ってるかもしれないね。でも、俺の見立てではそんなに差は大きくはない筈だよ。……ユタカ君だけは別格みたいだけどね」
「なるほど、それで何でなんです?」
カズは聞く耳持たないと言った感じで話の続きを促した。
「全く……若いのに本当にやりにくい相手だね君は。トシキ君から聞いた通りだよ、話も反らせないとは。まぁ、仕方ないか。こちらの社訓も教えずにうちで働けなんてフェアじゃないからね」
ヒデさんはそう言うとソファーに深く座り直し話を続けた。
「予め断っておくが、これはうちの上司の言葉であって俺個人の意思では無いとだけ言わさせて貰うよ」
俺達は誰も何も言わない。ヒデさんの次の言葉を待っていた。
「まずユタカ君だが、彼はマスクをして正体を隠している。どこの誰かも解らない人物では犯罪抑制の効果が薄れる。よってユタカ君は引き抜く優先度は低い」
そこまで言うとヒデさんは言いにくそうに軽く咳払いをした。
「そして、タケシ君とナオ君の方なんだが、君達のお父上はこの街では有数の資産家達だ。そんな人のご子息をこんな事に巻き込めないと……うちの上司はそう考えているみたいなんだ」
「なるほどね、そう言う事か。大分スッキリしましたよ」
ため息と共にカズが喋り出した。
「えっと……上司の言葉をそのまま使うと、町のゴミ掃除はゴミにやらせようって事らしい」
ヒデさんは参ったなといった様子で頭を掻いた。
その話を聞いて怒り出したのはカズではなくタケシだった。
「ふざけんな!金チラつかせて喧嘩させあって勝ち上がって来た奴をゴミ扱いかよ。人を何だと思ってやがるんだ」
テーブルをバンと踏み付けた。
「まあまあ、落ち着いてくれよ。怒るのは最もだがバイトと考えればそんなに悪くないんだ。待遇も良いし。別に自分の上司がバカでも仕事さえしていたら給料は貰えるんだからさ」
ヒデさんは俺達を抑える様に両手を広げた。
「勿論上司はカズ君を欲しがっているが、他の四人も一緒にジャッジメントに入れる様に掛け合うつもりだ。どうかな、みんなでアルバイトしてみないか?」
テーブルに片足を置いたまま、タケシが喋りだした。
「落ち着いてないで言ってやれよ、カズ」
「別に落ち着いてないっつの、お前が先にキレたんでタイミング逃しただけだ……ヒデさん、給料の為に気に喰わない奴の下で我慢する程大人じゃないんですよ。お断りですね」
ヒデさんは想定内といった感じでため息を一つつき、話を続けた。
「そうだよね、そんな言い方されたら首を縦に振る訳がない。でもさっきも言った通り黙ったまま勧誘するのはフェアじゃないと思ったもんでね」
その様子を見て更にカズが返した。
「トシキさんが素直に仲間にならなかったのが納得出来ましたよ。むしろヒデさんがそんな奴の下に付いてるのが不思議ですよ」
ヒデさんは苦笑交じりに大人はそんなもんさとだけ呟いた。
「それにその市長の考えは明らかに間違ってますよ、毎晩ストリートファイトさせて少年犯罪が減るとでも思ってるんですか?勝った人は自分の力に自信を持ち別の相手を求め、負けた奴は復讐の為に相手を付け狙う。酷ければ全く無関係な人間を八つ当たりの道具にするかもしれない。他の面では知らないけど少なくとも暴力事件は広がる一方でしょうね」
「それもその通り。だが市長は戦った後の人の性を理解していない。一度殴られたらもう二度と殴られない様に生きていく道しか知らないんだよ。殴られた人間がもう一度殴られる覚悟を持って同じ相手に立ち向かう昂揚感……それは君達の様な人間にしか味わえないものさ」
カズの言葉にさも当然といった感じで返すヒデさん。
「貴方はそれを理解した上で上司に進言もしないのか?」
「そりゃね。ただのバイトが会社が間違ってるのを知ったからってわざわざ教えてあげる事はしないでしょ」
なるほど、この人のスタンスがかなり解ってきた。
ジャッジメントとして働いてはいるが、言われた事をこなしているだけで市長に忠誠を誓ってる訳でも何でもないと。
「さて、君達の気持ちは解った。では次は俺の仕事の話に入ろうか……カズ君、君の真意がどうあれ一度上司には会って貰うよ。手荒な真似はしたくない、素直に着いてきてくれるかな?」
「断る」
カズは即答した。
すると急に背後から声が聞こえた。薄暗い部屋の中とはいえ全く気配を感じ取れずに背後を取られた……
みんなその声に驚き身構える。
「良いから言う事聞きやがれよガキ共」
「カツマさん……穏便に済まそうとしてるんですから、もう少し待って下さいよ」
急に背後に立っていた巨大な男にヒデさんは話しかけた。
「やかましいわ、こんなちんまいガキ共といつまでもペチャクチャと……おんしはまどろっこしいんじゃ」
俺達を挟み声を荒げるカツマと呼ばれた男。
ヒデさんと違って大分血の気の多そうなオッサンだ。
「あー、一応自己紹介しておくよ。その人はカツマさん、第一回のゲームの優勝者だ……ついでに他も紹介しようか。改めて、俺はヒデ第二回の優勝者でもある」
んな……ゲームの優勝者だったのか。でも考えてみればそうか、優勝したら引き抜かれるシステムなら当然ジャッジメントのメンバーの殆どは優勝者で構成されるはず。
「後は君達も知っているトシキ君。彼は第三回の優勝者だね。最もその時に勧誘したが断られ、今回の騒動に乗じて改めて勧誘してやっと仲間になってくれた訳だが」
暗闇からトシキもヌッと出てきた。その表情はいつに無く険しく悔しさが滲み出ていた。
何が勧誘だ。人質取って無理矢理言う事聞かせてるだけのくせに。
「そして四人目は……彼も紹介の必要は無いかな?」
トシキとは反対側の暗闇から見憶えのある白いジャージを着て現れたのは……
「イクオ君……何故君がこんな所に」
エックスが信じられないといった表情で呟く。
「黙ってて悪かったね、でも……やはりここまで辿り着いてしまったか。流石だよユタカ君」
「そんな事はどうでもいい、何故君がこんな俗な戦いに加担する!君はもっと上を目指すべき人なんだぞ。解っているのか」
「ならばユタカ君、君は俗だと理解しながら何故参加した」
「う……く……」
何も言い返せないエックスは言葉を飲み込んだ。
「金だよ……それで開ける道もあるんだ」
黙ったままのエックスにポツリと呟く様にイクオが返答した。
「彼は苦労人でね、高校一年でありながらレスリングの期待の星。当然既に大学からの勧誘もありそれに乗れば奨学金もでる……が、それでも彼は家の稼業を継ぐ為に高校卒業後は働く事を決めていたそうだ。そこにうちの上司が目を付けたらしくてね、今からうちで働けば大学に行っている間の家の生活費位には余裕でなると話を持ち掛けたらしい」
ヒデさんがイクオの代わりに語り出した。
「貴様等はまたしてもそんな手で!」
エックスが怒りを露わにし声を荒げる。
「ユタカ君、ヒデさんや市長は悪くない。むしろ感謝しているんだ。確かに両親に胸を張れるアルバイトでは無いが、これでお金を稼げば大学に行き自分の可能性を追求する事が出来るんだ。俺は後悔はしていないよ」
「イクオ君……」
「それに……君との再戦の約束、こんなに早く叶うとも思っていなかった。理屈は解らないがそのマスクをした状態の君は今まで俺が出会った誰よりも強い……逢いたかったよ」
この感じ……ヤバい、ブチ切れモード?
エックスはその空気をいち早く感じ取り立ち上がり間合いを広げた。
「さて、ガキ。おまんは儂と来い」
カツマと呼ばれた男はでかい手をカズに突き出す。まるで猫の様に首の後ろを捕まえる動きだ。
「断るって言ってんだろ!」
カズはその手を払いのけ座っていた椅子の上に立ち、そこから上段蹴りをカツマの顔面に決めた。
不意打ち気味に見事に決まった筈の蹴りを受けながら、その足首を掴んで捻り体重を掛け膝を床に叩きつけた。
ズシンと響く音を聞きエックスが声を上げる。
「不味い、離れろカズ。そいつのその動きはサンボだ」
エックスの声も虚しく肉を絞る様な気味の悪い音とカズの悲鳴が響いた。